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サマー

作者: hajimemasite

夏が終わりに近づいても暑さの続く昼下がり。僕は電車に揺られて実家に帰省する途中であった。気分はすぐれない。この間まで病院にいたからだ。お医者さんにお盆には実家に帰省したいと願い出たところ「よろしい。思ったより予後がいいからね」と少し早めの退院のお許しをもらった。ただし無理はしないようにと言われている。正直この夏の暑さと、退院したてで実家に帰省するだけでもうくたびれている。僕は大事そうに手帳を開いた。一枚の新聞記事が、それも本当に小さい記事が貼ってある。日本人の弁護士が海外で殺害されたという内容だ。今こうしてる間にも世界ではたくさんの事件が起きている。ニュースは日常かのように人の死を報じるが、実際に関わりのある人間からすれば当然日常的な話ではない。それでもまだ僕は実感がなかった。むしろ、事件が多過ぎてニュースを聞く人たちが麻痺しているのかもしれない。今夜は夏祭りがある。お盆だから死者が帰ってくる。人はみんなあくまで風習だと言うが僕はそうは思わない。本当に死者が帰ってくるのだ。そう裏付ける昔の記憶が、夏の思い出が蘇る。そうこうしてるうちに実家に着いた。「(とおる)お帰り」母の声だ。そうだ。僕の名前は徹であって、初めて彼女と出会った時も名前を呼ばれた。僕は実家の縁側に腰掛けた。記憶の中に残っているのはひと夏の思い出である。僕は静かに目を閉じてその蘇ってくる夏の思い出をたぐり寄せた。

「徹くんだよね?大丈夫?」

高校3年生最後の夏。受験シーズン真っ只中であった。学校である夏の夏期講習の帰り道、後ろから声をかけられた。

「大丈夫。ありがとう」

徹はそう答えたが息を切らして道端に座り込んでいた。昔から身体が弱く疲れやすかった。少し休めば大丈夫。日頃の勉強と夏の暑さに少しやられただけだ。

「確か帰る方向が同じだからよかったら一緒に帰ろう」

彼女の名前は千夏だ。まさにこの夏のためにあるような名前。クラスは違うが名前は知っている。この間まで生徒会長をしていた。だから徹の名前と顔を知っていたのだろう。なんでも正義感の強い子で学校にいる不良にも臆せず悪いことは注意できる人間だった。目の前に弱っている人がいるから助けたい。そう思って徹に声をかけたのだろう。その日から徹と千夏は夏の夏期講習が終わるまで毎日一緒に帰ることになった。いつも他愛のない話をしながら。

「ねえ、呼び出し神社ってなんでそう呼ばれてるか知ってる?」

ある帰り道お盆が近づいてきてお祭りの話になった。その時に千夏はそう尋ねてきた。

呼び出し神社とはこの街にある小さな神社で夏祭りといえばみんな自然とそこに集まった。正式な神社の名前はあるのにみんなは呼び出し神社と呼んでいる。

「確かこの辺りで集合するのにちょうどいいから、ここに呼び出すって意味で呼び出し神社でしょ」

徹は答えた。

「うん。まあそれもあるけど、もう一つ不思議な話もあるの」

千夏が祖母から聞いた話であった。お盆の夏祭りの日に死者が帰ってくるのだが、特に思い入れの深い人や未練のある人の霊は夏祭りの人混みに紛れて「一緒に帰らないか」と再会したい人に声をかけてくるのだという。その声に「帰る」と答えた人は一緒にあの世に帰ってしまうというのだ。それで昔は呼び出し神社で夏祭りがある度に行方不明者や死者が出たという話だ。死者からの呼び出し。だから呼び出し神社と呼ばれている。

「本当かなー」

徹は内心信じられなかった。でもよく考えると信じられなくて当たり前だと思った。

 お盆が近づいて暑さが和らいできた。徹も体力を取り戻しつつあった。夏期講習も終わりに近づいて少し生徒のみんなも気が緩んでいたと思われる。徹と千夏がいつものように2人で帰っていた。2人が人通りの少ない交差点を渡り切ったあとに3人の男子生徒が後ろから走ってきた。信号はとっくに赤になっていた。同じ学校の同じ学年の生徒だ。

