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106話 ローシェ騎士の食事事情

騎士食堂は食べ放題のビュッフェ(セルフサービス)形式です。騎士と侍従は無料、一般民は入れません。長内視点。

 ――騎士食堂――

「わあー!」

長内が声を上げる。

扉を開けたとたんに焦げた肉の香ばしい香りに包まれた。


初めて入った騎士食堂は、200人が一度に座れる広さのある、床も壁も石造りの部屋だった。

10人掛けの長方形のテーブルが部屋いっぱいにきれいに並んでいる。


部屋の奥には広い厨房があり、そこから引っ切り無しに豚肉の大きな塊の炙り焼き、鳥の丸焼き、海魚の揚げ物、焼いたリンゴにブドウやオレンジを絞ったジュースなどを大勢の料理人たちがひときわ大きな木のテーブルに積み上げて行く。料理の乗った丸いたテーブルは全部で10あり、部屋の壁際や、中央に間隔を空けて並べられていた。


その料理からは湯気がたち、それを軽装の騎士や従者たちがどんどん切り分けて自分の皿に盛っている。

「いい匂い……」

「ここの料理は肉も上質だが、香辛料もふんだんに使われていて、とても美味い。まずは俺が長内殿の料理を取って来ますのでその辺で座っていてください」

「僕は飲み物を取って来ます。ブドウのジュースと……お茶あったかな?聞いてみよう」

2人がいそいそと入り口でトレーと食器やカトラリーを受け取り、ナイフを器用に使って肉の山を切り崩しているのを、長内は所在無げに椅子にちょこんと座って眺めていた。


部屋には100人近くの騎士がテーブルに着いて豪快に骨のついた肉を頬張り、酒類を飲んでいる。

実にたくましい食べっぷりだ。

その騎士たちの間には従者たちが座り、同じように談笑しながら食事している。


数が少ないが中には女性の騎士もいて、女性の従者が給仕をしている。

なにからなにまで秋津とは違う世界に、長内は驚きっぱなしだ。


ほどなくしてサカキが戻って来る。トレイには焼きたての肉の山と4つに切られたリンゴ、蒸したじゃがいも、焼きたてのパンが乗っている。

「聞くのを忘れていた。長内殿は鳥や豚の肉はだいじょうぶでしたか?」

「あまり食べたことはないけど……だいじょうぶです」

本当は今まで食べたことがない料理だが、好奇心のほうが勝った。


「こちらの肉は食べやすい大きさに切ってきましたので手づかみでどうぞ。手の汚れはこちらの水の入ったボウルで洗ってください」

「手づかみですか」

長内は躊躇した。ここには箸はない。一応ナイフとフォークはあるが、それは切り分けるためのものだ


「握り飯といっしょです。戦中ならすぐに武器を持てるように手づかみで食べることが多いのです。長内殿も戦に赴くときのために練習なさってください」

「は、はい」

戸惑いながらも長内は肉をつまんで口に放り込んだ。


「……うまい!」

「でしょう?」

すごい勢いで肉にかぶりつきだした長内を見てサカキは笑っていた。

ゾルが飲み物を入れたカップを3人分抱えてもどってくる。


「緑茶があってよかった。最近は僕もジュースよりお茶のほうが食事時には合うようになってしまいました」

「そういえばローシェ国内でも緑茶を生産しようとする機運があるそうだ。もともと紅茶と茶葉は同じらしいぞ」

「へえええ、そうだったんですね。じゃあもう少ししたらもっと手軽に手に入るようになるかな」

などどとりとめのない会話を聞きながら、喧騒の中、長内は夢中で肉を口に放り込んでいた。


(こんなに美味い食事は初めてだ……人のガヤガヤした声や食器の音、肉を焼く音にあふれてるのに……)

「静かな場所の食事もいいですが、こういった騒がしい中で食べるのもまたいいものでしょう?

この野趣あふれる食事は喧騒がスパイスにもなっているのです」


長内の胸の内を読んだようにサカキが言う。彼も骨付きの肉を手に持ち白い歯で嚙みちぎっていた。

「……確かに」

長内はうなずく。今までたった一人で冷えた膳を食べるばかりだったが、人と一緒に食べる熱々の肉がこんなに美味いとは知らなかった。


「――ここは情報の宝庫でもあります。高価なスパイスを何種類も惜しみなく使っているのは軍隊に金をかけている証拠です。

このコショウというスパイスはアラストル帝国からの輸入品です。アラストルとはたびたび戦争が起こっていますが、民間レベルでは交易が盛んなのがわかります」


「情報……」

「そろそろお気づきになりましたか?情報とはこうやって見て、聞いて、感じたことをまとめて形にしていくものです。それにはまず人との繋がりをなるべく多く持たねばなりません。その繋がりに身分の上下などまったく関係ない。情報を得るにはまず『人』からです」


「そうだったのか……それなのに『私』は……」

長内は無理をして拙者と言うのをやめた。人質暮らしの間は貴族どもに拙者と言うのが普通、と教えられていたのだが、どうも自分には合わない、と思っていた。


「自分の家にいきなりだれかが来て中を見せろ、と言われて貴方は見せようと思いますか?

