4話 ここから始めよう、アーク・コルニアスの物語を
まだプロローグ部分を読んでない人はぜひ、お読みください。
――冒険者ギルド。その名の通り、冒険者を支援する組合だ。
主な仕事は依頼の斡旋や情報の提供。
そのほかにもいろいろあるだろうが、俺は冒険者ギルドとは折り合いが悪いため、それ以外のサポートを受けたことが無い。
どうして、俺と冒険者ギルドの間に軋轢が生じているのかという話だが、それは単純な話で――俺が役に立たない雑魚だからだ。
そのほかに理由があるとするならば、俺は冒険者に疎まれているからだろう。
変に庇ってしまって、その冒険者との間に溝ができてしまうのは避けたいのだ。
後、普通にストレス発散。日々の業務で溜まったストレスを、俺にぶつけたいのもあるかもしれない。
だけれど、別にそれでいいと思っている。
特別、俺が不利益を被ることはないし。
だが、冒険者は話が違う。あいつら、容赦なく暴力を振ってきやがる。
俺が反撃できないことをいいことに……!
ほんと、やることが汚い。
勿論、すべての冒険者がそうではない。
冒険者ギルドの中では見て見ぬ振りだが、外では気さくに話してくれる人も大勢いる。
しかし、俺に暴力を振ってくる――いわゆる、荒くれ者たちのせいで、俺は冒険者に嫌悪感を抱くまでになった。
そして、今日もまた、そいつらは飽きずに俺をサンドバッグ代わりにする。
「――おいおい、どうしたッッッ! まだ一発しか入れてねぇぞ? たった一発で終わると思うなよ――ッッッッッ!」
そう言って、壁に激突したまま動けない俺の頭を蹴りつけてくる。
何度も、何度も何度も何度も――ッッッッッ!
ただただ痛いってものじゃない。俺が気を失わないように、そのギリギリのラインを責めてきやがる。
しかし、今はまだマシな方だ。
口内が切れて血の味がしても、鼻血で顔を汚そうとも、まだ……マシだった。
地獄はここからなのだ。ここからはただ耐えることしかできない。
一切、無駄なことを考える隙さえ与えられない、集団リンチがここから始まる……。
そう――俺は思っていた。
「もう――、やめて――ッッッッッ! これ以上、傷つけないで……ッッッ!」
その声は、非常に凛としていて――明らかな怒気がこれでもかと孕まれていた。
今まで聞いたことがない声だった。いつも穏やかだった彼女が、こうも怒るとは……。
どうやら、連れてくるのは間違いだったようだ。
「な、なんだぁ――ッ! 剣が、浮いてる――ッッッ?」
「ち、違う……ッ! これは、この剣は――、アークがいつも持っていた聖剣――」
と、荒くれ者が何かを言う前に、彼女――アイリスは留めを差してしまったらしい。
しかし、これでアイリスの怒りは収まらなかった。
「や、やめ――、俺はまだ何も――ッッッ!」
「わ、悪かった。これからはしないから――」
「た、助けてくれ――ッッッ! こ、殺され――」
「――絶対に許さないからッッッ! アークを傷つけるなら――」
「……もう、やめてくれ――アイリス……。それ以上、母さんの聖剣を穢すな……」
「で、でも――、アークが……ッ!」
「いいんだ。もう、慣れてる……、それに…………とっくに心折られてるだろ……」
俺は目を開けることなく、そう言った。
しかし、それはどうやら的を射ていたらしい。
俺を集団リンチしようとしていた荒くれ者たちは何かを喚きながら、走り去っていった。
「ほんとに、よかったの……?」
「あ、ああ……、これでいい」
「わかった……」
そして、俺たちの間に静寂が訪れる。
お互いに話しづらい状況ということだろう。
現に、俺は何をどう話せばいいかわからない。
だが、このまま流れに身を委ねてしまっては、話すタイミングを失ってしまう。
だから、何か、話せ……。
何でもいいから、話を続けろ、俺……!
「……あー、なんだ。別に怒ってるわけじゃない。俺も、その聖剣で、魔物を斬ってきたわけだし……。――悪かったな、お前の手も汚させてしまった」
「違う――ッッッ! 違う違う違う――ッッッッッ! そうじゃない! なんで、アークが謝るの? 全部、私のせいなのに……!」
「何が違う……。お前は何も、悪くない。お前はただ、巻き込まれただけ、だ」
「ううん、違う! 私が幽霊だからいけないの! 幽霊だったから、アークを守れなかった……! 近くにいた、近くにいたんだよ、私は……ッッッ」
「アイリス……」
どうしてお前はそう、自分を責める。
お前に何か、落ち度があったか?
何が、お前をそう攻め立てている?
一体、どうしてお前は俺のために泣いてくれる?
俺には、お前の気持ちが、心が――、全く理解できない。
ただ、それでも……、言えることがあるとするならば、
「――ありがとう。アイリスのお陰で、集団暴行に遭わなくて済んだ。だから、そう自分を――」
――責めるな、と続ける前に、アイリスに遮られる。
そして、実に自分が愚かであるかを思い知った。
「――ねぇ、アーク……。どうして、私は幽霊なの……? どうして、アークに触れられないの? 今だって、アークを看病してあげたいのに……、体、すり抜けちゃう……。私、嫌だよ。こんなの、嫌……。一緒にいるのに、一緒にいない……。もう、耐えられない……! 安易な気持ちで、恋愛したいとか思うんじゃなかった。私――、胸が痛くて、苦しいよぉ……」
……すすり泣く音が聞こえた。
嗚咽交じりで、自分の存在を恨んでいる。
アイリスは何も悪いことをしていない。
それでも、たくさん傷ついている。
シオンだって、そうだった。
自分は何もしていない。それなのに、たくさん傷つけられてきた。
この世界は、何も悪いことをしていない人にも、苦しみを与えるというのか……。
たくさん傷ついた。たくさん、傷ついてきた。
もう、報われるべきじゃないのか。
でも、それでも、そう望んだとしても、俺は弱い……! 何も、助けてあげられない。
母さんを亡くしたときだって、俺は逃げた。怖くなって、逃げた。
何も変わっちゃいなかった。今も昔も、逃げているだけだった。
これでは、助けてくれた母さんが浮かばれない。
「……強く、なりてぇな…………」
誰にも馬鹿にされないような強さが――、目の前で泣いている人の手を握ってあげられる強さが――俺は、ほしい。
「なあ、アイリス……、お前も、そうだろ……?」
俺はアイリスがいるであろう方向に手を伸ばす。が、やはり空を切ってしまう。
それでも、アイリスはそこにいるのだ。そうであることに違いはない。
「……俺はもう、誰かが傷つく姿は見たくない。お前が幽霊だったとしても、俺はそう、思うよ……。アイリスも、俺と同じように被害者だったんだ。でも、俺だけが被害者面をして、お前のすべてを拒絶していた。お前は俺の――いとこだってのにな……」
「アーク……? 何を……」
「正直、怖いよ。アイリスの味方になるなら、最悪、国と対立することになる。でもさ、決めちまったんだよ」
「だから、何を…………」
「俺はお前を人間に戻す。誰も傷つけない――、最高の英雄に俺はなってみせる……!」
そのための努力をこれからしよう。もう、逃げない。
――ここから始めよう。アーク・コルニアスの物語を――。
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*打ち切りました