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出会い

聖女視点


「あっはっは、ほんとにいたよ!居やがった!」


ある晴れた秋の日の昼下がり。


塀に腰掛けてぼーっとしていた私は、鈴の音みたいな笑い声と一緒にその言葉を聞いた。



声の主は、同い年くらいの女の子だった。


彼女は胸元に宝石のあしらわれたすみれ色のワンピースを着て、手にはじゃらじゃらと音がするくらいたくさんの腕輪を嵌めていた。彼女の少し後ろには馬車が停まっていて、皺ひとつない制服と磨き抜かれた黒い革靴で身を固めた御者が、姿勢正しく御者台に座っていた。


ぱっと見て分かる通り、彼女はお嬢様だった。


だからこそ、


「いや、ほんとにいるもんだね。わざわざこーんなくそ田舎のぎりぎり廃村に来た意味があったよ。マジウケる。予想外に予想通りだけど、うわー、これメープルちゃんの人生ハードモードだぞ」


なんて独り言を言いながら、私の前であひゃひゃと笑う彼女の姿は異様で、今でも私の頭に焼き付いている。




「えっと……大丈夫ですか?」


目の前で発狂した人を無視できるほど、私の心は荒んでいない。この孤児院の今月の目標は、優しさの輪を作ろう、だ。


おそるおそる声をかけると、彼女はこちらに近づいてきた。


「ん、んん。ほんとにピンク髪じゃん。染めてる……のともちょっと違う。完っ全に地毛だ。感心感心」


私の目の前でぴたりと止まると、手を腰にあて顔をじっと近づけてくる。やばい。この子絶対頭おかしい。私は塀に腰掛けたまま、落ちそうになるくらい後ろに体を寄せ、本能的に逃げようとする。


スカートが擦れるのも構わず後ずさる私を見て、彼女は笑いながら続けた。


「逃げないでよ。私はあなたと友達になりにきたの。えっと……確かデフォ名は……ルリナちゃんだっけ?」

「え、はい。そうですけど」


どうして私の名前を知っているのだろう。頭の中にちらりと、引き取り手の文字が浮かんで、それを打ち消す。


こんなお金持ちが私を引き取るなんて、あり得ない。勝手に思い込んで手放しに喜ぶほど私は馬鹿じゃない。


何よりこの子と一緒に暮らしたくない。


「私の名前が分かる?」

「い、いえ。分かりません……けど」

「『セイントラブスクール』。このゲームに聞き覚えは?」


ゲーム?


「ありません」


彼女は、ぱん!と手を叩いて姿勢を起こし、鼻と鼻のぎりぎりまで近づいていた顔を元の位置に戻した。甘い香水の香りが辺りに漂った。


「おーるおっけ!私とあなたはお友達。私はメープル。泣く子からも搾り取るマンモン家の次女、メープル・マンモン伯爵令嬢よ。仲良くしましょ。」


伯爵令嬢という単語以外、私の耳には入らなかった。私は構えかけた右手をそっと下ろす。危うく貴族サマをぶっ叩く所だった。


メープルはにっこりと笑い、ちらっと御者の方を見た。御者は、今ここで発生している珍事に私は関係していないぞ、とでも言いたげに、綺麗に実った小麦畑を眺めているように見えた。


メープルは忌々しげに御者を睨みつけると、時間が無い、と呟いて、そっと私の耳に口を寄せてささやいた。


「予言を三つ。一つ目。あなたは男爵家に引き取られる。二つ目。あなたは王立ワシテ学園に入学する。三つ目。あなたはこの国の第一王子と結婚して王妃になる。じゃ、また3年後。ワシテ学園で」


メープルは最後に、ばぁい、と言うと、手を小さく振ってまた馬車に乗り込んだ。


馬車はすぐに動き出し、私の目の前を走り抜けていった。



ゲーム。メープルは確かにゲームと言った。12年経っても未だ馴染みの薄いこの世界の言葉の中で、その単語だけはまるっきり日本語の発音だった。


「ゲーム……セイントラブスクール」


懐かしい響き。聞いたことがあるような、無いような。前世ではしない方だったから。


私は思い出すのを諦め、塀から降りると、午後の礼拝をしに孤児院へ駆けて行った。




ともかく、これが私とメープルの最初の出会いだ。


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