「ちょっとあなたたち、交通ルール守ったら」

千夏はすかさず注意した。

「うるせえな、学校の外でも威張ってるんじゃねえよ」

3人組のリーダー格の男が千夏を睨みつけながら言う。

2人はしばらく口論になったが、千夏の理路整然とした口調は凄まじく、次第にそのリーダー格の男は形勢が不利になった。めんどくさくなったのか「もういこうぜ」と千夏を無視するように3人組は去っていった。

「すごいね、大勢相手でも注意できて。怖くないの?」

徹は尋ねた。

「怖いわ。正直。でもなんだか人が不正してたりするの黙って見ていられないの」

千夏は俯き加減に答えた。

「生徒会長をやってたから?」

「違うの、なんていうか家庭の環境というか」

その時背後から男の低く大きな声が聞こえた。

「おい!千夏。学校で勉強ばかりしてねえで、家のこともちゃんとしろよ」

後ろを振り向くと50代ぐらいの男が立っている。昼間から酒を飲んでいるようで酔っ払っていた。

「先に行ってて」千夏が言った。

徹は少し離れたところから2人のやりとりを眺めた。徹は見逃さなかった。2人が口論をしていたかと思ったら男は千夏のことを叩いてどこかに行ってしまった。

 徹は呼び出し神社の裏手の山を登っていった。いくら体力が少し戻って大した高さのない山でも、息が切れる。なぜそんなことをするのか。千夏を探しているのだ。あの男が去った後千夏は帰り道に戻らず山の方に行ってしまったのだ。見つけた。千夏は山の中腹でしゃがんでいた。

「あれ(うち)のお父さんなのびっくりしたでしょ」

なんて声をかけていいかわからずにいる徹に千夏が話し始めた。

「あれでも元々優しかったんだけど、お母さんが早くに亡くなってから荒れちゃって」

徹は黙って聞いていた。

「家のことはほとんど私がしてるの。だらしない父親を見てたら、私がちゃんとしなくっちゃって思うの」

なるほど。そういう家庭環境だから千夏は正義感に溢れて、しっかりしようとしているのか。徹はそう思った。

「でも時々嫌になる。私お母さんにまた会いたい時があるの」

少し間をおいてから千夏が言った。

「徹くんお願いがあるの」

 お盆である今夜は夏祭りの日だった。徹と千夏は浴衣姿で呼び出し神社に歩いていく。

千夏はまた母親に会いたい一心で例の呼び出し神社で死者が帰ってきて声をかけてくれるというのを試したかったのだ。会えなくても声だけでも聞きたい。その一心で。ただ1人だと少し怖いから徹に一緒に来てくれないかとお願いしたのだ。千夏は浴衣姿に不釣り合いなペンダントをぶら下げている。母の形見だそうだ。母親が人混みの中でも千夏を見つけられるようにと、目印に持ってきた。

賑やかなお祭りの喧騒。やぐらの周りには人が集まり、屋台もたくさん出ている。2人はそれらを素通りしてまっすぐ神社の方へ向かった。けっこうな人の数だ。こんな田舎街でもこんなに人が集まるのか。改めて徹はそう思った。徹は夏祭りに行くまでに千夏が話していたことを思い出していた。「私、たくさん勉強して人を助けられる仕事をしたい。法律の勉強がしたいのよ。将来はきっと弁護士か何かになる」そう夢を語ってくれたのだ。

一瞬人混みの中で千夏を見失った。千夏は不安そうな顔をしていた。いよいよ神社の境内に入った。はぐれないように、思わず徹は千夏の手を握った。しばらく神社に向かって歩いていると急に辺りが静かになった。どこか遠くにいる感覚に襲われた。夏の夜なのに全身がヒヤッとする。千夏と手を繋いでるからか、徹もそう感じているのだ。次の瞬間、「一緒に帰ろう千夏」

