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16話 レベルアップ(後半)

「高峰沙耶香は今国際会議場ビルの中にいる。発表を終えた彼女が玄関から出たところが起点だ」


 ホテル天井に浮かぶ地図。上野公園の中の一つの建物に印が付いた。学会会場である国際会議場ビルは動物園と不忍池に挟まれた立地だ。


「ゴールは高峰沙耶香を連れてこの部屋にたどり着くこと。それもモデルに追跡されない形でだ」


 上野公園から道路一つ跨いだ北西にあるホテルグランドガーデンにもう一つのマークがつく。ちなみに印をつけているのは金髪に狐面をかぶったルルだ。


「次はこの二点間の経路の設定だったね」

「まずは高峰沙耶香の本来の経路を想定する。ビルを出た彼女はどこに向かうか。どうせ彼女の住所は分ってるんだよな」


 敵の誘拐ハントを防ぐための大事な作戦だというのに、傍から聞いていたらストーカー計画だと思いながら聞く。


「彼女の現住所は江東区にあるマンションの503号室。彼女のここ半年の行動痕跡から想定されるのは、98パーセントの確率で自室か近くの大学院大学の研究室だ。国際会議場ビルからの最適路はどちらにしても鉄道だ。ちなみに今日彼女のこの後の約束はない」

「……つまり上野駅だな」


 期待以上の情報がするっと出てきた。東京湾のタワーを眺める日本最高のSEAMキャンパス。その近くのマンションなんて家賃いくらだ? そもそも十八歳の女子大生が自室と大学の往復だけって?


 どっちも今の状況で気にする事じゃない。彼女のスリーサイズ並みに意味がない。なぜなら、俺の相手モデルに対して今の情報は優位にはならないからだ。


「国際会議場ビルから上野駅までなら『五條天神』から『小松宮像』を経て『さくら通り』に出る経路。そしてこれに関してはモデルも同じように想定しているはずだ」

「そうだね。モデルもインヴィジブル・アイズを元に動く」

「OK。じゃあ次はモデルの行動だ」


 俺は地図の中に自分を浮かべて想像を広げる。自分がモデルになったつもりでロールプレイを考える。


 依頼主シンジケート高峰ターゲットの才能に目を付けている。殺害じゃなくて拉致が第一選択だ。モデルは国際会議場ビルの近くの木々の中で、ビルの玄関を監視している。彼女が公園を出るまでの経路をさっきのように想定、襲撃場所の想定をする。


 …………小松宮像よりも少し前、グラント将軍記念植樹碑の近くの木立が狙い目だ。


 高峰が通り過ぎるタイミングで周囲の人間を払う。情報統制下でDPFを展開して絶対優位な状況。若い女一人木立に引き込むなんて簡単だ。後はそうだな……公園の運営用の無人車両に積み込めば終わり。


 俺が“何もしなければ”どうなるかの状況、モデルにとって理想的展開はこんなことろか。つぎは、これに対してぶつけるこちら側にとっての望ましい展開プランだ。


「ホテルは不忍池の北西方向。五條天神から動物園通りに入ってもらって、そこから不忍池をぐるりと回って湯島口から出るのが自然だろうな」

「高峰沙耶香が選ぶ進路とはほぼ反対になるよ」

「だからスタート時点で干渉する必要がある。ビルの前で彼女を待ち構えてそっちに誘導する」

「理由は?」

「今日の取材についてわからないことが出たとか……。いや、それだと弱いな。そうだ、彼女はルルの意識に関する研究に強い関心を持っていた。ルルが会いたいと言っているという名目がいい」

「つまり、ボクがもう一度彼女にコンタクトを取る?」

「いや、俺が直接伝えた方がいい。彼女に想定外アポイントメントが生じる気配は直前までない方がいい」

「突然の誘いとなると警戒されないかな」

「されるだろうな。そこは『説得』だ。ただし、成功率を上げるために必要な下準備はしてもらう。彼女がルルに高く評価されているという感触を与える。つまり、今回の報酬にボーナスの上乗せだ」

「なるほど、最初から支払われる予定である報酬の増額なら目立たないか。その程度なら問題ない。じゃあ、君の『言いくるめ』が上手くいったとしよう」


 本来の進路と、俺の干渉の結果の進路が表示される。誘拐の計画を立てているんじゃないんだけどな。


「次はこの新しい経路の中で、モデルにとって最適の襲撃ポイントはどこかだ」


 予定外の高峰沙耶香の方向転換。モデルは慌てて新しい襲撃場所を探すことになる。さっき言ったDPFや彼女を運び出すための車両の段取りを考えると余裕はないはずだ。俺は再び地図をじっと見る。


「敵にとって理想的なポイント。それも一意に定まるほどの場所となれば…………。ちょうどいいのがあるじゃないか」


 緑の巨大公園の中で、水色に塗られた三つの池の中央。小さな島を指さした。


「なるほど。周囲は池だからDPFの展開はこのポイントで確定する」


 ルルの言葉とともに、MAPに天気予報の気圧配置のような物が表示される。池とその周りはDeeplayerの死角になっているが、その島は通信が通じている。


「モデルを捲くことが不可能なら、一度襲撃させて撃退するしかない。だからこっちは予定戦場の戦闘計画を練る。向こうが俺達の存在を想定していない以上、これが一番有利な形だ」


