3話 情弱クソ冒険者の一撃は普通に痛い
あれから一夜明けて今は昼下がり、俺は出かける準備をしていた。
まあ、持っていくのはポーションがいくつか入っているレッグホルスターと何も入っていないバックパック。そして、聖剣代わりの鉄剣だけである。
いつもは聖剣を持っていくのだが、アイリスに預けることにしたのだ。
鞘なしの聖剣を持っていくのはなんか物騒で危ないし。
「……よし、こんなもんかな」
一応、忘れ物がないことを確認してから、自分の部屋から出る。
そして、そのまま玄関から外に出ようとしたのだが、
「アーク、どこに行くの? 私もついてっていい?」
と、いつの間にか背後に浮いていたアイリスが声をかけてきた。
――怖っ! 本物のホラーじゃねぇか! 心臓バックバクで変な冷や汗かいてきた……。
ったく、やめろよな。ホラー耐性ゼロなんだから……ッ!
もしこれが夜中で、背後に立っているのが前髪で顔が隠れた女だったら失神確定だな。
ワンチャン、漏らしてるかもしれない。ほんと、足音が聞こえないのはタチが悪い。
「ねぇ、聞いてる……?」
「聞いてる、聞いてる。ちょっと気持ちを落ち着かせてただけだ。それで、なに? ついてくるってか? 別に楽しいことないぞ?」
「ううん! いいの、ついてく。アークがいないと暇だし」
「今のところ、俺以外に見えてないからか……? それに、まあ……家の中を荒らされでもしたら面倒だし、勝手についてくれば? ただし、邪魔だけはするなよ」
そう言って、俺は先に屋敷を出た。
アイリスの準備が終わるまで待機しようかと思っていたが、その必要はないらしい。
それもそうか、幽霊が何を用意するというのか。
それにしても、アイリスは本当に不思議な存在だ。
本来、幽霊というのは太陽を嫌うというか、日中は姿を見せない。が、このようにアイリスには常識がまるで通用しない。
ほんと、幽霊らしくないよなぁ。
下半身は相変わらず煙のようなもやだけど。
……元の体に戻ることができたら、太ももを触らせてもらえるかな……。
素材は完璧なのだ。それはもう、その太ももは素晴らしいものであるはず……!
いや、すでに、アイリスは俺のもの……? あいつ、俺のことが好きみたいだし。
それなら、喜んで触らせてもらえるのではないか……!
ぐへ、ぐへっ、ぐへへっ……!
「気持ち悪いよ……」
「気持ち悪くて結構! 俺は俺に正直なだけだ!」
「……それで、今日はどこに行くの?」
冷ややかな視線を向けてくるアイリスに、俺は一つ咳払いしてから応える。
「孤児院だよ。週に一度、顔を出してるんだ。俺も聖職者の端くれだから、善行を積まないと、だからな」
「へぇ〜、いろいろやってるんだね。偉いね」
「褒めても何も出ないぞ」
そんなこんなで、他愛のない話をしながら、俺たちは孤児院に向かうのだった。
――数十分歩いて、俺たちは孤児院に到着した。
「ついたぞ。ここが孤児院だ」
「孤児院? これが……?」
アイリスは疑問を口にした。が、正直、それが正しい反応だと思っている。
なにせ、孤児院は人が住んでも大丈夫なのかと心配になるぐらいボロボロだったから。
その上、立地の条件は最悪だ。
街の中心から数キロメートル離れた貧民街の、そのまた奥に孤児院はあって、治安がよろしくない。
俺としてはもう少し安全な場所かつ、綺麗な建物で暮らしてほしいと思っているのだが、金銭的に難しい。
そのため、仕方なくといった感じで、このオンボロの古い教会に住んでいるというわけだ。
「アイリスは知らないだろうけど、この国の貧困問題は異常だ。養うことができなくなった子どもは捨てられ、この孤児院で暮らすことを余儀なくされている。誰も好きで、ここに住んでいる奴なんて――」
「――いるよ。少なくとも、ここに」
俺の言葉を遮って、口を挟んできたのは右目に眼帯をつけた少女だった。
「ああ、そうだな。お前は例外だったな――シオン」
「うん。あたしはここが好き。アークにも出会えたから……」
「まあ、そうだな。ここでシオンと出会わなかったら、きっと俺は……」
――お前を殺していた。とは、流石に言えなかった。
本人を前にして、という理由ではない。
シオンはただ普通に生きていただけで、殺されなければならない理由がどこにもない。
彼女はいい子に育った。両親に捨てられようと、討伐隊が組まれようと、復讐を考えるようなことはしない――優しい少女に育ってくれたのだ。
そんな女の子に、こうして慕ってもらえているのに、流石に言うことができなかった。
「――アークは優しいね。でも、もし、そのときがきたら――アークが私を終わらせて……?」
「……それは、シオンの頼みでも聞けないし、そうならないようにする。それに……」
シオンは至高の太ももをその身に宿している……!
