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拒絶という名の自己犠牲

「はい、お粥持ってきましたよ」


 佐々木さんが、優しく微笑みながらお盆を持って部屋へ入ってきた。

 湯気が立ち上る白いお粥の香りが、体調の悪い俺の胃を刺激する。


「あ、ありがとうございます」


 俺はそれを受け取ろうとしたが、スプーンが見当たらない。


 探そうとすると――


「お坊ちゃん、はい、アーン」


 スプーンを持った佐々木さんが、俺の目の前で微笑んでいた。


「えっ!? いや、その、それは……!」


 俺の心臓が跳ねる。


「でも、お坊ちゃんは風邪を引いてるんだから、少しぐらい甘えてもいいんだよ」


 そう言って、彼女はスプーンを俺の唇の前まで持ってくる。

 優しく、温かな瞳が俺を見つめていた。


「……いただきます」


 観念した俺は、彼女の手からお粥を口に運ぶ。

 柔らかくて優しい味が、じんわりと体に染み渡った。


「お、美味しいです」


「でしょ? 私が作ったんだから」


「……あの、昨日のお弁当も美味しかったです」


 俺がぽつりと呟くと、佐々木さんは胸をグイッと張って、満面の笑みを浮かべた。


「当然でしょ! 私こう見えて料理得意だからね!」


 彼女の笑顔を見ていると、心まで温かくなる気がした。


 このままずっと、こうしていられたら――


 けれど、そんな願いは叶わない。


 このぬくもりを、自ら手放さなければならない日が、すぐそこまで迫っていた。



  風邪もすっかり良くなり、俺はいつも通り佐々木さんと登校する。

 そして教室に入ると、バッグから教科書を取り出していた。


 そのとき、突然、鋭い声が飛んできた。


「ねぇ、アンタでしょ?」


「えっ、俺に何か……?」


 驚いて振り向くと、そこには黒めの青髪を持つ女子が立っていた。

 整った顔立ちをしているのに、どこか冷たい雰囲気を纏っている。


 その鋭い瞳が、俺をじっと射抜いていた。


「そう、アンタ。ちょっと聞きたいんだけどさ。アンタ、悠里とどういう関係なの?」


 ブラックホールのような彼女の瞳に、俺は引き込まれそうになる。


「い、いや、ただの友達……かな」


「ふーん、じゃあいいんだけど」


 彼女は腕を組み、ため息をつく。


「でも、あまり悠里に近づかないでくれる?」


「えっ、それって……なんで?」


「朝、いつもあんたら一緒に登校してるでしょ? それを見た周りの奴らが、悠里のことを悪く言ってたりしてるの」


「それって、どういう……」


「『悠里みたいな可愛い子が、冴えない男と付き合ってる』って噂が広まってんのよ。だから、今後はできるだけ悠里に近づかないで。お互いのためにもさ」


 冷たい言葉が、心に突き刺さる。


 彼女はそれだけ言い残し、静かに教室を後にした。


 俺は、動けなかった。


 ――俺みたいなコミュ障でデブで冴えない男が、佐々木さんの隣にいるのは、周りから見ればおかしいことなのかもしれない。


 彼女の優しさが、彼女の評判を落とすことになるなら――俺は。


 この関係を、終わらせるべきなのかもしれない。



「お! 裕貴くん!」


 佐々木さんが、いつものように俺に声をかける。


 だが――俺は、彼女と目が合った瞬間、何もなかったかのように視線を逸らし、その場を去った。


 彼女の表情が、一瞬驚きに染まるのが見えた。


 ――これでいい。


 彼女が俺と関わらないことで、彼女の悪い噂は消える。

 そう自分に言い聞かせながらも、胸が苦しかった。


 しかし、それでも彼女は優しい人だった。


 それからというもの、彼女は前よりも積極的に俺に話しかけてくるようになった。


 それでも、俺は彼女を無視し続けた。



  昼休み。


 俺は逃げるように教室を出て、購買で買ったプロテインパンを手に取り、屋上へ向かった。


 静かで、誰にも邪魔されない場所。


 あそこなら、誰にも気づかれずにいられる。


 そう思ったのに――


「裕貴くん!」


 背後から聞き慣れた声が響いた。


 振り返ると、俺の袖を掴み、息を切らせながらこちらを見つめる佐々木さんがいた。


「裕貴くん……今日、何かあったの? 何度呼びかけても無視して……私、何かした?」


 不安そうな瞳。

 俺を心配する、優しい声。


 ――違う、彼女は何も悪くない。


 これは、ただの俺の自己犠牲だ。


「……」


「話してくれなきゃ分かんないよ、私、裕貴くんが何かあったか喋るまで、絶対に離さないから」


 彼女の声が揺れる。


 俺は俯き、唇を噛み締めた。


 そして――涙が、溢れた。


「……ごめんなさい」


「な、なんで謝るの?」


「ご、ごめん……ご、ごめんなさい……」


 佐々木さんの優しさに、俺は耐えられなかった。


 これまで積み重なってきた思いが、堰を切ったように溢れ出した。


 しゃくり上げる声で、何度も謝罪の言葉を繰り返す。


 そして――彼女の手を振りほどき、屋上へと駆け出した。


 涙で滲む視界。


 これでいいんだ。


 彼女が俺と関わらないことで、彼女の悪い噂は消える。


 ――きっと、これでいいんだ。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

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