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64話 ゾルの提案

新章開始です。ゾルがコテージにやってきました。サカキにお願いがあるようです。

ローシェ王国歴116年2月初旬――


夜香忍軍は正式にローシェ帝国軍となり、予算も確保された。

これからは堂々と忍者の身分でいろいろと公務ができるようになる。

本来の忍者にあり方とはあまりに違っていて、サカキも「忍者が忍者であることを堂々と公表する、というのもなんだかな」

と首を傾げた。


一方、アラストル帝国ではダールアルパ第一皇子の失態はすべてもみ消されていた。

2万の軍隊はイリアティナ王女が女皇になる祝いのためにヨシュアルハン皇帝が派遣したものとされ、不運にもその途中で病死による皇帝崩御の報が入り帰国した、という表向きの発表がなされ、黒魔導士2人と宦官、宦官見習いはローシェとの密約によってラクダの暴走による事故死とされた。


かなり無茶のある説だが、アラストル帝国では皇子が「そうだ」と言えばたとえ間違いであっても「そうである」となる。

しかも遠征した軍隊の費用はすべてローシェ帝国が支払ったことで皇子の株が上がった。


近臣どもは「ローシェの女皇帝は我が帝国を恐れているのです」や「実は皇子様のことを憎からず思っておられるのでは?」などとありもしないおべっかを使い、皇子はすっかり留飲を下げていた。


――剣客用コテージ:早朝5時――


まだ薄暗く、木々の間から吹いて来る冬の風が冷たい。

軽装のサカキとアゲハの吐く息も白い。

いつものように朝の鍛錬を庭で行おうと敷物を敷いて準備していると、ゾルがやってきた。


「サカキ様、お願いがあるのですが……」

「珍しいな、なんだ?」

「ずっと考えてたんですが。僕も忍者の訓練を受けたいのです。あ、もちろん、本物の忍者にはなれないと思いますので、自分にできる範囲でいいのですが」


「それはかまわないが、理由を聞いてもいいか?」

「僕は、ずっと白魔導士として戦ってきましたが、今回の外からの侵入者たちを見てそれだけでは限界があると思いました。バリアも役割を果たせなくなってきましたし。なので他に何かできることはないか、と考えてて、思いついたのが自分の白魔法と忍者の動きを組み合わせて、より多種類の敵に対応が可能だろうか?というものでした」


「それは……おもしろいな」

サカキの返答にゾルの顔がぱっと明るくなる。

(こういう顔は久々に見たな)


最近のゾルは不機嫌な顔もしなくなっていた。

サカキの人となりを信用し始めているのかもしれない。


「そうですか。自分でもまだはっきりと視えてはいないんですが、忍術と白魔法で共通のものもあるので不可能ではないと思うんですよね」

サカキは思いがけないゾルの提案に自分の興味も引き出されたのを感じた。


アゲハも笑顔になっている。どうやら彼女も興味津々のようだ。

「いいですね、なんだか楽しそう!ゾルさん、いっしょに朝の鍛錬します?」

「そうだな、まずは基礎体力造りからだ。ゾル、朝早いが来れるときは来てくれるか?」

「はい!」


「体が慣れてきたら、本格的な訓練は忍軍詰め所へ行けばその日どんな訓練をしているのか教えてもらえるので自由に選んで参加してみてくれ。受付に君のこと伝えておく。最初のうちはアゲハといっしょに行くといい。アゲハ、内容や場所を教えてやってくれ」

