黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(6)
――その時だった。
鶏蜘蛛の背後から、一人の男が軽やかに姿を現した。
学生服のような黒い制服に、肩まで流れるウェーブがかった金髪。
だが男は、魔物の背後を取るでもなく、わざわざ大きく回り込んで鶏蜘蛛の正面――いや、正確には、その向こうにいた野次馬の女たちの前にすっと立ちはだかった。
そう、自分がもっとも映える角度を計算し尽くした“斜め45度”のポジションで。
「イケメンアイドル! セレスティーノですッ☆」
キメ顔と共にポーズを決めたその瞬間――
「きゃああああぁぁぁぁ♥」
「セレスティーノさまぁぁぁ♥♥」
黄色い悲鳴が爆発した。団扇が打ち振られ、花びらのように飛び交うハートマーク。
女たちの熱狂ぶりに、鶏蜘蛛すら一瞬ひるみかねない勢いである。
この18歳ほどの美少年、背筋はバレエダンサーのごとく真っすぐで、細身ながら均整の取れたスタイル。
実は彼こそが、第八の騎士の門を守護する、若きエリート騎士・セレスティーノなのであった。
セレスティーノは、月光すら嫉妬しそうなキラキラオーラをまといながら、優雅に前髪をかき上げた。動きにムダがない。まるで演出家でもいたかのような完璧さだ。
そのまま背後の女性たちに流し目を送り、低く甘い声で問いかける。
「レディのみなさま……お怪我は、ございませんか?」
──しかし、返ってきたのは返事ではなく、完全に理性を失った歓声だった。
「きゃぁぁぁぁぁっ♥」
「セレスティーノさまぁぁ♥」
目がハート。顔はうっとり。言語機能、たぶん休暇中。
彼の丁寧な気遣いは、音速を超える速さでスルーされた。
もう……誰も聞いちゃいねぇ。
女たちの歓声は、セレスティーノにとって朝の鳥のさえずりみたいなもの。
つまり、“あるのが当然”という前提だ。
彼はそれを当然のように受け流すと、もう次の行動に移っていた。
そう、女たちの顔と体の品定めである。
(あの子は……胸がちと足りんな。あっちは腰のくびれが合格。ふむふむ……)
顔は王子、思考はスケベ。
彼の脳内では、もはや「どれをどう料理するか」という実務的検討会議が開かれていた。
(この子は30点。うーん、あれは……43点。……お?)
そのとき、セレスティーノの目が一点で止まる。
美女たちの中に、明らかに“異物”が混入していた。
ピンクのフリフリドレスに白い羽のようなレース。
色合いはラブリー、肌ざわりもスベスベしていそうだが、どこかで見たことがある。
そう、鶏蜘蛛だ。あの、こう……羽毛感のつよいアレ。
(……まぁ、安物の化繊だな。こんな宿場町じゃ、ドレスもアウトレットよ)
と、余裕のある笑みを浮かべつつも、彼の視線はその“中身”へと移る。
肩──がっしり。
体格──でかい。
筋肉──完全にプロ仕様。
(……なるほど。格闘系女子か? いや、農村の投石チャンピオンとかか?)
しかしセレスティーノ、まだ諦めていない。
彼にとって重要なのは顔と脚。つまり、“商品価値”の核心はそこだ。
そして、問題の“絶対領域”へと視線が向かう。
ミニスカートとオーバーニーソックスの隙間から覗く太もも──
……毛深い。
(……んぁ?)
さすがに一瞬フリーズしつつも、目を上げる。
赤いリボンが結ばれた金髪のウィッグ。
その下に現れたのは──
割れたアゴ。
無精ひげ。
ゴリッゴリのオッサンの顔面。
「オッサンじゃねぇかッ!!!」
セレスティーノは即座に顔をそむけ、強引に視線を鶏蜘蛛に向けた。
今、確かに自分の顔がひきつったのが分かった。
そして同時に、「この顔を女たちに見られるわけにはいかない」という危機感が脳内アラートを鳴らす。
完璧な外見とキザな振る舞いで保っている“セレスティーノ様”ブランド。
それが、たった一人のオッサンによって崩れるわけにはいかない。
(冷静に。俺は常に、完璧で、優雅で──)
だが心臓はバクバクと高鳴っていた。
呼吸が速くなるのを、彼自身もはっきり感じている。
(……まさか……これが……恋……?)
