104話 サカキのローシェ観光案内
長内にブチ切れたサカキがローシェの皇城内を観光案内してくれます。怒りの強行観光です。
ケサギが案じた通り、長内は王城内の武器持ち込み禁止の部屋に、白魔導士が止めるのも聞かずに入ろうとし、障壁に弾かれて昏倒した。
そこへアサギリとヒシマルがいち早く到着し、人目につかぬように布に包んでコテージ3号棟に連れ戻した。今は彼のベッドの上に寝かせてある。
「……」
長内の寝顔を見ながら、サカキは呆れを通り越して虚無の境地になっていた。
アキミヤの報告の内容にもだが、せっかくの姫との時間をこんなくだらないことで邪魔されるとは。
サカキと姫は初めて大人のいい雰囲気になり、もう少しで口づける、というところでアキミヤが絶望的な顔で走ってきた。
『お邪魔してもうしわけありませええええん』
と完璧な一回転ジャンピング土下座しながらの報告だった。
サカキは姫の、一瞬だけ見せた寂しそうな顔が忘れられない。
気丈にも、「あなたは仕事に戻ってください」と平気なふりをして言ったのがよけいに辛かった。
(アキミヤの報告を無視して強引に口づけることはできなかった。俺の覚悟が足りないのだ。姫にあのような顔をさせるとは、やはり俺はふさわしくない……)
と悪い方へ考えてしまう。
女皇はこれから立派な大貴族と結婚せねばならない。秋津出身のサカキには婚前交渉は考えられないし、自分のような忍者が本当の意味での愛人であってはならないと今でも思っている。しかし、サカキも男である。イリアティナが自分に心を寄せているのは知っていて、それを知らないふりをするのは辛い。
それでも最近は口づけくらいなら、と感じるようになっていた。その先は……そうなったらその時だ、と思えるほどイリアティナの存在がサカキの中で大きくなっていた。
その浮ついた感情に冷水を浴びせられたような心地がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アサギリとヒシマルはサカキの傍に控えている。いつもはすばやく指示を出すサカキが無言なのだ。
(これはかなりキてらっしゃるな)
とアサギリは思った。
アサギリもアキミヤから、サカキと姫がブランコで久々の逢瀬を楽しんでいたところへ長内のよけいな暴れっぷりのせいで台無しにされたことは報告を聞いている。
「――1日」
サカキが突然口を開く。
「は?」
「今日1日だけだ。こいつに連絡係というものを叩き込む。だが、それでも態度を変えないのなら秋津に返品する」
返品、という言葉にアサギリは吹き出しそうになるがこらえた。ヒシマルは後ろを向いて肩を震わせた。
「アキミヤ、ゾルを呼んできてくれ。モクレンもだ。大きい鞍をつけてな。
アサギリ、ヒシマル、5人体制で繋ぎを俺につけてくれ。それと、今から言う場所への先ぶれをたのむ。
第1騎士訓練所、騎士食堂、大広間、円卓会議室、忍軍詰め所だ。そのあとは工業区、商業区を回ってくる」
「「承知いたしました」」
――ハステアの丘――
「う、うーん」
長内が目を覚ます。
「気が付かれたか」
サカキが声をかける。
「拙者はいったい……?うわわっ」
長内が声を上げた。目が覚めたとたん、自分が馬上にいることに気が付き、手をバタバタとさせる。
長内の後ろにサカキが乗っている。
サカキの愛馬モクレンが『うるさい』とでも言うようにヒヒーンと鳴いた。
「暴れると落ちますぞ」
サカキは手綱を握った手で長内の腰を後ろからそっと抑える。
「う、おおっと、」
ぽすん、とサカキの腹に長内の背がぶつかった。
「ここはハステアの丘。豊穣の女神ハステアの名がつけられた広大な丘陵地帯です。ここから帝都が一望にできます。よくご覧になってください」
「……おお、これは……これがローシェ帝国なのでござるか……」
長内の目が見開かれている。冷たい風が吹いてサカキの長い髪と長内の着物の袖を揺らしている。
目の前の絶景に、いったい自分がどうなったのか、どうしてここにいるのかという疑問が全部吹っ飛んだらしい。
眼前に広がるのは、見渡す限りの草原と遥かなブールランデンの霊峰群。2か月前、サカキが目にしたときよりも雪が増え、より急峻さを際立たせている。
その霊峰を北の守りとし、石造りの城壁に囲まれた帝都リア・アルファテスは、初めて見た時と変わらぬ美しさだ。リア・アルファテスとは、古い言葉で『第1の都』の意味だという。