 情報優位を最大限生かすのが密偵の戦い方の基本だ。


「これなら……脱出経路を再設定する。今のDeeplayerの範囲図を考えると、いっそのこと”ここ”を突っ切れればどうだ。敵の視界から一瞬だけ消えるんじゃないのか?」


 俺はマップ上に新しい経路を指で描いた。そこには道はない。あるのは水面だけだ。


「いいだろう。乗り物はボクが調達する。なるほど考える限り最適だね。ところで一つ質問いいかい?」

「ああ」

「なんで君の経歴に犯罪のそれがないんだ?」

「おかしなゲームに巻き込まれるまで、ずっと真っ当に生きてきたんだよ」


 TRPGの中では密偵らしく非合法な仕事ばっかりだったけどな。


「さて、今の計画はモデルがいない場合だよ。モデルに視認されている状態ならDeeplayerを振り切っても関係ない」

「わかってる。結局のところ一度は戦わないといけないんだ」


 どれだけうまい経路を考えてもモデルの襲撃を撃退しなければ監視を切れない。場所の知れた隠れ家(セーフハウス)なんてものには何の意味もない。


「最初に言ったように基本的に身体および感覚の強化、つまり俺自身の強化を主体にしたい」


 スタンドから見た限り敵のスレーブコアは胸の内ポケットにあった。おそらく銃タイプだ。つまり敵は遠距離攻撃をしてくる。対抗上、遠距離攻撃タイプのスキルが欲しくなる。だが、それでは有利を取れない。こちらには敵のような『装備』がない。


 銃というものは遠くの相手に正確に狙いを定め、安定した弾道を与える仕組みを備えている。例えば引き金一つとっても、指の動きや反動によって狙いがブレないようなメカニズムだ。これは敵のスキル、ディープアルゴリズムだったか、の発動体としても有効に機能するだろう。しかもサイバー兵士のように脳と連動したBMIブレイン・マシン・インターフェイス付き。


 影走りする路上武士と銃撃戦なんて最初から負け確定だ。


 装備だけじゃない。スキルリストには知識系がないのと同じで格闘や射撃といったインスタントなスキルもないのだ。現実、圧倒的な現実にぶつかるのは探索パートだろうと戦闘パートだろうと同じ。ならば使い慣れた自分の体と感覚の延長線上で戦う。比較的狭い戦場も有利に働くだろう。


 最初に考えるべきは守りだ。これに関してはルールブックには基本ともいえるスキルがある。レベル1なのでキャラメイクの時も取ろうか迷ったが、戦闘専用スキルだから取らなかった。


【ニューロトリオン・バリア】


 ニューロトリオンでDP効果を打ち消すフィールドを展開する。脳が生み出すニューロトリオンはDPよりもエネルギーが高い。重い金属の球がプラスティックの球とぶつかるようなもので、DPを一方的に散乱させることでアルゴリズムを崩壊させる。


「これなんだけど、ソナーと同じでアクティブとパッシブがあるよな」

「パッシブは自動的に体表全体に展開され続ける。アクティブは君の視線と動作で瞬間的に狭い範囲で展開される」

「パッシブがえらく便利なんだが……。なるほど、攻撃を受けるたびに減っていくのか」


 パッシブが鎧でアクティブが盾、いや攻撃を受けるたびに削れるからパッシブは『HP』と考えた方がいいな。MPとHPのリソース管理、戦闘システムっぽくなってきた。


 どちらにしても必須だ。これがあるだけで遠隔攻撃一発で終わりにならない。


感覚強化センスチューニングに加えて、強化感覚についていけるだけの運動能力を準備する。この運動神経周波数向上モーター・クロックアップだ。これで【バリア】の使い勝手を上げて敵の攻撃を捌く感じで行く」

「確かにそうだけど、そうするととれるスキルはあと一つか二つだけど」

「ああ、後はこのスキルを取る。【ニューロトリオン・ブースト】だ。残りの容量を使って最大値まで」


 俺の指がリストの一つを指す。


「これ単独では攻撃用じゃないけど。身体強化や感覚強化系に使うと体が持たないよ」

「わかってる。これは手持ちのスキルと組み合わせる。こういう運用を考えているけど……」


 俺は敵の最も繊細な部品を狙う作戦を説明した。


「意図は分かった。なんというか徹底して地味だね」

「不満なら戦士系か魔法使い系をスカウトしてくれ。それかボタン一つで敵を倒すデバイスをくれるかだ」

「キャラクターシートにスキルの導入をする」


 ルルは俺に答えずにレベルアップの手続きを開始した。ルールブックからいくつもの曼荼羅のような模様が浮き上がる。それがキャラクターシート、脳のホムンクルスに吸い込まれると、スキルを現すアイコンが視界に浮かび上がった。


 不可視のルールブックを閉じると学会参加証を手に取る。時刻は19時40分。寄り道を考えても何とか間に合うな。


「ここを出るとボクとの通信は制限される。何かやっておくことは?」

「戦場につく前に敵の素性をなるべく詳しく調べてくれ」

「了解」


 その言葉と共に、金色の少女の姿は消えた。


 俺はドアを開ける。閉まろうとするドアを手で止める。さっきまでいた安全地帯を見る。再びここに二人、いや三人で戻ってくることが出来る可能性はどれくらいだ……。


 首を振って手を離す。ダイスを投げた以上、出目に全力で向き合うだけだ。ロールプレイしだいで失敗も成功になる、それがTRPGの醍醐味だからな。

2022年2月12日:

次の投稿は月曜日です。

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