そんなはずはない。まずは先ぶれを出して家の中を伺ってもよいか、許可を求めないと。そして見せてもらえたらちゃんと礼を言う。見せてもらえなくても悪態などつかず、礼節を持って対応すればいつかは心を開いて見せてもらえるかもしれない」


あまりにもわかりやすく言われて長内は先ほどの自分の行動を恥じた。

顔がまた赤く熱くなる。こういう時、長内はどう返答すればいいのかわからない。


だが、サカキも特に返答は求めていないようだ。

(そうか、彼は私を案内しながら情報の得方を教えてくれていたのか……)


長内は、忍者であるサカキを下男程度に考えていた。だから彼が国を案内する、と言った時は無礼だな、と無視してしまった。

最初から自分はとんでもない間違いを犯していたのだ。

ただの連絡係なら、だれかが何か重大なことがあれば言ってくるだろう、という程度の認識しか持っていなかった……。


騎士食堂の喧騒のあと、サカキは大広間へ長内を案内した。

高い天井からはガラス製の大きなシャンデリアがいくつも下がり、大理石の床は長内の姿を映せるほど磨き上げられ、重厚感のあるカーテンがそこここにかけられていた。

その広間の一角では7人編成の楽団が笛やリュート(弦楽器)で優雅な曲を奏でていた。


楽団の前には華やかな織物をあしらった長椅子が数脚置かれていて、スカート部分が大きく膨らんだドレスを着た貴婦人たちが座り、優雅に扇子をくゆらせている。

貴婦人たちはサカキの姿を認めるとみな、小さく手を振ってきた。サカキも右手を胸にあて、恭しくお辞儀をした。


その豪華絢爛な空間に長内の口は開きっぱなしだった。

サカキの説明では、このような小規模の音楽会が月に2度開催されていて、ここは許可を事前にとっているものしか見学できないということだった。


次の円卓会議室は武器禁止の部屋であり、サカキは長内に懐の短刀を白魔導士に渡すよう言った。

サカキも隠し持っていた忍刀を預けた。


ロルド・ヴァインツェル宰相とユーグ・オスロー大将軍が待ち構えていた。

彼らの経歴を聞いて長内はもうすこしで漏らすところだった。

ロルドは見た目は粉屋のおやじのようで、ユーグはクマのような大男だ。


この2人が国の支えの中心と聞いて体が震えた。秋津こそがこの大陸で最も上だ、と勘違いしていた自分が恥ずかしかった。すごい国の、高い位の人物たちはにこやかに長内を迎え、長内にもわかりやすいようにローシェの現状を教えてくれた。


夜香忍軍詰め所では、忍者のほかに白魔導士や騎士たちまでもが訓練を受けている姿を目の当たりにした。職業も身分も関係ない。みな強くなることを目的に、真摯に、かつ、楽し気に訓練を受けていた。


次に案内された工業区:ミストルンドでは広い敷地に機織機がずらりと並んだ織物工場や鉄を溶鉱炉で溶かし、型に流し込む鉄工場を見学し、最後の商業区:ポアーナでは

「甘いものはお好きですか?」

とサカキに聞かれてうなずくと、菓子が山のように積まれた店で一口サイズのパイや果物が乗った焼き菓子、小さくて丸いケーキ、宝石のような砂糖菓子をたくさん買ってくれた。


「これはルミルが好きで、こちらはルゥや女性職員に人気がある菓子です。いっしょに食べよう、と誘ってみてください。きっと喜びます」

「えっ、そ、そんなこと……」

今まで言ったことがない。


「無理に、とは言いません。しかし、人といっしょに食べる菓子は格別においしいですよ」

「……」

長内はまた言葉を失う。


「さて、今日はお疲れでしょう。コテージまでいっしょに帰りましょう。夕食は俺とアゲハは1号棟で摂る予定ですので、気が向いたらいらしてください。

21時からは秋津から定時連絡の者が来ます。今日一日あったことを伝えてみてください」


長内は頭の中がぐちゃぐちゃになって、サカキの言葉にも反応が薄くなった。

サカキは気にした風もなく、長内を3号棟まで送り届けると、自分のコテージへ帰っていった。

一日で回るには無茶な量の観光案内でしたが、サカキは5人の繋ぎ(気配を消して傍に控え、護衛や連絡、物資や情報の調達、身の回りの世話など多岐に渡る仕事をこなす忍者)を駆使して非常に効率よく予定を全部回りました。長内にとってはいろいろと考えを改めるきっかけになりました。

次話 107話 ローシェと秋津の差 は明日更新予定です。

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