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16話 木の葉隠れ・2つめの依頼

ロルドの2つめの依頼です。長いです。

「姫の愛人になってほしい」

「えっ」


思わず声に出た。忍者として失格である。

これはまったく予想していなかった。

「俺は忍者ですよ?身分は低いし、汚い仕事もやる。それがこの国で最も高貴なお方の?」


「身分はどうでもいいのです。要は、姫が初めて触れることができる男性が君だった、ということなんです。それに、いきなり、というわけではありません。最初はお友達からおねがいします」

「友達、というのならそれはかまわないが……そういえばレイスル邸でも――」


ロルドの説明によると。

イリアティナ王女は5歳のときから、男性を極端に怖がるようになってしまった。

本人が何も言わないのではっきりとした事件にはならなかったが、なにかあったことは確かである。


それ以来、触れることはもちろん傍に寄るだけでも嫌悪感を示す。

無理に触れると蕁麻疹が出る、ひどいときは嘔吐するというありさまだった。

それは15歳になっても続いていた。


さらに、最近はうっかり触ってしまった騎士をドレス越しで回し蹴りをお見舞いし、鎧で全身を覆った屈強な騎士が3ハロン(m)も吹っ飛んだ事件もあったという。

騎士はろっ骨を5本も折った。


(それであの反応か)

レイスル邸での衛士たちのおかしな態度はそのせいだったのか。


「愛人になってほしい理由ですが、正確には君に姫がほかの男性にも触れることができるようにトラウマを解消してさしあげてほしい、というのが目的です。

そのためには愛人、という立場でないとむずかしいからです」

「なぜそういうややこしいことを?」


「ローシェにはやっかいな王律があってね」

ロルドは渋い顔をした。

女王になるための忠誠を誓う儀式では手に騎士の口づけを受けなければならない、というものだった。


「……それは、儀式の方法を変えればいいのでは」

「そうしたいのはやまやまですがね、うちは王律を廃止するには六合会(りくごうかい)で認められねばならないというやっかいなシステムがあります。


それは国で最も重要な立場のもの、王女(第一王位継承者)、宰相、大将軍、第二王位継承者、終世公爵2名の6人がそれぞれ1票ずつ持っていて投票で決めることになっています。王や女王は2票なので有利になっているんですが、残念ながら王女のうちは1票です」


「つまり、王女側と反王女側で釣り合ってしまっていると?」

「そう。3票ずつで廃止できないのです……」


ロルドはため息を付いた。

「第二王位継承者は王弟でね、王女の伯父にあたるが、自分の息子を王位につけるためにいろいろ裏で手を回しています」

「……暗殺なら承るが?」

「できるならとうにやってます……彼の息子はまだ13歳だが、これがよくできた、立派な君主になりそうな方でね。

奥方が良いお方なのです。最悪、姫が女王になれなかったときのために王弟殿は息子様の有力な後ろ盾として生きていていただきたい。

あちらはバンバン殺しにかかってきているのにこちらからは手は出せない。痛しかゆしです」

ロルドはため息をついた。


「そういう事情であるならお受けするが……」

「おお、ありがたい、けど何か問題ある?」


「10年も続くトラウマなら根がかなり深いものでしょう。期限があるならそれまでに努力しますが、本人が嫌がることには俺は強制はできません」

ロルドは肩を落とした。


「そうですな、そういうこともあり得ますな……わかりました。私としても王女の気持ちを最優先にしたい。

その条件でいいのでどうか王女をよろしく頼みます」

「承った」


さらにロルドは続ける。

「現時点でわかってる分の報告だけど、レイスル邸での王女暗殺のおおもとの依頼主は王弟ワイス・デム・ローシェで間違いないでしょう。

あの日あの時間あの場所に王女がいる情報はこちらから流したのだからね。それを知っているのは彼しかいない。


白魔導士がバリアを張ってるから普通の刺客では無理なこともね。

そこで彼は以前から繋ぎを付けていた山吹の里に暗殺を依頼した。


急な依頼だったのは我々があの朝にフランツへ行くことを決定したからですね。

もし時間をかけて調べることが出来ていれば、マデリーン・レイスルがイリアティナ王女であることは君にもわかっていたと思います」


(けっこう危ない罠をはるんだな。王女本人をエサにするとは)

サカキはローシェという国の複雑さが少しずつ見えて来た気がした。


「確かに。急すぎて公国の服も調達できなくてやむを得ず途中の農家で盗んだ」

「その家、覚えているならあとで教えてね。適当な理由つけて代わりの服届けておきます」

「お手数かけます」


「それで、注目したいのが暗殺に加えて指輪も盗め、という依頼です。

実はあの指輪は王弟にとっては何の意味もない。

単に王位継承者が亡き王から賜った(たまわった)だけで順位には関係していません。


それが無くなったところで継承の順位が変わったりしない。

逆に持ってこられたら困っちゃうよね、暗殺の証拠だもん。

つまり、王弟の暗殺依頼に指輪をつけ足したものがいる、ということですね」


「オボロだな……なんのためにそんなことを?」

「そこが謎なんですよねえ。例えば、保険とか。サカキくん、君がもしちゃんと目的を果たして里に戻れば王弟は万々歳。

王女を殺せなくても指輪だけでも盗んでくれればローシェにとっては死罪に値する犯人。


どっちにしても、君がいない間に里を制圧し、里に戻ったところで君を捕らえて王国に差し出す。指輪は君が実行犯である証拠だね。

さらに、君がもし殺る気満々でレイスルの敷地に入ったら……バリアが発動して君は昏倒する。


気が付いたらローシェの牢獄の中です。白魔導士は嘘はすぐにわかるからね、尋問で暗殺のことはバレる、からの死罪だねえ。

理由はわかりませんが、オボロは手間をかけてでも君に汚名を着せて殺したかったのでしょうか」


「あの野郎……」

「山吹忍軍上の壱オボロ、恐ろしい人物です。ただ、彼の今回の動きはやっつけ仕事すぎだなあ。

君が捕らえられて白状したらオボロまでは捜査が届く。事実、こうして失敗しているし。

どうも私には君から聞いたオボロと今回のオボロとはとても同一人物とは思えないんだよねえ。


まあ、もうちょっと情報が集まったら改めて考えてみますよ。遅くに来てくれてありがとう。

今度はこんな剣呑(けんのん)な話ではなく純粋に飲んで話したい」


「はい、ぜひ」

「あとね、……ちょっとお願いがあるんだけど……」

ロルドがもじもじしている。


「おやすみのキスですか?」

「だから違うってば!んもー、いい歳をしたおじさんをからかうんじゃありませんよ、私、5人の子持ちなんだからねっ?」


サカキは笑っている。

「存じております」


「昔からの夢だったんだ……その格好で跪いて『御意』って言って目の前からシュッって消えてほしいんだけど……」

サカキは口布を上げた。

雇い主のかわいらしいお願いにニヤついてしまいそうだった。


「御意」

と静かに言うと同時にサカキの周りにサァッと木の葉が舞い散り、それがふっと消えると同時にサカキの姿も消えていた。


「木の葉隠れ……」

サカキの特別サービスであった。


「ああ……いいな……感動……」

ほう、とため息をついて両手で頬を抑えた。

長年の夢がかなったロルドはその夜の遅くまで余韻に浸っていた。

ワイス・デム・ローシェの「デム」は第二王位継承者だけが使える前置詞です。

意味は「の」。イル・ド・フランスのドと同じですね。

同様にイリアティナ・デル・ローシェの「デル」は第一王位継承者用。

男女の区別はありません。


次話でイリアティナの男性に触れられない理由が開示されます。

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