第六の騎士の門(5)
――ここはドコ?
暗い世界……。
――私は、誰?
真っ暗な空間の中に、生まれたばかりの私は一人で座り込んでいた。
名もなく、記憶もなく、何も知らないまま、ただ膝を抱えて……震えていた。
―― 一人はイヤ……
うつむいた頬を伝って、涙がぽたりと落ちる。
誰もいない。何も見えない。どこまで行っても、闇ばかり。
――誰か……助けて……お願い……誰か……。
その時。
黒一色の世界に、かすかな男の声が響いた。
「……見つけた……」
思わず顔を上げた。
視界が、うっすらと滲んで明るんでいく。
生まれて初めて“光”というものを見た。
「やっと、見つけた……やっと……」
その声が、ゆっくりと近づいてくる。
少しずつ、霞んだ世界が輪郭を持ちはじめた。
やがて、一人の年老いた男が私の前に立っていた。
頭には頭巾。背はやや丸く、無骨な職人風。
けれど、なぜかその目には、大粒の涙があふれていた。
――誰?
「こんなところにおったのか……」
彼の手が、震えながら、ゆっくりと私に向かって伸びてくる。
だが、いまだかすむ視界の中を、ゆっくりと男の声が近づいてくる。
次第にはっきりしていく私の世界。
目の前には、一人の年老いた男が立っていた。
頭に頭巾をかぶり、いかにも職人風の男は、何故か目から涙をボロボロこぼしている。
――誰?
「こんなところにおったのか……」
彼の手が、震えながら、ゆっくりと私に向かって伸びてくる。
──その瞬間。
私の中で、何かが爆ぜた。
この男は“敵”!
最愛の人を奪おうとする敵!
そう、誰かが心の奥で叫んだ。
気がつくと、私は隣にいた男の子を抱きしめていた。
覆いかぶさるように、その小さな体を抱きかかえる。
でも、男の子の体は反応しない。
引き寄せると、ただ私の腕の中に力なく沈んでいくだけだった。
――この子は……誰?
見覚えはない。
なのに、体中の細胞が叫んでいた。
この子は、私の最愛の人だと。
絶対に、誰にも渡してはならないと。
――最愛の人?……見たこともない顔なのに。
でも、間違いようのない確信があった。
私は覚悟を決め、男をにらみつけた。
小さな手は震えていたが、瞳は決して逸らさなかった。
――この人を守る。必ず……絶対に。
そう、これはビン子の記憶──
今から十数年前、彼女が“権蔵”と出会った、はじまりの物語である。
* * *
大木の枝葉が、森の中にまだらな光の模様を描いていた。
陽の光は清らかな筋となり、静かな地面を照らす。
その光のなか、多くの鳥たちが讃美歌を奏でていた。
それは、まるで聖なる神の誕生を祝うかのような、美しい風景だった。
その神聖な光の中心に、ふたりの幼子が寄り添うように座っていた。
年の頃は、どちらも四、五歳。
女の子と男の子。
ともに目を閉じ、まるで深い眠りに落ちているようだった。
「……見つけた……」
そんなふたりの前に、ひとりの男がゆっくりと現れた。
頭に頭巾をかぶり、少しだけ若い頃の──権蔵。
「やっと、見つけた……やっと……」
言葉が震える。
そして、堰を切ったように涙が頬を伝った。
長い年月、心の奥に抱え続けてきた“想い”が、あふれ出すように。
「こんなところにおったのか……」
宝物に触れるように、震える手を伸ばす。
だが、少女はその手を拒絶するように、男の子を抱きしめたまま、権蔵を鋭くにらみつけた。
その目は、まるで怨敵でも見るかのように怒りに満ちた瞳だった。
* * *
このふたりと出会う前、森の中に“道具屋”などは存在しなかった。
ただの丸太小屋。
古びたログハウスに、権蔵はひとりで住んでいた。
少し前のことだ。
第七駐屯地で奴隷職人として働いていた権蔵は、騎士・一之祐から突然「休息奴隷」の命を受けた。
本来、休息奴隷とは、奴隷自身が願い出る制度。
だが今回は、所有者である神民・金蔵家の“強い請願”によって決定されたものだった。
戦場ではまだ、権蔵の作る道具が必要とされていた。
にもかかわらず、なぜ金蔵はあっさりと彼を手放したのか──。
権蔵自身、答えは持たなかった。
けれど、心のどこかで“心当たり”があった。
――あの二人が……何かしたのじゃろ……。
その二人が誰なのか、権蔵は誰にも語らなかった。
今に至るまで、口を閉ざしたまま。
こうして休息奴隷となり、融合国内へ戻った権蔵は、森の奥に一人で暮らし始めた。
小屋を建て、静かに時を過ごす日々。
だが、一滴の血で開血解放を実現する──その非凡ともいえる権蔵の道具の噂は、内地にも届いていた。
凄腕の職人として名を馳せていた彼を、自らの工房に迎え入れようと、多くの職人たちが小屋を訪れるのは当然だった。
しかし権蔵は、その都度、無言の圧とともに来訪者を追い返した。
どれほど好条件の誘いであっても、首を縦に振ることはない。
それでもなお、彼の道具を欲する者たちは、せめて一点物の制作をと頼み込む。
だが返ってくるのは、「忙しい」の一言だけ。
「金ならいくらでも出そう!」
「ワシは忙しいんじゃ!」
「何がだよ! お前、毎日森の中を歩いてるだけだろうが!」
「やかましぃ! とっとと帰れ! 二度と来るな!」
依頼者は次第に諦め、権蔵の小屋からは足が遠のいていった。
そんな頃。
第二の門の騎士に任じられたクロトが、権蔵を訪ねてきた。
「権蔵さん。ぜひ、融合加工院に来てくれないか」
その言葉に、権蔵は目を見開いた。
奴隷である自分に、融合加工院への招待――。
そんな話を受けた者など、きっと彼が最初で最後だろう。
心は大きく揺れた。
行きたい。あそこは、融合加工を志す者なら誰もが夢見る場所。
手が届くなら、行ってみたい。……だが――
権蔵は、ゆっくりと首を振った。
「クロト様……ありがたいお話ですじゃ。けれど、ワシは……ここで待たねばならんのですじゃ……」
「何を?」
クロトが不思議そうに問い返す。
「……ワシの子らを、ですじゃ」




