黒の魔装騎兵と赤の魔装騎兵(3)
よく見ると、少年の首がニワトリの首に置き換わったわけではなかった。
というのも、鶏の顔がクチバシを下に向けて目をパチパチさせている。つまり、首の位置が少年の首とは逆、空のほうに向かって伸びていたのだ。
どうやら、さっきまで頬を紅潮させていた少年の少年の頭という出っ張りに、鶏がガブリと全力で噛みついているようだった。
……ということは、さっきの「あっ!」は、この時の悲鳴www?
コケ!
緑の目のニワトリが、可愛らしく首をかしげた。
同時にくちばしに咥えられた少年の首も、もげた。
首を失った少年の体からは、心臓の鼓動にあわせてピュッピュッと大量の血が吹き出している。
まるで雨の様に降り注ぐ血が、半魔女の顔を瞬く間に赤く染めていった。
――何これ……?
すでに焦点の合っていない半魔女の目は小刻みに震える。
先ほどまで、自分を犯すことを楽しみにしていた少年の顔が、今や目の前でニワトリのくちばしで楽しそうに食べられているのだ。
――訳が分からない……
まぁ、訳が分からないのは半魔女に限った話ではなかった。
半魔女を押さえつけていた少年たちも、いきなり目の前に巨大なニワトリが現れたと思ったら、友人の首がなくなったのである。
この状況をすぐに理解しろと言う方が無理というもの。
だが、離れた岩の上に座るベッツはその一部始終を見ていた。
光がまだらに差し込む緑の屋根から、いきなり大きな影が降ってきたのだ。
その影が地に降りると同時に少年の頭に食らいついた。
いや、食いついた方が降りるよりも先だったかもしれない。
だが、全てを見ていたベッツもまた、理解ができなかった。
息が止まり、背中に冷たい汗が伝う。
――なんで中型の魔物がいるんだよ!
緑の目は魔物の証。
そう、このニワトリは融合国内では遭遇することが珍しい中型サイズの魔物だったのだ。
いや、本来なら都市近郊に現れるはずがない。人目を避けて棲むはずの種だ。
ベッツの耳に、チャックの金属音がやけに大きく響いていた。
カチャ……カチャ……カチャ……
いまや静寂な森の中に、食いちぎられた少年のチャックを動かす音だけが無機質に響いていた。
頭がなくなっても息子の頭を出してやろうと懸命にチャックを下ろそうとしているのだろうか。
いや、おそらく単に体が痙攣しているだけなんだろう。
緑の目をしたニワトリは、無表情に、ただ機械のように、くちばしの中で少年の頭をくるくると回していた。
回転されるとともに童貞を卒業する気で満々だった少年のそんなニヤニヤとした表情は崩れていく。
そしてついには、まるで女とのお楽しみをなし得なかった無念さをにじませるかのような表情へと変わり、ゴクリと喉の奥へと飲み込まれていった。
バイバイ! チェリーボーイ! 君を忘れない!
半魔女の目の前で、ニワトリの曲がりくねった喉をチェリーの塊がとおって行く。
そしてり胸元を膨らませるとピタリと止まった。
これから胃の中でささやかな喜びとともにすりつぶされることだろう。
――ということは次は自分の番?
あまりに理不尽な恐怖に半魔女の凍りついた喉が悲鳴を上げる。
とっさに残った男の体を突き飛ばし、よろめきながらも無我夢中で逃げ出した。
「逃げろ!」
ベッツの怒声が飛ぶと同時に、少年少女たちは蜘蛛の子を散らすように森の奥へ駆け出した。
食後のげっぷを吐いたニワトリは、逃げる背中を目がけて口を大きく開き、何かを吐きつけた。
その瞬間、ベッツは隣を走っていた少女の腕をつかみ、咄嗟に前へと突き出した。
「えっ……?」
少女の戸惑いの声が消えるより早く、粘着質の液体が背中にべたりと張りついた。
次の瞬間、じゅうっ、と煙が立ち上る。服が瞬く間に溶け、下から生肌があらわになる。
「ぎゃあああああっ!」
激痛に耐えかねたような悲鳴が森中に響き渡った。
「助けて……ベッツ! お願いっ……!」
泥にまみれた手を伸ばし、少女は必死に地を這った。
血まみれの腕がかすかに揺れ、かつての仲間を求めて空を切る。
けれど、その先に彼の姿は――もう、なかった。
ベッツは、少女の悲鳴に一度も振り返ることなく、土煙を巻き上げて逃げていた。
その背には、迷いもためらいも、罪の影さえ一片もなかった。
代わりに、少女の目前に立っていたのは、一人の老婆。
黒いローブをまとい、ぴたりと動かず、影のようにそこにいた。
――え……誰……?
涙に滲んだ視界の向こう、その老婆の姿に少女は見覚えがあった。
脳裏に、じっとりとした記憶が這い上がってくる。
――まさか……あのときの……?
死にかけた少女を見下ろすように、老婆はゆっくりと顔を近づけてきた。
金色の双眸が、薄暗い森の中でぞっとするほど妖しく光を放っている。
その表情は……笑っていた。
だが、かつてのしわに埋もれた憎たらしい顔つきとはどこか違う。
肌はほんの少しだけ若返り、あの世のものとは思えぬ艶を帯びていた。
「ずいぶんと、世話になったね……」
その声には、湿った恨みと嗤いが入り混じっていた。
「だからさ――お前たちへの“お礼”を、小門の向こうから、わざわざ持ってきてやったんだよ」
老婆はにやりと口の端をつり上げた。
「ありがたく、受け取りな……最後の贈り物をさwww」




