鑑定の神はおばあちゃん?(12)
ミズイは、放心状態のタカトの首に手を回した。
そして、顔を擦り寄せ、耳元で甘えるように囁く。
「わしを労わってくれるのなら、もう一つのスキルも教えてやらんこともないぞ」
その瞬間、ビン子の目が細くなる。
それはまるで、イヤらしい笑みを浮かべる老婆を射殺すような視線。
「私のタカトになに気安く触ってんのよ!」と言わんばかりの気迫が全身から立ち上る。
……その気配に気づいたミズイは、反射的にタカトから離れた。
そして、鋭くビン子を睨み返す
――なんじゃ、この娘……ただのノラガミではあるまい。
わしの鑑定眼でも、スキルの全容がまるで見えぬ……。
まさか、わしより上位の存在か……?
ミズイは一歩退きつつ、ビン子の姿を下から上までじっくりと見つめ直す。
かろうじて見えるのは戦闘力の数値だけ。
――……対応戦力等級3……電気ネズミと同等……笑止。
だが、それよりも気になるのは……
――ノラガミのくせに……老化の気配がまるで無い……
身体に満ちるこの張りと瑞々しさ、まさしく“幼女そのもの”ではないか……!
神は、生気を吸収し続けねば、やがて荒神へと堕ちていく。
だが、神民を持たぬノラガミにとって、生気の確保は死活問題なのだ。
命の石を使えば延命もできる。だが、そんな都合よく、大量の命の石が手に入るはずもない。
となれば、他の生き物の生気のおこぼれにあずかるしかない。
それも一日かけてようやく集めても、その日の活力に届くかどうか。
ゆえにミズイは“老化”という選択を取った。少しでも生気の消費を抑えるために――
だが、目の前のビン子の身体には、どう見ても生気が満ち溢れている。
ノラガミのはずなのに、なぜ……?
まさか──この娘、スザクのようにすでに国を持ち、神民を従えているというのか?
だとすれば……。
ミズイは、喉の奥から絞り出すように声を出した。
「お主……まさか、『名持ち』か……」
訳が分からないビン子は、目をぱちくりさせている。
「名持ちって、なに?」
──ビン子……たしかに、先ほどからそう呼ばれていたが……まさか……。
いや、それはありえん。こやつが、この小僧と“契り”を交わしているなど──。
そもそも、“契り”を交わせるのは、門を持つ神に限られている。
だいたいノラガミなど、契る前に生気切れを起こして荒神になるのが関の山じゃ。
それに、ここは融合国。融合の神・スザクが所有する大門が存在する領土だ。
この国で、ビン子が門を持っているなど……あるはずがない。
……まぁ、小門さえあれば話は別じゃが、ここはその内側ではない。
──となれば、やはり原因はあの小僧か……。
タカトのもう一つのスキル。あの忌まわしき荒神の力――
『万気吸収』。
生き物はもちろん、石、水、空気といった、万物に宿る「万気」。
それは、生気の根源にして、命の本流とも言うべき力だ。
それを、まるで呼吸のように吸収できる……。
──道理で、あやつは常に生気に満ちておるはずじゃ。
この生気、鍛えれば戦闘に特化した闘気や覇気へと昇華できる。
万気を無限に吸えるタカトが、もし覇気に目覚めれば――
不老不死の騎士など、相手にならぬほどの力を手にするだろう。
……騎士の力は、神民から供給される生気に依る。
神民の生気が尽きれば、騎士もまた力を失う。
つまり、有限。
それに比べて、このタカトの力は……無限。
──もはや、神とすら呼べるのでは……。
……それなのに。
「痛ぇぇぇええ!死ぬぅぅぅ!」
タカトはケンカのたびに泣き叫ぶ。
勝率ゼロ。負け方は毎度、悲惨。
擦り傷ひとつ、三日は残る。
母との約束でケンカを避けている? 違う。
本気でやっても、勝てないのだ。マジで。で。
──もしかして、生気をセイキに変換しているのか?
確かに、タカトはおっぱいへの執着が異常。
性欲は常時フルチャージ。
下心、常時スタンバイ。暴発寸前。
だが──そこら辺の変質者と一緒にしてもらっちゃ困る!
なにせ、今までの人生、守備兵に逮捕されたことは一度もない!
……いや、通報されたこともない!
というか!
生気をセイキに変換なんてできませんから!
となれば……やはり……
――このノラガミが、吸っとるのか……この小僧の生気を。
そう、ビン子は無意識に、タカトを“命の石”代わりにしていたのだ。
命の石ですら、吸えば崩れるというのに……
このタカト、どこからともなく生気が湧く。湧く。湧く。止まらない。
ビン子はただ隣にいるだけで、その生気を自然と吸収できた。
これは……便利!
……って、待てよ。
タカトが強くなれない理由、これって……
おまえかッ! ビン子ちゃん、おまえのせいかぁぁッ!?
――ならば、この小僧がいれば、ワシの恩恵の力も最大まで発揮できるというもの……。
ビン子にできて、ワシにできんはずがない。
無限の生気があれば、老化による消耗など気にする必要もない。
神の恩恵だって、最大出力で使い放題。
――そうなれば、マリアナやアリューシャの居場所も、きっと見つけられる……。
「まぁよいわ。いずれその小僧は、わしがもらうとしよう」
そう言い残すと、ミズイは路地の闇へと、霧のようにすうっと消えていった。
***
ミズイが消えた、何もない路地の闇を見つめるタカトとビン子。
「……なんだったんだ、あのばばぁ」
「さぁ?」
タカトは首にまとわりつく線香臭い匂いを、手で振り払うようにこすった。
「しかし、俺を“貰う”ってなんだよ」
今でも耳に残る、あのババアの甘ったるい声……寒気がする!
さすがに女性のストライクゾーンが広いタカトでも、あのババアは半分アウト!
無理無理無理!
「というか!」
……半分はOKなんだぁwww
ちげぇよッ!!
「大体、俺はしおれた垂れ乳なんかに用はねぇんだよ!」
その瞬間──
澄み切った青空から、どこからともなくミズイの声が響いた。
「誰が垂れ乳じゃい! このボケナスがぁああ!」
二人は思わず顔を見合わせ、びっくりして空を仰いだ。




