いってきま~す(3)
話は、道具屋の前に戻る。
クロトの名前を聞いたタカトは、いまだ興奮冷めやらぬ様子だった。
「しかもクロト様って、あの『テン5』の生みの親だろ⁉」
そう、融合加工職人としてのクロトは、タカトにとってまさに憧れの存在だった。
ただの尊敬ではない。いつか追いつき、追い越すべき“目標”でもある。
そのタカトの熱意に、権蔵は目を細め、うなずいた。
「そうじゃな」
テン5――それは「第二・五世代」の略称。
魔物の感覚器を人間の肉体に融合させた“第三世代”の安全性に疑問を抱いたクロトが、新たな技術として独自に開発した技術路線である。
現在、主力とされているのは第五世代の〈黒の魔装騎兵〉である。
これは、魔物の器官を直接肉体に埋め込み、開血解放によって肉体変化を引き起こすという、高性能な融合技術だ。
一方、テン5は、初期の第一世代・第二世代の技術を基盤とし、融合加工された外部装甲を身に着けるだけの、簡易な仕様となっている。
その外見や運用形式から、〈白の魔装騎兵〉と呼ばれることも多い。
性能だけを比べれば、第五世代には及ばない。
しかし、テン5にはテン5なりの明確な強みがあった。
外部パーツを交換することで、状況に応じた装備の切り替えや、技術革新によるバージョンアップが容易にできるのだ。
そして何よりも――テン5には、魔血切れによって引き起こされる〈人魔症〉のリスクが一切存在しない。
魔血が尽きたとしても、ただ単に開血解放した能力が発現しなくなるだけなのだ。
わかりやすく言えば……先ほどのタコ焼きプレートが、12個焼きの元の状態に戻るようなものだ。
……と、そんなクロトの話で盛り上がっていたところで、ふと現実に引き戻されるタカト。
「……っていうか、俺、コンテストに出られなのかよ……」
ようやく自分に参加資格がないことに気づいたようで、ガクッと肩を落とした。
「しかし、マジかよ……じいちゃんって、クロト様と知り合いだったとはな……」
「まぁのぅ。大昔、道具コンテストに出場しておってな。しのぎを削るうちに、自然と仲良くなったのじゃ。クロト様からは、いろいろと教えてもろうたわい」
「いいなぁ……じいちゃんだけ、ずるいなぁ……」
「もう、大昔のことじゃて」
って……クロト様って18歳ぐらいだったはずだよね?
「大昔」っていつのことだよ? まさか、赤ちゃんのクロト様から何か教わったっていうのか?
いや、そうではない。クロトは騎士であり、不老不死の存在だ。
時が経って権蔵が年老いても、クロトはあの姿のまま、永遠に十八歳なのだ。
タカトは、うらやましそうに頭の後ろで手を組んだ。
「俺も、いつか必ず道具コンテストで優勝して、融合加工院に行くんだ!」
「融合加工院に行ってどうするんじゃ?」
「そしたらさぁ、爺ちゃんの知らない技術も学べるだろ! そうすれば、この道具屋にも、お客、わんさか来るじゃん!」
タカトはうらやましそうに頭の後ろで手を組んだ。
「俺も、いつか必ず道具コンテストで優勝して、融合加工院に行くんだ!」
「融合加工院に行って、どうするつもりじゃ?」
「そしたらさ、じいちゃんの知らない技術もいっぱい学べるだろ? そうすれば、この道具屋にもお客がわんさか来るじゃん!」
その言葉を聞いた権蔵は、思わず目頭を熱くした。
「お前……そこまで考えておったとはのぅ……」
胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。
――アホじゃアホじゃと思っていたのに、いつの間にか立派な男になりおって……。
今ほど、この道具屋を続けていてよかったと思ったことはなかった。
――こんな立派な後継者に恵まれて、ワシは本当に幸せ者じゃ……。
権蔵はあふれそうになる涙を隠すように、そっと目頭を指で押さえた。
タカトは笑いながら、なおも続けた。
「お客さんがわんさか来るってことは、綺麗なお姉ちゃんたちも来るってことだろ? そしたら、そのお姉ちゃんに超有名道具屋が作るダイエット薬ってことで、『妖精の蜜』で作った薬なんぞを飲ませたら、これで簡単ハーレムのできあがりや!」
妖精の蜜――それは、妖精たちが集めた生気を濃縮した神秘の液体。
人間が口にすれば、たちまち発情し、強力な惚れ薬と化す。
それをダイエット薬として女性に飲ませようなどとは……どこのエロ漫、おっと、ムフフな本やねん!
発想が下衆すぎる!
「これこそ俺の求めるオール フォー ワン! 真のアフォや! エヘヘヘ」
妄想に浸るタカトの顔はにやけ切っており、口元からはボトボトとよだれが垂れていた。
…………
……
そんなタカトを、権蔵は無言でじーっと見つめていた。
その目は、あたたかさを完全に失い、砂漠のようにカラッカラだ。
……先ほどまでこみ上げていた感動の涙は、いったいどこへ消えたのか。
気づけば、権蔵の頬は一滴の水分すら残っていない干からびた荒野となっていた。
「立派な後継者が育った」と胸を熱くしたあの瞬間が……
まさか「エロエロ大王、爆誕!」の前フリだったとは!