まだ体が発達していないから、まだ俺の好みには届いていないが、いずれそうなってくれると俺は信じている。
俺はそれを決して、手放したくはない。
「またアークが気持ち悪い顔してる……。後、私もいるから、二人だけの世界を作らない……!」
と、今まで黙っていたアイリスが声を張り上げた。
「アークは私と結婚するの……! シオンだか何だか知らないけど、邪魔はさせないよ!」
いや、うるさい。誰もお前とは結婚しないっての。
それに、前にも言ったが、お前は幽霊だ。俺の恋愛対象からは外れている。
というか、アイリスの声はシオンには届いていないはずだ。
「この人、誰? 見るからに幽霊だけど……、もう、克服したの?」
「え……聞こえてる? シオンには見えているのか? こいつが……」
「視えてるよ、私の能力、忘れたの……?」
「いや、覚えてる。シオンの能力は『看破の魔眼』だろ……? アイリスの存在を見抜いたってことか?」
「そう……、それで、その人は? アイリスって名前らしいけど……」
「ん、ああ……、こいつは…………」
「――私はアイリス! アークのいとこにして、最強の勇者! そして、アークの妻になる女よ……!」
……は? 最強? アークの妻? アイリスが? ないない! 嘘を言うなよ!
そんな虚言は胸を張って言うことではないし、俺がアイリスの夫になる未来はいくら探しても見つからないはずだ。
それに、
「何を言ってるの? 最強なら死なないでしょ。それに、アークの嫁になるのは私。もう、将来を誓い合っている。今さら、幽霊のあなたに付け入る隙はないわ」
と、シオンが俺の言いたいことを言ってくれた。
のだが、また事実と異なることを言いやがった……。
「ふんっ! 何が将来よ! 私はアークと衝撃的な出会いをしたのよ?」
「それを言うなら、私も運命的な出会いをしたわ。それに、私の方がずっと長く一緒にいるのだから、アークもあなたより私の方がいいに決まっている」
「私よね? アーク!」
「ううん、私。そうだよね、アーク?」
……ど、どっちでもねぇ…………。
俺はお前らの太ももにしか興味はない!
それに、俺は母さん以上の女でないと、好きにはならない。
これは、あくまでも現時点ではあるが、この二人は母さんの足元にも及ばない。
俺にとって、母さんは理想の人だった。類まれに見る最高の太ももを持っていたのもあるが、何より『母さん』という存在が好きだったのだ。
ああ……、クソッッッ! 母さんと同じ年代に生まれていたら、俺は絶対に結婚していた。
それほどまでに、母さんが好きだ。愛してる……!
と、それよりも、
「――シオン。今日も森に入るんだが、多めに採ってきてほしいものとかあるか……?」
「逃げた……でも、いいわ。どうせ、あたしだもの。それで……、多めに採ってきてほしいものだっけ? シスターから何も聞かされてないから、その必要はないはずよ」
「わかった。それじゃあ、早速行ってくるよ。今日も夕方くらいに戻ってくるから」
「……気をつけてね」
そうして俺たちはシオンに送り出され、孤児院を後にした。
それからまたしばらく歩いて、俺たちは冒険者ギルドにやってきていた。
せっかく森に入るのだから、依頼を受けていた方が稼ぎになるし、効率がいい。
だが、俺は冒険者が大嫌いだ。
それは何故か。
人を見下すことでしか、自分の優位性を示せない頭の弱い奴しかいないからだ。
「……どうか今日はいませんように……!」
そう神に祈ってから、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
のだが――、
「――よぅ、待ってたぜぇ、神官のなり損ない。今日も俺たちのストレス発散、手伝ってくれるよなぁ――ッッッ!」
人をバカにする声が耳に届いた瞬間、俺は――数メートル後方の壁に激突していた。
う、ウゼェし、いてぇ……。
……いつか痛い目見せてやるから覚悟しとけよ、情弱クソ冒険者……!
俺は全身に痛みが走る中、そう思うのだった……!
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