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バイトとしてのメイド

「ここが……佐々木さんの家か」


 俺は重くなった彼女の体を背負い、見上げるようにして彼女の家の門を見つめた。

 住所は佐々木さんから聞いていたが、改めて立つと、どこか重たい空気を感じる。


 インターホンを押すと、間もなく扉が開いた。


「はい、どちら様ですか?」


 現れたのは、佐々木さんによく似た女性——彼女の母親だろう。

 しかし、その表情は冷たく、どこか無機質だった。


「すみません、佐々木さんが体調を崩して……病院で診てもらってから、こちらへお連れしました」


 俺が事情を説明すると、彼女の母親は一瞥してから、ため息をつく。


「この子が……バイトなんて……まあいいわ。とりあえず、この子を自室に運んであげて」


 無関心な口調。その態度に、俺は思わず眉をひそめた。

 佐々木さんは、こんなにも体調を崩しているのに——。


 疑問と違和感を胸に抱えながら、俺は彼女の部屋へと向かう。



 静かな部屋。

 俺は彼女をそっとベッドに寝かせる。


 すると、後ろから再び母親が入ってきて、淡々と熱さまシートを彼女の額に貼った。


「……ねぇ、あなたは悠里とどういう関係なの?」


 その言葉に、俺は思わず背筋を伸ばす。

 彼女の母親の目は冷たく、まるで俺を値踏みするようだった。


「……友達です」


「そう」


 母親は淡々と応じた後、視線を逸らさずに続ける。


「この子、本当にバイトをしているの?」


「ええ、確かに」


 彼女の目が鋭く細められる。


「お母さん……私のことはいいから、気にしないで」


 ベッドの上から弱々しい声が聞こえた。


「気にするに決まっているでしょう」


 母親の声は冷徹だった。


「ただでさえ、勉強で手一杯なのに……そんな状況でバイトに明け暮れて体を壊すなんて。悠里、今すぐバイトは辞めなさい」


「それはさすがに……」


 俺が思わず口を挟むと、母親は瞬時に俺を射抜くような目を向けた。


「じゃあ、あなたが代わりにこの子の進路を背負ってくれるの?無理でしょう?——これは、私とこの子の問題よ。部外者は口を出さないで」


 言葉に強い圧があった。

 何も言い返せない。喉の奥で、言葉が詰まった。


「お母さん……裕貴くんを責めないで。私のせいだから」


「……悠里。あなたには期待しているの。おばあちゃんにもバイトは辞めるよう言っておくから」


 そう言い残して、母親は部屋から出て行った。

 ドアの閉まる音が、やけに重たく響く。



「……ごめんね、裕貴くん」


 佐々木さんはか細い声で言った。


「なんで謝るの、佐々木さんは、凄いよ。本当に」


 俺がそう言うと、彼女はふっと微笑んだ。

 その笑みは、どこか寂しさが混じっていた。


「あーあ、私……メイド辞めるのかな」


 その言葉に胸がざわつく。


「佐々木さん……さっき、お母さんが言ってた大学って……」


「たぶん、お母さんが行けなかった有名大学のことだと思うよ。……それが昔からの目標らしいの」


「だから、あんなに勉強できるんだな……。この前の数式、あんなの簡単に解けるなんて」


 俺は彼女の実力に改めて驚きつつ、視線を落とす。


「でも……佐々木さん、俺は応援するよ。だから無理だけは——」


「辞めないよ、メイド」


「……え?」


 彼女は静かに起き上がり、真っ直ぐ俺を見つめてくる。


「欲張りだから。勉強も、バイトも、やりたいことはやりたいの」


 彼女はゆっくりと俺の肩に寄りかかってきた。


「さ、佐々木さん……?」


「もしさ、私たちが……友達以上の“何か”だったら、どんな答えが出るんだろうね」


 彼女の瞳は閉じられていた。

 そして、眠った。


「……」


 俺はしばらく彼女の顔を見つめた後、そっと体を抱え直し、ベッドに寝かせ直す。

 毛布をかけ、そっと髪を撫でると、ようやくその場を離れた。



「……佐々木さんを、お願いします」


 玄関先で彼女の母親にそう伝え、俺は外に出た。

 空はどこまでも重たく曇っていた。


 心の奥底に、佐々木さんの言葉だけが静かに残る。


『友達以上の何かだったら——』


 そのフレーズが、頭から離れなかった。


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