怒る気力すら湧かない。
むしろ、怒るという感情がいまこの世界から消滅した気さえする。
――これはもう、そういう生き物だったんじゃな……
権蔵はそっと目を閉じた。
すべてを受け入れた聖者のような顔で、静かにこうつぶやいた。
「ワシの人生……一瞬、ええ話になりかけたのに……全部ムダじゃったのう……」
だが、こんなやり取りは日常茶飯事。
我関せずのビン子は慣れた手つきで、眼色改変コンタクトを両目に装着する。
するとどうだろう、金色だった瞳が、たちまち落ち着いた黒色へと変わったではないか。
それを確認した権蔵が、釘を刺すように言った。
「ビン子。くれぐれも、それを外すんじゃないぞ。神だとバレれば、神の恩恵を求めて人々が押し寄せてくるからな」
ビン子が神であることは、間違いなかった。
だが、彼女はタカトと共に権蔵の家に現れる以前の記憶をほとんど失っていた。
自分の本当の名前も、どのような神の恩恵を持っているのかさえも思い出せずにいる。
もし彼女が神であることが世間に知れ渡れば、恩恵を求めて人々が殺到するだろう。
だが、ビン子には何も与えるものがない。
人々は落胆し、次第に罵倒が飛び交い、やがてそれは暴力へと変わっていくかもしれない。
そして、恐ろしいのはその先――。
心をすり減らし、傷つき、絶望の果てに生気を枯らしきった神は、最後に「荒神爆発」を起こしてしまうのだ。
それは周囲すべてを巻き込む、神の最期の拒絶。
そのときビン子は、この世界から消えてしまうことになる――何も与えられぬままに。
「大丈夫だよ、じいちゃん! だって、こいつの場合、貧乏神だからさ!」
コイツは、これがそんな次元の話じゃないと分からないのだろうか?
ビン子を見ながらケラケラと笑うタカト。
その姿に、ビン子の頬がぷくっとふくれた。
「いてっ!」
次の瞬間、ビン子がタカトの頬をむんずと引っ張る。
だが、タカトもすぐに反撃。
ビン子の手を振り払うと、いきなりアッカンベー!
「ふんっ」
ビン子はぷいっと顔をそらす。
タカトも負けじと、同じくぷいっ。
そんな二人は、並んだまま、そっぽを向き合っていた。
だだ、二人には分かっていた。
言葉にしなくとも、互いの気持ちは確かに伝わっていた。
タカトは、記憶を失ったビン子に、過去の痛みを思い出させたくなかった。
だからこそ、いつものようにふざけて、笑わせようとした。
何気ない一言やしぐさに、その優しさを隠して――。
ビン子も、そんなタカトの気づかいに気づいていた。
何も言わずに受け止める。それが今の自分にできる、唯一の応えだった。
そして、二人はそれぞれの想いを胸に抱いたまま、静かに前を向いた。
「そろそろ出発せんか。こんなことしとったら、日が暮れてまうぞ!」
あきれたような権蔵の声に、タカトは馬の手綱を引いて緩めた。
すると、老馬とは思えぬ力強い踏み込みで、荷車がゆっくりと動き出す。
その横を、権蔵がぴたりと歩調を合わせながら並んで歩きはじめた。
「最近はエウア教っちゅう異端宗教が、ノラ神狩りをしとるって噂じゃ。……ビン子、くれぐれも気ぃつけるんじゃぞ」
そう言って、権蔵はタカトとビン子を見送りながら、歩き続ける。
この国、融合国では、「融合の神スザク」を最上位の存在として信仰している。
他の神々も、あくまでスザクのもとにあるものとして認められてきた。
だが、エウア教はそれを真っ向から否定する。
彼らが唯一絶対の存在として崇めるのは、「エウア」という名の女神ただ一柱。
当然、スザクの教義に反するその思想は、融合国にとってはまさに国を乱す異端。
エウア教の信徒たちは、国賊として排除の対象とされてきた。
とはいえ、守備兵たちがいくら摘発に奔走しても、教団の全容はいまだつかめていない。
地下に潜ったその影は、今も各地に不気味に広がっていた……
あぜ道に揺られながら、荷馬車はゆっくり、そして少しずつ遠ざかっていく。
それを見送っていた権蔵が、大声で叫んだ。
「それとな、分かっておると思うが――決して門外には出るんじゃないぞ!」
「分かってるって〜!」
タカトは振り返りもせず、片手を後ろにひらひらと振って応える。
――本当に分かっとるんか、あのアホは。
そう思いつつも、権蔵は小さく息をついた。
――まぁ、ビン子がついておる。あの子なら、いざとなれば止めてくれるじゃろ。
去っていく荷馬車の後ろ姿を、権蔵は心配そうに、けれどもどこか信じるような目で見送り続けていた。




