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夏休みの始まり

 早速、俺たちは沢田先生の運転するミニバンに乗り込んだ。


 俺は助手席に座り、後部座席には春樹たちが賑やかに座っている。


「先生、この車……意外と良い車ですね」


「ふっふっふ、これか? 借り物だよッ!」


 沢田先生は胸を張り、親指をドンと立てた。誇らしげというより、むしろ自信満々だ。


(いや、借り物をそんなドヤ顔で……)


 俺は内心で苦笑いを浮かべる。


 そうして車は、にぎやかに笑い声が飛び交う中で走り出した。



 車が大通りを抜け、海沿いの道に差し掛かるころ、先生がぽつりと呟く。


「裕貴、先生たちだってな、夏休みだからって、完全にオフってわけじゃないんだ」


「え……マジですか!? 先生って、夏休みも働いてるんですか?」


「そりゃあそうさ。書類は山積みだし、会議もあるし……」


 先生は目尻に涙を浮かべながら、ハンドルを握る手に力を込める。


「でも……生徒たちの成長が見られるのは、悪くない」


 先生は、そう言って一瞬だけ穏やかな微笑みを見せた……と思ったら、


「それでも私は休みが欲しいんだよぉぉぉ!!」


「いや、感動返して!? さっきの感動的な空気なんだったんですか!」


「いいから聞けッ! 私はッ! リゾートに行きたいッ!」


 助手席で泣き叫ぶ先生に、俺はツッコむ気力もなくした。


(……先生、社会人って大変なんだな……)


 不安になる将来を思い描いていると、先生がふと真面目な口調に戻る。


「で、佐々木は呼ばなかったのか?」


 その言葉に、俺は少しだけ表情を曇らせた。


「はい。実家の用事で……」


「そうか……」


 先生は意味深に後部座席に目をやる。俺もつられて後ろを見ると、春樹たちがはしゃいだり、寝たりしていた。


「でもな、裕貴。これも悪くない」


「……どういう意味ですか?」


「同じ顔ぶれだけじゃなく、色んなヤツと関わっておけって話さ。狭い人間関係じゃ、世界は広がらない」


「……」


 その言葉に俺は何も返せなかった。だが、佐々木さんのことを考えると、妙に胸がざわつく。


「なぁ裕貴、お前……学校、楽しいか?」


 先生は、道路の先を見据えたまま、優しく問いかけた。


「……はい。楽しいです。きっと、佐々木さんのおかげだと思います」


「そうか」


 沢田先生は微かに笑い、俺の頭をくしゃっと撫でた。



 それから小一時間ほど。車はようやく合宿場に到着した。


「よし、着いたぞー!」


 先生がエンジンを切り、俺はすぐに外の景色に目を向けた。目の前には、広がる青い空と透き通った海。そしてその奥には、どこか懐かしさを感じる古びた合宿施設。


 しかし――


「……え、ここ……山道じゃん……」


「裕貴、下見るな、気合いだ!」


 春樹が俺の背中をバンバン叩くが、俺の表情はひきつる。


 先生が指さす先には、ゴツゴツとした石だらけの急な山道が伸びていた。


「ここを、登る……?」


「当たり前だろ? コレが青春だよッ!」


「青春ってもっと爽やかなもんじゃなかったっけ……」


 俺が呆れつつも立ち尽くしていると、春樹が俺の肩に腕を回す。


「まぁ、いい思い出になるって!」


「……なるのかなぁ」


 そうボヤきつつも、俺は皆と一緒に、荷物を背負ってその険しい山道を登り始めた。


――まだ俺たちの“本当の夏”は、始まったばかりだった。

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