0話 可視光外の戦い
2022年1月21日:
新作『深層世界のルールブック』始まります。よろしくお願いします。
本日投稿の(1/4)です。
不可視の赤い光点が迫る。追ってくる照準を視界の端に捉えながら走る。横に飛ぶ。黒い弾丸がコーヒーカップ一つ分の距離を通過。巻き上げた木の葉が炭化、鼻にオゾンの匂いが届く。
地面を転がり拡大する常温のプラズマから逃れる。今のはギリギリだった。視覚認識のタイムラグを短縮してなければ直撃しただろう。
樹木の陰に身を隠し敵の位置を覗う。夜の弁天堂を背景に大小二つの赤い光が見える。頭部の高さに大きいのが一つ、胸の高さに小さいのが一つ。二つのDPCが細いラインでつながっている。
壁越しに新たなる射撃準備を視認。地面を蹴り二つ先の樹木に背を預けた。さっきまで背を預けてた木が衝撃で揺れる。弾丸の効果を電撃から運動エネルギーに変えてきた。
敵の武器システムは異常なテクノロジーだ。頭部のマスターコアから武器のスレーブコアに、プログラミングされた効果を送り、弾丸に注入して発射。弾丸を媒体に空間の物理法則を操作する。誘拐用の非殺傷効果のようだが、俺に対しては出力は加減されない。
リアルタイムで更新される状況分析が脳内を走る。舞台は東京のど真ん中。広大な緑地の中の池に囲まれた小島。周囲は敵勢力の制情報圏。敵はその範囲で使える超優秀な飛び道具装備。一方、俺には武器はおろか戦闘用のスキルすらない。優位といえば視覚認識の強化で相対的にコンマ秒の未来を認識できるだけ。
敵の力は想定を超えている。撤退を選ぶべき局面だ。それは十分に可能なはずだ。
あいつの狙いは俺の背後で震えている天才だ。俺が逃げ出せば本来のターゲットを優先するだろう。RMの用意した彼女が本来の役割を超えたため起こった事態に”僕”に責任はない。
って、何を考えている。それは俺じゃない。一般人を盾に敗走とか、平凡な大学生そのものだ。今の俺は黒崎亨。情報を組み合わせ勝利可能な未来を創造する。そう、いつもゲームでやってたようにやるんだ。
最後の切り札を切って状況を動かす。現状、強化された視覚認識だけで辛うじてとはいえ対応できている。ならばこれに体の動きを合わせれば、短期間でも敵の予測を外せる道理だ。
視覚野に直接認識された模様を視認する。鼻孔に漂っていた焦げ臭さが消える。カップの中のコーヒーのように脳に波紋が広がる感覚。感覚野の神経が無理やり再配分される悲鳴だ。
【運動周波数上昇】
音を立てて足が地面を蹴った。待ち構えていた相手が引き金を引くが、俺はやつの予想よりも先の地面を蹴っている。弾丸が後方ではじけ、地面に半球状の電流がむなしく広がる。前方の木に飛び込む。レーザーサイトが左右に振れる。光が右に向かった瞬間、左に向けて足に力を籠めた。
視界が斜めに開けた瞬間、俺の目が捉えたのは敵の銃口が俺の進行方向にピタリと向かう像だった。湾曲したレーザーが樹木の反対から俺を捕え、銃口はまっすぐこちらを向いている。つまり俺の未来に照準がある。
ゴーグルの下で敵の口元が僅かに吊り上がるのを見た。敵の脳を異能バッテリーと侮った俺の完全なミスだ。向こうは向こうでしっかりカードを伏せていた。
警戒が頭蓋骨を乱反射する。だが、脳は既に足に指令を発送済み。秒速120メートルで疾駆する信号が足の筋肉を死地へと押し出した瞬間、とっさに手を樹木に突き体を前に押す。
弾丸が襲来する。二の腕に焼けるような衝撃が走り、光弾がジャケットを削った。神経を逆流して脳に届く信号が熱さと解釈される。辛うじて直撃を避けた。威力優先で範囲を絞った弾丸が掠っただけ。黒崎亨にとっては想定以下のダメージだ。
だが、痛みに心臓がぎゅっと収縮、背筋が勝手に凍った。痛覚をトリガーに脳がモードを変える。キャラクターシートに覆われていた本来の僕が顔を出す。
白野康之。ろくに喧嘩すらしたことがない大学一年生は硬直する。口が悲鳴の形に歪み、銃口が眉間に向かうのがスローモーションの視界に認識される。
「この場面では逃げない。俺の“キャラ”はな!!」
感情を意識で上書きする。肉体にブレーキを掛けるアドレナリンをアクセルに踏みかえさせる、悲鳴を言葉に置き換えた。
『ルールブック』から作り出した自分になり切る。行動や技能、思考や感情も含めて。「ひどい欺瞞だ」つぶやきは僕と俺のどちらかなんて関係ない。
どちらも脳が作り出した“自分”であることは同じなんだから。