「了解です!ゾルさん、いっしょにがんばりましょうね」

アゲハが両手に拳を作って両脇をしめてぶんぶん、と振った。

応援のポーズらしい。


ゾルは照れながら

「がんばります!」と元気よく答えた。


最初の初歩的な前屈や屈伸から腕立て伏せなどはゾルもついて行けたが、サカキが片手で腕足せ伏せをし、アゲハも同じように片手でやっているのを見てゾルが悲鳴を上げた。

「まじですか!」


「うふふ、これくらいできないと忍者はやれませんので」

とアゲハが得意げな顔である。


「けっこう腕力には自信あったんだけどなあ……」

ゾルも踏ん張るが、片腕では一度しかできなかった。

「体のバランスはいいからまだこれから伸びしろがあるぞ。もう少し体力つけば素手の手合わせもやってみよう」

「あ、ありがとうございますー」

とゾルは息を切らし顔を真っ赤にしながら、それでもうれしそうだった。


朝6時になるとルミルが朝食をワゴンに乗せてコテージへやってきた。


「ゾルさんの分もお持ちしました」

「気が利くな、ありがとう」


サカキが食事を受け取り、アゲハもテーブルに並べるのを手伝う。

6人用のテーブルなので人が増えても広さに余裕がある。


「あ、僕の分も?いいんですか、ごいっしょしても」

ゾルがわくわくしている。

「もちろんです、大勢のほうが楽しいですよ」

アゲハもうれしそうだ。


「ルミル、君の分も持っておいで、いっしょに食べよう」

「わ、ありがとうございます、持ってきます」

ルミルはいそいそとフロントに戻って行く。


「彼はだいぶ慣れたか?」

サカキがゾルに問う。

「ええ、とても賢い子で、飲み込みも早い。白魔導士としての素質も少々あるようです。

まだ幼くて本格的な訓練はできませんので今はコテージ職員のお手伝いをしてくれて助かってます」


ルミルはケサギが身元引受人になり、クラウスに面会をしたところ「素質あり」とのお墨付きをもらっていた。白魔導士としての訓練は12歳になってからだが、低位の白魔法や精霊魔法の訓練はクラウスが直に指導しているという。

最初はコテージの職員宿舎に個室を与えてもらえる予定だったが、1人はさみしい、というのでケサギたちのコテージの2階の部屋をもらい、寝るときはベッドは別だがケサギとムクロと同じ部屋で寝ているとのことだった。


「ケサギ様とムクロ様がいないときは僕の部屋に来て寝てますよ。

アラストルでは大部屋で寝ていたから一人で寝るのは怖いみたいです」

「まあ、10歳だしな」

それなのに、彼は2人の黒魔導士のために隊を離れて戻って来た。

敵陣に捕まればどうなるかわからないのに、勇気のある子だ、とサカキは思った。


「持って来ましたー!」

ルミルがトレーに朝食を乗せて駆けて来る。

食事の時に子供の笑顔があるというのはいいものだな、とサカキの口元がほころぶ。


ルミルもうれしいようで

「女性と男性がいっしょに食事しているところ、初めて見ました」

などど素直に感想を述べた。


「えっ、本当?アラストルでは別々なの?」

とアゲハがびっくりしていた。

「ええ。僕は黒魔導士様たちのおそばでいろいろとお世話をしていましたが、貴族以外で男性と女性が同じ部屋でいっしょに食べることは禁止されています。宦官でもです。一般家庭でも、男女は別の部屋で食べます。食事の内容もずいぶん違いますね、あちらは固くて薄くて丸いパンに、野菜をクタクタに煮たものと塩で煮た豆が主流です。こっちの食事のほうがとてもおいしいです」


今日の朝食は柔らかな白パンと蜂蜜、羊肉のソーセージ、クリームチーズのかかった燻製サーモンとサラダ、温めたミルクだった。

ローシェは北は山岳地帯、南は海に接する、縦に長い国で海と山の両方の特産物を味わえる豊かな国だ。


ゾルの口元が緩む。

「それはよかった。お菓子も職員用にたくさん用意してあるので、お腹がすいたら食べていいからね」

「……まるで天国みたいです」

と本気の顔でルミルが言うので一同の笑いを誘った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


(誰にもどなられず、せかされず、小突かれずにゆっくり食事できるのがこんなに楽しいなんて……)

ルミルの言葉は表に出なかったが、笑顔を浮かべながら泣きたくなっていた。

うれしくて泣く、という体験は初めてだった。

ローシェの食事は海のものと山のものがバランスよく取り入れられていて、味付けは素朴ですが素材がいいのでとてもおいしいものです。

次話 ヴァレリー公爵のサロン は明日更新予定です。

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