夏休みの始まり
早速、俺たちは沢田先生の運転するミニバンに乗り込んだ。
俺は助手席に座り、後部座席には春樹たちが賑やかに座っている。
「先生、この車……意外と良い車ですね」
「ふっふっふ、これか? 借り物だよッ!」
沢田先生は胸を張り、親指をドンと立てた。誇らしげというより、むしろ自信満々だ。
(いや、借り物をそんなドヤ顔で……)
俺は内心で苦笑いを浮かべる。
そうして車は、にぎやかに笑い声が飛び交う中で走り出した。
※
車が大通りを抜け、海沿いの道に差し掛かるころ、先生がぽつりと呟く。
「裕貴、先生たちだってな、夏休みだからって、完全にオフってわけじゃないんだ」
「え……マジですか!? 先生って、夏休みも働いてるんですか?」
「そりゃあそうさ。書類は山積みだし、会議もあるし……」
先生は目尻に涙を浮かべながら、ハンドルを握る手に力を込める。
「でも……生徒たちの成長が見られるのは、悪くない」
先生は、そう言って一瞬だけ穏やかな微笑みを見せた……と思ったら、
「それでも私は休みが欲しいんだよぉぉぉ!!」
「いや、感動返して!? さっきの感動的な空気なんだったんですか!」
「いいから聞けッ! 私はッ! リゾートに行きたいッ!」
助手席で泣き叫ぶ先生に、俺はツッコむ気力もなくした。
(……先生、社会人って大変なんだな……)
不安になる将来を思い描いていると、先生がふと真面目な口調に戻る。
「で、佐々木は呼ばなかったのか?」
その言葉に、俺は少しだけ表情を曇らせた。
「はい。実家の用事で……」
「そうか……」
先生は意味深に後部座席に目をやる。俺もつられて後ろを見ると、春樹たちがはしゃいだり、寝たりしていた。
「でもな、裕貴。これも悪くない」
「……どういう意味ですか?」
「同じ顔ぶれだけじゃなく、色んなヤツと関わっておけって話さ。狭い人間関係じゃ、世界は広がらない」
「……」
その言葉に俺は何も返せなかった。だが、佐々木さんのことを考えると、妙に胸がざわつく。
「なぁ裕貴、お前……学校、楽しいか?」
先生は、道路の先を見据えたまま、優しく問いかけた。
「……はい。楽しいです。きっと、佐々木さんのおかげだと思います」
「そうか」
沢田先生は微かに笑い、俺の頭をくしゃっと撫でた。
※
それから小一時間ほど。車はようやく合宿場に到着した。
「よし、着いたぞー!」
先生がエンジンを切り、俺はすぐに外の景色に目を向けた。目の前には、広がる青い空と透き通った海。そしてその奥には、どこか懐かしさを感じる古びた合宿施設。
しかし――
「……え、ここ……山道じゃん……」
「裕貴、下見るな、気合いだ!」
春樹が俺の背中をバンバン叩くが、俺の表情はひきつる。
先生が指さす先には、ゴツゴツとした石だらけの急な山道が伸びていた。
「ここを、登る……?」
「当たり前だろ? コレが青春だよッ!」
「青春ってもっと爽やかなもんじゃなかったっけ……」
俺が呆れつつも立ち尽くしていると、春樹が俺の肩に腕を回す。
「まぁ、いい思い出になるって!」
「……なるのかなぁ」
そうボヤきつつも、俺は皆と一緒に、荷物を背負ってその険しい山道を登り始めた。
――まだ俺たちの“本当の夏”は、始まったばかりだった。