白い花崗岩を用いて建てられた皇城は100年を超えて増築を繰り返し、200を超える尖塔群が天に掲げられた剣のように聳えている。
ちょうどここから正面に見える大広間の巨大なバラのステンドグラスは完成まで50年かかっているという。
「そうです。建国から117年、ローシェ家が治めている由緒ある国です。その財力も軍事力もゴーデ大陸随一といっていい強国でもあります」
「117年も、1つの家が国を統制しているのか?そのような国をあの可憐なお方が……」
よくライバルに例えられるアラストル帝国は200年以上の歴史を誇っているが王朝の移り変わりが激しく、今のバラバー王朝は17代めだ。対してローシェ帝国は建国からずっとローシェ家が治めている安定した国家だった。
「わずか16歳で皇帝の座について、主君としてのお役目を立派に果たしておられる」
「……」
長内は言葉を失っている。秋津はこの国とはまったく違う。常にどこかで戦が起こっており、昨日の味方が今日の敵になっているかのような有様だ。サカキには長内の目に感動と、失望の両方が見て取れた。
秋津の武士たちはほとんどが国を出たことがない。もともとその国民性が内側向きなのだ。
鎖国をしているわけではないが、外国と積極的に商売をしよう、というものがあまりいない。
戦国の世にあるため、どうしても国の中での出来事が重要視されているのだ。
「では次。ゾル、第1騎士訓練所へ繋いでくれ」
2人の後ろに控えていたゾルが前へ進み出る。彼は徒歩である。
「はい。ちょうど今はグレード1の訓練だそうですのでだれでも見学できる時間帯ですね」
そこはサカキの繋ぎからの情報がすでに入っている。
ちなみに、グレードによって見学できる範囲が決まっていて、最高の5になると見学不可能になる。
先日の黒魔導士たちの訓練はグレード5であった。
サカキたちはゾルの移動魔法で馬に乗ったまま城の中にある第1騎士訓練所へ着いた。
長内はまだ慣れておらず、びくびくしていた。
そこは周りを生垣に囲まれた広さが80ハロン(m)四方もある広場で、騎士たちが馬に乗り、槍を持ち、5人対5人での戦闘訓練を行っていた。
土煙と、勇壮な掛け声があちこちから上がっている。
「「やあ!とう!!」」
「「ふっ!はっ!!」」
槍と槍、馬と馬がぶつかり合う激しい稽古だ。その熱気は見ているものにも伝わって来る。
「これが、騎士……」
「はい。今訓練を行っているのは第3騎兵隊。騎兵隊のうちでも最速といわれているつわもの達です」
偶然だったが、山吹の里へサカキと同行してくれた隊であり、サカキも彼らの軍馬の扱いの巧みさには舌を巻くほどだった。彼らにとって初めて走る秋津の細い山道を難なくこなし、里の者たちを手厚く保護してくれた恩人たちでもある。
サカキの姿を認めて、一人の騎兵が馬を巡らせ走り寄ってきた。
「サカキ殿、訓練以外で会うのは久しぶりだな、今日は見学と聞いている」
太くたくましい声は第3騎兵隊隊長バラダル・ガーヴェイン。
髪色は黄銅色、口ひげとあごひげを伸ばし、ギョロリとした大きな目は灰色。年は45歳だが、見た目は30代半ばに見える。
「バラダル隊長殿、その節は大変お世話になりました」
サカキは馬から降りてにこやかにローシェの礼を取る。
バラダルも馬から降りてガハハと豪快に笑う。
「そう何度も礼はいらんよ、サカキ殿は義理堅いな。おお、モクレン殿も元気そうだ。いいことだ」
「ヒヒン、ブルルッ」
モクレンはうれしそうだ。
バラダルは歩み寄ってきて握手をかわし、さらにサカキの肩を抱いてバンバンと背中を叩いた。
細身のサカキには少々手洗い歓迎だが、それがバラダルの喜びの感情表現であることは知っている。
ほかの訓練待ちの騎士たちも駆け寄ってきてサカキを取り囲み、
「里人たちは元気か?」
「次の訓練ではいっしょになるな、よろしく頼むぞ」
と、口々にサカキに話しかけてくる。サカキもそれぞれに礼節を持って応じていた。
長いのでいったん切りました。第3騎兵隊は「6話 里人救出へ」に出て来た軍隊ですが、彼らは騎士として手厚く秋津の民間人たちを保護してくれていました。
次話 105話 サカキのローシェ観光案内(続き)は明日更新予定です。




