黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(14)
人魔から飛び散る魔血を避けるように、守備兵たちが次々と後ろに飛び退いた。
「おっと、危ない危ない!」
それを見ていた赤の魔装騎兵が怒声を上げる。
「このたわけどもが! お前たち守備兵は『人魔抑制剤』を打っているのであろうが!」
……人魔抑制剤。
それは医療の国が製造・管理している、魔の生気による感染――“人魔症”を予防する薬である。
投与しておけば、魔血を浴びても一定の確率で発症を防ぐことができる。
だが、その製法は国家機密とされ、他国は〈医療の国〉から高値で輸入するほか術がない。
当然ながら、投与されるのは限られた者――神民、兵役従事者のみだった。
守備兵の一人がおずおずと口を開いた。
「し、しかし……それを打っているからといって、完全に防げるわけでは――」
「言い訳をするな!」
赤の魔装騎兵は一切の容赦なく、男の胸倉をつかみ上げた。
「ヒィッ! で、ではけが人は……けが人はどういたしましょうか!?」
怯えながら守備兵が問いかける。
赤の魔装騎兵は鼻で笑うと、つかんでいた兵を突き飛ばす。
「ふん! けが人はすべて収容所へ送れ。返り血を浴びた者も、全員だ。まとめて人魔収容所へぶちこめ!」
人魔症の感染判定は、数秒で済む簡易検査によって明確に分かるはず。
ならば、血を浴びていたとしても、陰性であれば収容所送りにする理由はない。
「じ、人魔検査は……なさらないのですか?」
問いかけた兵に、赤の魔装騎兵は冷然と右手を振った。
「必要ない! 返り血を浴びていた者は、全員隔離せよ。例外は認めん!」
その剣幕に、守備兵たちは膝をつき、声を揃える。
「御意!」
それほどまでに、赤の魔装騎兵の身分は高かった。
そう、この女こそ、一般国民ながら人魔収容所を直接統括する人魔管理局の局長、ソフィアである。
ソフィア?
……あれ? 最初の方で名前だけ出てきたような気が……しませんか?
街にはさらに騒がしさが増していた。
人魔収容所から駆けつけてきた兵士たちが加わったのだ。
さすがはソフィア直属の部隊。訓練されたその動きは無駄がない。
道に転がる人魔の死体を、いくつもの荷馬車に次々と放り込んでいく。
一方、別の兵士たちは、あらかじめ用意されていた檻へと、返り血を浴びた住人たちを容赦なく引きずっていった。
「私は人魔じゃない! まだ人間よ! お願い、検査して!」
「だまれ! ソフィア様の命令だ!」
街のあちこちから、悲鳴と怒声がこだまする。
「やめて! 陰性だったら、何も問題ないはずでしょ!?」
「うるさい! ソフィア様の命令だ!」
訴える声は無視され、泣き叫ぶ者も容赦なく詰め込まれていく。
ほどなくして、何台も並べられた檻は、どれも満員電車のようにすし詰め状態となっていた。
身動きひとつ取れないまま、捕らえられた住人たちは、やがて黙りこくっていく。
静寂と嗚咽だけが、重くその場に残った。
まったく返り血を浴びていないはずのピンクのオッサンも、いつの間にか檻の中に押し込められていた。
おそらく、その傷だらけの顔を見て、魔物に襲われたのだと勘違いされたのだろう。
だが、その傷は魔物ではなく、セレスティーノにやられたものである。
――とはいえ、それを教えてやろうという者は、誰一人いなかった。
なぜなら、その檻の前では、セレスティーノが鋭い眼光で睨みを利かせていたからだ。
もし「違いますよ」とでもチクろうものなら、今度は自分が嫌がらせを受ける羽目になる。
なら……まあ、ピンクのオッサン一人くらい消えても、どうということはない。
「コラ! ここから出さんかい! ワレェ!」
怒号とともに、ピンクのオッサンが掴んだ檻の鉄格子が、ギギ……と音を立てて歪み始めた。
その異常な力に驚いた守備兵が、あわてて槍を突きつける。
「コラ! ケダモノ! 大人しくしろ!」
だが――次の瞬間、ピンクのオッサンは突きつけられた槍の刃先にかじりついた。
ガジガジガジッ!
まるで煎餅を噛むような音が響き、鋼の刃がボロボロと欠けていく。
オイオイ……コイツの歯ってどないなっとんねん!
守備兵は戦慄した。
――やっぱり、こいつ……本当は魔物なんじゃないか?
慌てて何度も、何度も、何度も何度も、その目の色を確かめた。
――黒い……。
間違いなく黒い。
――人間、だよな……?