「そんなわけあるかい!!!」
心の中でツッコミが炸裂する。
まるで誰かに見られているような──いや、何か“視線”を感じる。
セレスティーノは恐るおそる、そっと視線を戻した。
そこには、まだいた。
あのピンクのオッサンが。
しかも今度は、まるで何かを悟ったような、達観したような、慈愛すら感じる笑みを浮かべ──
こっちを見ている。ような。気がする。
(やめろ……こっちを見るな……!)
(笑うな……その顔で微笑むなァ!!)
セレスティーノの背筋に、なにか冷たいものがスーッと流れた。
美形の仮面の下で、ガタガタと崩れていく何かがある。
彼はそっと、女たちの方へと笑顔を向けなおした──引きつったまま。
「セレスティーノさまぁ〜♥」
野次馬の女たちは、両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、目をキラキラ輝かせていた。
完全に乙女モード全開。
「ゼレスディーノさまぁ〜♥」
──そしてその隣で、
ピンクのオッサンも同じように両手をぎゅっと胸の前で握りしめ、目をギラッギラさせていた。
輝きの質が違う。
これはもう、“欲望”だ。
セレスティーノは、心の中でぎゅっと拳を握りしめた。
その拳は小刻みに震えている。
(ゼレスディーノさまじゃねぇよ、オッサン!)
怒鳴りたかった。本気で叫びたかった。
だが、彼はこらえた。こらえる男だった。なぜなら──
この界隈では、イケメンアイドル(自称)として知られているのだから!
(暴力はいけない……暴力はダメだ……)
(たとえ相手が見た目ピンクで中身ゴリラなオッサンであっても!)
怒りが声になりかけた瞬間、セレスティーノはぐっと奥歯を噛みしめた。
まるで自分を戒めるように、強く、固く、静かに。
(落ち着け……俺はジェントルマンだ……拳じゃなく、スマイルで戦うんだ……)
──だがその笑顔は、明らかに引きつっていた。
セレスティーノは、大きく深呼吸した。
鼻から吸って、口からゆっくりと吐く。まるでヨガの呼吸法。
それから、ひとつコクリと頷いた。
(よし、気を取り直そう。冷静に、理性的に、紳士的に──)
そう、セレスティーノはとっても頭脳明晰(自称)なのである。
今こそ、その類まれなる観察眼を発揮する時!
(……さっきの子は30点、あっちは43点。で、こっちは──人外ッ! 論外ッ! 問題外ッ!!)
思い出されたピンクのオッサンに脳が震えたが、なんとかスルー。
すると──いた。ひとり、群れから明らかに浮いた存在が。
(おぉぉ……これは……80点! なかなかの上玉!)
その女性は、他の女たちのようにセレスティーノにうっとりすることもなく、
むしろこちらを完全にスルーしている。
(……ほほぅ? 無関心プレイ、いいねぇ……!)
しかも──胸元の服がビリッと破れていて、
彼女は焦った様子で布を引っぱり、必死に隠そうとしていた。
(その姿……その仕草……いやそのシチュエーション……)
実にエロいッ!! 実にいいッ!!!
セレスティーノの脳内に、スポットライトが灯る。
彼の妄想劇場が、静かに、だが確実に幕を開ける──。
(しかもだ! 俺に興味を示さない……その“ツン”が……いいッ!)
(こういう女こそ! じっくり時間をかけて俺色に染めるのだ……!)
(あぁ……あぁぁ……! Sの心に、火がともるぅぅぅ!!)
(よしッ、+10点で90点ッ!!!)
セレスティーノの目がギラリと光った。
いや、正確には下心がギラギラしていた。
そう、この“90点の女”こそ──
ついさっきまでベッツたちと一緒に、化け物に追いかけ回されていた、あの半魔女である。
どうやらベッツと別れたあと、彼女もなんとか無事に街まで逃げのびてきたらしい。
よかった。うん、よかったよかった。
……って、ベッツは!?
