クリームソーダの泡は尽きまじ
ちょっとした隙間時間に、わたしがたいへんお世話になっているモノ。
それは無料で読める小説投稿サイト。
主に利用しているのは『小説家になっちまえ』、通称『なっち』である。
最近、気になっているのは、とある祭り。
その名も『クリームソーダ後夜祭』だ。
中でも、クリームソーダのガチャを探して行脚するエッセイが妙に面白くて、更新が待ち遠しい。
読むうち、とうとう自分でもガチャを探したくなってしまった。
現在、中学三年生のわたしは受験生。
時間もお小遣いも、余裕があるとは言えない。
季節は秋。クリームソーダは季節外れで、補充は期待できない。急がねば。
エッセイでも、機動力のある大人の書き手が、なかなか見つからなくて苦労している様子がうかがえる。
学校帰りや、お母さんの買い物に付き合う時に、チラチラ探してみるけれど、やっぱり無い。
わたしが行ける範囲で、心当たりはあと一か所。
学習塾の近くにある駄菓子屋前だ。
ところが、この駄菓子屋は薄暗い路地裏に在り、行くには勇気がいる。
しかも、塾帰りにしか寄れない。
日暮れが早くなってきたので、絶対に暗くなっている時間帯だ。
幸いにも、この辺は治安がいいので、事件が起こったことはないのだけれど、不安はある。
というわけで、気を引き締めて、鞄もしっかり掴んで、裏通りにそろりと入った。
一歩、二歩、三歩。
いや、そろりそろりと歩いていては時間がかかる。
普通に歩こう、普通に。
でも、十歩ほど歩いたところで、後ろから足音がすることに気付いて立ち止まる。
いや、このへんに住んでいる人もいるだろうし、わたしに用事があるように、何か用事があって歩いている人もいるだろう。
うんうん、と自分に言い聞かせ、また歩き出そうとする。
だけど、別なことに気付いてしまった。
わたしが立ち止まった時、後ろの足音も止まったのだ。
無関係な人ならば、立ち止まらずに追い越していくはず。
どうしよう。もしも、変な人が後ろにいたら……。
行く? 戻る? 悩んでいると、後ろの人が声をかけて来た。
「金春さん、大丈夫?」
「え?」
振り向くと、そこにいたのは学校でも塾でも同じクラスの立夏君だった。
「急に立ち止まって、具合でも悪いの?」
「……く、暗い道で緊張してたのに、後ろから足音が聞えたから……」
「あ、ごめん。俺のせいか。
同じ道に入るんだって、わかった時に声かければよかったな」
「ああ、違うの。緊張してたのは自分の問題だから、立夏君は悪くない」
「いや、でも、これからだんだん大人になるんだし、暗い道で女の人に痴漢と間違えられる可能性が高くなるわけだから」
立夏君は、そんなに目立つキャラではないが、背が高くてスタイルも良く、よく見ると顔も整っている。
間違えたふりした女の人に、それを逆手に言い寄られる可能性だってありそうだ。
「あ、うん。それは、気を付けるべきだね」
「だね。ところで、こっち帰り道?」
「……寄り道」
「俺も。実は、そこの駄菓子屋に用がある」
「え、わたしも」
「奇遇だね。一緒に行こうか」
「う、うん」
ほんの二百メートルほど先の駄菓子屋は、すでに閉まっていた。
そのことを多分、彼は知っていたと思う。
つまり。
「えーと、俺、ガチャを探しに来たんだけど」
「……わたしも」
「この、クリームソーダのやつ」
「……わたしも」
だって二人して、お目当てのガチャを見つけて笑顔になってしまったんだもの。
バレバレである。
「じゃあ、順番決めよう。ジャンケン、ポン!
……負けた、お先にどうぞ」
「では失礼して」
三百円、一回だけと決めている。
お金を入れて回す。
「あ」
「どうだった?」
「うん、狙ってたピンク取れた」
「おめでとう。じゃ、つぎ俺」
「どう?」
「狙ってたブルーでした」
「おめでとう」
「ありがとう。んじゃあ、帰ろうか」
「うん」
明るい道に出ても、しばらく方向が一緒だったので、なんとはなしに話をする。
「あの、もしかして、だけどさ、『なっち』のエッセイ読んでる?」
「……ということは、立夏君も?」
「ああ、やっぱりか!」
「相互カミングアウト」
「友達には言ってないの?」
「うん。言ってたら、こんな時、ついて来てもらえたんだけど」
「確かに。あのさ、俺たち志望校いっしょでしょ?」
「うん」
「無事に二人とも受かったら、今日のご縁でクリームソーダ飲みに行かない?」
「クリームソーダって飲むのかな? それとも、食べるの?」
「あ、どっちだろ?」
立夏君と、こんなに話したのは初めてだった。
六か月後、わたしたちは同じ高校に入学した。
そして約束通り、週末にクリームソーダを食しに行ったのである。
「結局、アイスクリームは食べる、でソーダは飲む、と言えばいいみたい」
「ぐちゃぐちゃに混ぜる派は、飲む一択ってことか」
「そんな感じ」
すっごい意味のない会話をしているのに、立夏君とは間が持つ。
なんとなく、そんな気がしてた。
ガチャの順番をジャンケンで決めようとしたところなんか、気が合うなあって。
立夏君とは、ちょっとだけ秘密を共有する仲間みたいなもので、友達未満。
クラスは別になってしまったし、後は、読むことが好きな同士、図書館でバッタリ、くらいかもしれない。
なぜか残念な気がする。……なんでだろう。
ソーダ水の泡みたいに、儚く消えた初恋、なんてどこかで聞いたような言葉が頭を過る。
……と思っていたら、しばらく後のこと、文芸部の部室前でバッタリ。
「あ、金春さん、もしかして、入部希望?」
「うん、立夏君も?」
「ああ、そうなんだけど。入室の順番、ジャンケンする?」
いや、先に入部したほうが有利とか、無いよね。
「一緒に入ればいいんじゃないかな?」
「そっか。じゃあ」
なぜか、立夏君は手を差し出してきた。
「えーと?」
「エスコート」
「はい?」
「一緒に入るなら、手を繋いで入ろう。ほら、早く」
「う、うん」
なんでか押し切られて手を繋ぎ、入室。
「失礼します! 文芸部に入部希望二名です!」
部室の中には三人の先輩が居た。
「おお、皆、廃部は回避されたぞ!」
部長と書かれたタスキをかけた、長髪(ほんとに長いので、緩く三つ編みにしてある)に眼鏡の男子が部長さんらしい。
「なんで手を繋いで入って来た!?」
副部長と書かれたハチマキの五分刈り男子が、疑問を口にする。
「廃部を免れたなら何でもいい。
今日から青春文芸部と改名してもいいぞ!」
「部長、それ素敵!」
制服の上にロリータ風フリフリエプロンの女子が、両手を組み、小首を傾げてうっとりポーズをとる。
「アホか、却下じゃ!」
副部長は常識人のようだ。
立夏君も相当に愉快だが、先輩方もかなり愉快。
楽しくなって、思わずギュッと手を握ったら、立夏君も握り返してきた。
わたしたちの青春文芸部は今、唐突に開幕したのだ。