女の声がした。千夏もその声を聞いたのだろうビクッと身体を反応させたかと思うと、恐怖で身を固めている。そうか、これが母親の声か。本当だったのだ、死者が一緒に帰ろうと声をかけてきた。隣にいる千夏は虚ろな目をしている。繋いでた手がするりと抜けそうになる。「うん」と千夏が返事しようと口を動かしかけたとき「ダメだ!」徹が言って千夏の手をもう一度強く握りしめた。その瞬間辺りはまた元の喧騒に戻った。千夏はハッとした顔をした。もう少しであの世に行ってしまうところだったのだ。

徹は千夏の手をさらに強く握りしめて言った。

「たくさん勉強して、弁護士になってこれからたくさん人を助けるんでしょ」

徹が言った。

「うん。そうだったね。でもお母さんの声少しだけど聞けたよ」

千夏は涙ぐんでいた。

「僕と一緒に帰ろう」

徹は言った。「うん」と千夏は答えて徹の手を握り返した。

 夏が終わると受験勉強は加速した。徹と千夏が一緒に帰る時間も減っていき、お互いに勉強に励んだ。あの夏祭りの日2人はお揃いの合格祈願のキーホルダーを買った。それのおかげか、2人は無事希望通りの大学に進学できた。お互い遠くの大学に行ってしまい離れ離れになってしまったが、たまに連絡は取り合っていた。

 僕は夏の思い出から目覚めて今に意識を戻した。実家の縁側だ。気づけば外はキレイな夕焼け空になっていた。手帳をまた開いた。日本人弁護士海外で殺害される。と変わらず記事にはそう書いてある。彼女は大学でも猛勉強したのだろう。海外でも活躍する弁護士となったのだ。だがある日、バーでケンカをしている人たちの仲裁に入ったらケンカに巻き込まれて射殺されてしまった。正義感が強かった彼女だから居ても立っても居られなかったのだろう。近いうちに日本に帰ると連絡をもらった矢先の出来事であった。

「徹。ごはん食べる?」母親が聞いてくる。

僕は今夜は夏祭りに行くと言った。実家の2階にある僕の部屋に行く。勉強机の引き出しから彼女と2人で買った合格祈願のキーホルダーを取り出して外にでた。呼び出し神社に向かって歩く。病み上がりのせいか今日1日過ごしただけでもすごく疲れていた。歩くだけで息が切れる。やがて夏祭りの賑やかな音が聞こえてくる。懐かしい音だ。お祭りの喧騒の中に紛れていく。もう少し歩いたら呼び出し神社の境内だ。やはり少し病院から退院するのは早かったかもしれない。ここにきて少し苦しくなってきた。気分もすぐれない。それでも神社の鳥居をくぐって歩いていく。すごい人混みだ。僕は手の中にあるキーホルダーを強く握りしめた。きっと目印になるだろうそう思った。お祭りの喧騒にいるのが辛く感じてきたその時急に辺りが静かになった。夏なのに全身がヒヤッとする。どこか遠くにいる感じ。この感覚覚えている。すると後ろから懐かしい声がした。あの時初めて声をかけてくれた時のように。

「徹くんだよね。大丈夫?一緒に帰ろう」

千夏の懐かしい声だ。僕は急に元気が湧いてきたような気がした。そして僕は返事をした。

「うん。一緒に帰ろう」

 その夜、帰りが遅い徹を心配して母親が警察に捜索願いを出した。大掛かりな捜索がされた翌朝、呼び出し神社の裏手の山で徹は冷たくなって発見された。苦しんだ様子はなくとても穏やかな表情をしていた。

しばらくして地元の新聞紙に遺体が発見されたと小さく徹の記事が載った。

この呼び出し神社では今でも死者が迎えにくるという不思議な噂が流れている。


                〜完〜

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