クラスのマドンナが俺のメイドになった日
「え、ちょっと待って、悠里さん!?」
俺が驚きの声を上げると、目の前にいる少女――悠里もこちらに気づき、ぱちくりと目を瞬かせた。唇がわずかに開き、戸惑いの色が浮かんでいる。
「あら、お知り合いでしたか?」
朗らかな声を上げたのは佐々木さん――この屋敷のメイド長だ。彼女は温かみのある笑みを浮かべて、俺と悠里を交互に見つめた。
「し、知り合いも何も、同じクラスです」
俺は慌てて説明する。悠里は微妙な表情を浮かべながら、視線を泳がせていた。
一方で、佐々木さんはどこか楽しそうだ。まるで何かを期待しているような、そんな雰囲気を纏っていた。
「実はですね、悠里は私の孫なんです」
「ちょっ! おばあちゃん!」
悠里が焦ったように声を上げる。しかし佐々木さんはまるで意に介さず、微笑んだままだ。
「まぁいいじゃない、これもきっと何かの縁よ。それではお坊ちゃん、どうか悠里のことをよろしくお願いしますね!」
そう言い残して、佐々木さんはさっさと部屋を出て行った。
取り残された俺と悠里。気まずい沈黙が流れる。
「お、お坊ちゃん、なにかお申し付けなどありますか……?」
悠里がぎこちなく口を開く。頬はわずかに紅潮していて、どことなく気恥ずかしそうな様子だった。
「あ、えっと、その……そんなかしこまらなくていいよ。……それより、なんで佐々木さん、メイドなんかに?」
俺が疑問をぶつけると、悠里は目を逸らし、もじもじと指を弄びながら答えた。
「バイト感覚でおばあちゃんに相談したら、時給も待遇もいいところがあるって聞いたから、紹介されて来たのがここ……てこと」
「な、なるほど」
まさかこんな形で再会するとは思わなかった。俺はふと、この状況が学校の連中に知られたらどうなるかを考え、軽く頭を抱えた。
「あ、あの、なにかお申し付けはありませんか……?」
悠里が再び尋ねる。だが、俺は首を振った。
「あ、いや、特にないから。別に帰ってもいいよ」
「わ、分かりました。それでは失礼します」
悠里は深々とお辞儀をし、そそくさと部屋を出て行った。
静寂が訪れる。
俺はふと、机の引き出しを開ける。そして、そこから一枚の写真を取り出した。
それは、まだ俺が痩せていた頃の写真だった。
「この頃は……まだ痩せていたもんな……」
ぼんやりと呟いた瞬間、胸がずしりと重くなる。
痛みとは違う。だが、息苦しい。まるで、心の奥底にある何かが押し寄せてくるような、そんな感覚だった。
「俺、まさか……」
※
思い立ったが吉日。俺はトレーニングウェアに着替え、屋敷の外へ出た。
道中、メイドや執事たちが怪訝そうな視線を向けてくる。だが、そんなのは気にしない。
「走るか」
そう呟き、足を踏み出す。
俺の家は小学校の運動会が開けるくらいには広い。そんな敷地の外周を走ることにした。
最初は軽快だった足取りも、次第に重くなる。汗が額を伝い、呼吸が荒くなっていく。
そして、約一時間後――俺は完全にバテていた。
「ゼェ、ゼェ……」
庭のベンチに倒れ込む。息を整えようとするものの、喉はカラカラだった。
そのとき。
ひんやりとした感触が頬をかすめる。
「お疲れ様です。お坊ちゃん」
顔を上げると、そこには悠里が立っていた。
彼女は俺に冷えたペットボトルを差し出す。表情はどこか素っ気ないが、その仕草は優しさに満ちていた。
「あ、ありがとうございます」
俺は素直に受け取り、一気に喉を潤した。
「どうして走ってたんですか?」
悠里が首を傾げる。俺は少し逡巡しながら、答えた。
「あ、あの、それより、俺相手だったら別に敬語使わなくていいよ。……走ってた理由は、気になる人ができたからかな。その人に見合う人になりたいと思ったから」
「そうなんだ、裕貴くん。偉いね。そうやって、自分を変えようとするなんて、普通じゃできないことだよ」
悠里は柔らかく微笑みながら、俺の隣に腰を下ろす。
「今日が初めてなんだよね、メイドの仕事」
「うん、そうだよ。でも、おばあちゃんがついてくれてるから、不自由はないよ」
「それなら良かった」
ふと、沈黙が訪れる。
「ねぇ、裕貴くん」
「な、なんですか?」
「今更なんだけど、裕貴くんの家って、お金持ちなんだね。私、こんなに大きな家、初めて見たよ」
「う、うん、まぁ……。父さんがちょっと大きな会社の社長で、母さんが弁護士でね。でも、二人とも仕事が忙しいみたいで、あまり帰ってこないんだ」
「……そうなんだ。じゃあ、いつもは家で何してるの?」
悠里がニコッと微笑む。
「ほ、本とかゲームしたりとか、まぁ色々と」
「本とかゲームか……」
「逆に佐々木さんは何してるの?」
「悠里でいいよ。私は、そこまで趣味とかないよ。両親が色々と厳しくてね」
その言葉に、どこか寂しげな色が滲んでいた。
「そうなんだ」
「あ、じゃあさ! 私の趣味を探すのを手伝ってよ。明日、メイドの仕事はないから、一緒に遊びに行かない?」
不意に差し出された提案。
俺は一瞬驚いたが、気づけば頷いていた。
こうして、今まで一人で過ごしてきた日々に、少しだけ色が加わることになった――。
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