そう、読者のみなさん。お気づきだろうか。
ここまで来て、肝心のベッツの所在が一切不明である。
主人公みたいな顔して登場してたのに、今は完全に行方不明である。
この物語、大丈夫か?
「――ちゃんとそこにいるよね、ベイビー……!」
どこからかBGMが流れてきそうなキザな口調で、
セレスティーノは視線だけをすっと動かし、先ほどの“上玉”を再び確認しようとした。
もちろん、流し目だ。
真顔でやっているが、内心では完全にキメている。
(見てろよ……これが“魔性の流し目”ってやつだ……!)
だが──
その視線の先に、想定外の“何か”がいる予感がするのであった。
「きゃぁぁぁぁっぁあ♥」
歓声が上がる女たち──
その中になぜか当然のように混ざっている、ピンクのオッサン。
しかもノリノリで、隣の女性にぐいぐい話しかけはじめた。
「ねぇ、ねぇ、見だ⁉ いまの、いまの流し目ッ!」
「アレ、きっとワタジを見だのよ! ワタジをぉぉ♥」
うるさい。
全力でうるさい。
隣の女が「いや、あんたじゃないと思うけど……」という顔をしながら、一歩引いた。
しかしオッサンは気づかない。
ピンクのドレスをバサッと揺らして、全身で歓喜を表現していた。
――おめえじゃねぇよ! その隣だよ!!
心の中で全力のツッコミとともに、見えない拳を振り上げるセレスティーノ。
だが、今は人外オッサンに構っているヒマなどない!
そう、今夜は──
90点の上玉とランデブー! そしてドッキング!
脳内はすでに淫らなシナリオのリハーサル全開である。
セレスティーノの目元はゆるゆるに緩み、口元にはいやらしい笑みがにじんでいた。
(はぁぁぁぁ……やばい……あの裂けた胸元……たまらん……!)
(今日のアクロバティックハードプレー、“トリプル・ルッツルツル”が火を吹くぜ!)
――はっ! いかん! いかん!
思わず正気に戻ったセレスティーノ、自らの淫心をブン殴るように首を横に振る。
(ついつい……三回転しながら三箇所の毛を……)
って、その技名はやめろ!
何が「ルッツルツル」だ! 想像力の無駄遣い!
ちなみにトリプル・ルッツルツルとは、ベッドの上で回転しながら三か所の毛を……って、説明なんかせんでもええわい!
ようやく気を取り直したセレスティーノは、
鶏蜘蛛を鋭くにらみつけ、スッと右半身に構えを取る。
シュッと空気を裂く音とともに、剣が抜かれた。
右肘から伸びるその銀の刃は、まるで一本の槍のごとく――
一直線に、敵を射抜くような軌道で鶏蜘蛛を捉えていた。
その立ち姿は、まさに絵画。
美しさと殺気が同居する、完璧なフォルム。
……少なくとも、本人の頭の中では。
「この淫乱! いやイラン‼ デブッ! ――薄汚い魔物ふぜいが……我が愛しきランデブーを邪魔することは、許さんッ!」
ビシィッと決めゼリフを吐きながら、セレスティーノは刃先をぐっと鶏蜘蛛に突きつける。
……だが、
お前の方が、よっぽど薄汚い淫乱だよ! セレスティーノ!
欲望だだ漏れの顔で「ランデブー」って叫ぶな。
あと、「イラン」から「デブ」までのコンボにどんな意味があったのかは、たぶん本人にもわかっていない。
「きゃぁぁぁぁっぁあ♥」
都合のいい女だと勝手に分類されているとも知らず、女たちは今日も黄色い悲鳴をあげていた。
「ギャァァァァっぁあ♥」
そして──人外扱いされているとも知らないピンクのオッサンが、
なぜか同じテンションで、茶色い奇声を上げていた。
なぜ茶色か?
説明は不要だ。察してくれ。




