17話 戦闘パート(1/3)
背後を夜空に抱かれた国際会議場ビル。その眩しい玄関から出てきた若い女性。俺はゆっくりと近づく。相手がこちらを認識したことを確認してから片手をあげた。
「実はさっきの取材の関係でちょっと話があるんだ」
夜、一人だけの若い女性に声をかける二十歳半ば(に見える)の男。実に胡散臭い光景だ。黒髪の美人女子大生は一瞬警戒の表情を浮かべたが、すぐに表情を和らげてくれた。
「先ほどルルーシアさんから報酬を受け取りました。約束よりも増額されていたのですが、黒崎さんが?」
「君の貢献についてはルルーシア氏に伝えたけど、報酬の査定には関わっていないよ。彼女は今回の調査にとても満足してくれたから、その為だろう」
丁寧に言葉を選ぶ。彼女の知識や説明能力に大いに助けられたのは正真正銘の本当のこと。むしろその能力が過分すぎてこんなことになっている。
「それは良かったです。けれど、それならどうして?」
「実はルルーシア氏が君と直接話したいと言い出してね。急なことで悪いんだが今から時間が取れないだろうか」
「そうなんですか? でも、報酬の授受の際にそんなメッセージはなかったですけど」
「困ったことに、彼女は思いついたら止まらないんだ。ほら、君も俺の前に予告なしに現れただろ。今回は立場逆転というわけだ」
巻き込まれた被害者同士だとアピールする。ちなみに完全無欠の事実である。TRPGにつきもののトラブルメーカーがRM自身だ。ルル本人に自覚がないのが罪深い。
「もちろんルルーシア氏に確かめてもらっても構わないよ」
実際には望ましくはない。ルルは予定通りの答えを返すだろうが、やり取りが敵側にこれから起こる予想外の情報になる。情報封鎖はこの任務の重要なポイント。だが、今俺がやっていることは『説得』というよりも『言いくるめ』だ。大事なのは、相手が強制されていると思われないこと。相手の選択を奪うとか、恩を着せるなんてもってのほかだ。
この後のことを考えると、彼女にはなるべく自分の意志で俺について来てほしい。そうじゃないとただでさえ厳しい戦いがさらに難しくなる。高峰沙耶香は少しだけ考えた後、俺を見て頷いた。
「私もルルーシアさんとは直接話してみたいと思っていました。それで、どこに行けばいいんでしょうか」
「『ファーイーストパレス』というホテルだ。俺が案内する」
「わかりました。お願いしますね」
ちなみにファーイーストパレスは秘密基地近くの高級ホテルだ。背中合わせだが、入り口は別々の道路に面している。最初の交渉は予定よりもスムーズにいった。やはりルルの意識の研究とやらに興味があるのだろう。
傍から見たらナンパ成功に見えるだろうか。だが、それがいいとは限らない。敵を欺くにはまず味方からというが、欺かれた人間がその後も味方であり続ける保証はない。これから彼女は想像もできない非日常に触れる。その時の彼女の行動と決断は本人と俺の生存率を大きく左右する。
動物園通りに入った。昼間より減っているとはいえまだ人通りは多い。上空には時折警察のドローンが周回している。異常があれば上空から映像記録と通報が通る。夜だろうと公共の場で犯罪はまずおこらない。ただ極稀にそのドローンが“誘拐犯”の目になることもある。それがいまだ。
「そういえば、黒崎さんはルルーシアさんとは親しいんですよね」
「……どうしてそう思った?」
引きつりそうな顔で無理やり笑顔を作った。縁起でもない。
「だって、最初にお会いした時ルルって呼んでいましたから」
「あ、ああ。実は“趣味”の友人でね。ルルというのはそこでの彼女のニックネームなんだ」
「そうなんですね。その趣味っていうのは?」
「それに関してはルルーシア氏から直接聞いてほしい。俺があんまりネタ晴らしすると彼女は機嫌を損ねる可能性がある」
まさに今、君はその趣味《TRPG》に参加させられているなんて言えない。それよりも、そろそろきな臭くなってきたな。
周囲を確認する。
右手に鶴の池、左手に花園稲荷社、周囲には“まだ”人はいる。ただし、さっきから少しづつその密度が減り始めている。右手を歩いていたカップル、女の方が足を止め瞬きでテックグラスを確認する。男に何か言うと手を引いて上野駅の方に引っ張っていった。レストランのカップル限定クーポンでもゲットしたってところだろう。
ちなみに俺のテックグラスは現在不調で、ひっきりなしに入ってくる勧誘は文字化けしている。
ほぼ同時に、道の向こうから自動販売機の無人補充車がゆっくりとこちらに来る。その後ろには動物園のマークが入ったゴツイ車が並行して走っている。あの中にある檻はどんな動物の為か?
右手に弁天堂に向かう門が見えた。
「こっちからの方が近いね」
俺は池の中に続く橋を指さした。
なぜか急停止した二台の車をしり目に、俺は細い道に向かった。高峰沙耶香は素直について来てくれる。そして、俺達は小さな島に到着した。
不忍池弁天島。江戸時代に天海僧正が不忍池を琵琶湖に見立て、竹生島として造成した人工島だ。島内には弁天堂と大黒天堂をはじめ、いくつかの歴史的建造物がある有名スポットだ。
めがねの碑を越え、洗心台の前に来た。目の前に弁天堂の特徴的な塔が見える。右手には大黒天堂だ。ところがライトアップされた歴史的空間には一人の姿も見えない。
ニューロトリオン・ソナーをパッシブモードでオンにする。せっかくの歴史的建造物も、隣の美人も灰色になった。同時に、周囲に虹色に変化する小さなリングが舞っているのが視認される。
まるで空間イルミネーションだ。だが、雰囲気を盛り上げる演出に隣の灰色の美人は何の反応もない。この高コストの演出が見えるのは、俺ともう一人だけ。
弁天堂の近くの木に二つの赤い光点が見える。よく見ると若い男が樹木に背中を預けているのだ。金色のピアスを付けた男の周りに七色のリングが集まっている。
「誰もいないなんて、どうしたんでしょう?」
高峰沙耶香が不安げに左右を見た。
「そうだね。早く抜けてしまおう。ほら、向こうのボート乗り場にはたくさん人がいる」
俺は護衛対象の前に立ち、男に気が付いていないように進む。木に寄り掛かった男がさりげなく懐に手を入れるのが見えた。
不可視の光が生じた。まっすぐ伸びるレーザーが俺の眉間に向かってくる。
2022年2月14日:
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