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【一週間まとめ読み用-16】

僕:山風亘平 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っている

とき:僕の惚れてる女性

鳴子&遥&仁:開拓団の双子姉妹とその息子

オテロウ:『センター』から会社に来ている猫

珠々(すず)さん:オテロウに言われて僕の仕事を手伝ってくれる女性

「僕は……もしこのプロジェクトをうまくやり過ごせたら……。いまエウロパで技術者を募集しているらしい」


 怜は言った。


「ジーナはお日さまが大好きなのに……?」


 エウロパは木星の衛星で、いまは実験的なコロニーが作られていたが、居住する場所としてはかなり快適な方だった。ただ、地球や火星に比べれば日光がごくわずかしか届かなかった。

 ほんとうはどうするなんて、はっきりした考えはなかった。ただ、ジーナがうちに来てからずっと火星を離れることは考えていて、求人はずっと見ていたのだ。でもたぶん、それは夢物語に過ぎなかった。怜だってそう思ったはずだ。

 僕は、耳だけこちらをうかがっているジーナを見ながらこう言った。


「『センター』が何を考えているかわからない」


 怜は短くため息をついた。


「ジーナを『センター』にやるのは絶対に嫌なのね。けれど亘平が思うほど『センター』は甘くないわ。ジーナを隠し続けるのは至難の業」


「僕に何かあったら『開拓団』に……」


 そこで、僕は目を疑うような光景を目にした。ジーナの耳があり得ない方向に向いたので、僕は思わず腰を浮かせてテーブル越しにジーナをのぞき込んだ。そして気が付いたんだ。ジーナはいつの間にか怜の膝の上にいた!


「『開拓団に』……?」


 怜は何事もなかったかのようにジーナを撫でながら言った。


「ジーナ……え? ジーナ?」


 僕は何を言うつもりだったか完全に忘れてジーナと怜を交互に見た。


「自分から膝に来たわよ。猫がいちばん安心する存在って知ってる……?」


 怜はジーナの首をそっと探ると、指で翻訳機の留め金を外した。そして、翻訳機をテーブルの上に置いた。


「ジーナはこんなものなくったって、人間に気持ちを伝えることができるわ」


 そして僕を笑顔で見た。


「気持ちを伝えるのが下手なのは人間の方だと思わない?」


 深読みしてはいけない言葉だろうけど僕の心臓はズキっとした。怜は翻訳機を手に取ると、興味深そうに見ながらこう続けた。


「猫はね、自分に興味がない人間に安心するのよ。もっと言うなら、自分のことを無視してくれる人。敵ではないし、自分の甘えたいときだけ近づくことができる。意外とシャイなのよ、猫って……」


 だからジーナのすることをすべて無視していたのか! と僕はいまさら気が付いた。僕はあんぐりと口を開けて、どすんと自分の椅子に腰を下ろした。

 けれど急に怜の手品が疑わしくなって、何か仕掛けはないか怜を隅々まで観察した。僕があまりにしつこく疑いのまなざしを向けたので、怜は自分の手の内を白状した。


「……まあちょっとポケットにキャットニップボールは入ってるけど。遥さんって器用だね……翻訳機まで作れるなんて!」


 そういうと、お土産に持ってきたらしいキャットニップボールを後ろのポケットから取り出すとテーブルの上に転がした。キャットニップは『センター』から猫の配給がある家庭ぐらいしか購入することができない。いったい、どうやって手に入れたというのだろう……。 

 怜のやることなすことまるで手品だった。ジーナはゴロゴロ言いながら怜を見上げていた。この間まで怜が嫌いって言ってたじゃないか! でもその満足そうな顔に、僕は思わず気の抜けた笑いを浮かべてしまった。


 でも次の瞬間には、怜はきびしい顔をしていた。そしてジーナを優しくなでながらこう言った。


「ジーナの安全を考えるなら……。私たちのところへよこす手もあるわ……」


 僕はちょっと意味が分からず怜をしばらく見つめていた。


「『開拓団』ではなく、『はじめの人たち』に……?」


 僕がそういうと、ジーナがふっと目を開けて、僕の顔を見た。怜も僕を見つめていた。


「……僕は……」


「……ジーナの安全は約束する」


 僕はなんとなく、怜の考えていることが手に取るように分かった。


「もうジーナとも、怜とも会えないということだね」


 僕がそういうと、怜は僕の方を見ないで黙っていた。でもそれは、否定をしないという同意だった。怜の中に、あたりまえだけど僕ともう会わない選択肢があったことに僕は苦しくなった。

 だけどこれは、怜と僕だけの話ではなくて、ジーナのための重要な選択肢でもある。僕はつとめて冷静に考えようとした。


「ジーナがそれで幸せに暮らせるなら……。でも、ひとつだけ教えてほしい、怜。もし知っているならだけど、ジーナは『センター』の猫ではないよね。『はじめの人たち』がよく知っている猫なのかい……?」


 怜は僕の目をじっと見つめ、一回だけ瞬きをした。何も言葉は発しない。でも、それは知っているという意味だった。怜は言った。


「私はジーナがどうしてここにいるのかは知らない。でも、亘平、ジーナを『センター』にやってはダメ。『開拓団』にいてもいけない。だからよく考えて」


 その夜、僕はまったく眠れなかった。ジーナは翻訳機をはずしたまま、僕のお腹の上に寝ていた。


「ジーナ、いったいどう思う?」


 僕は開拓団のアパートの古い天井を見ながら言った。ジーナの扱い方ひとつ見ても、怜が猫を僕よりもよく知っているのは確かだった。

 ジーナのいなかったころ。怜と出会わなかったころ。

 僕はただ何も考えず、あの第五ポートのコンドミニアムで、たった独りで同じように天井を見上げていた。だけど、自分が独りだとも気が付かなかった。まるで卵の殻から出たことがない小鳥の雛のように。

 僕はジーナの背中を撫でた。


「僕は何があってもジーナを守るよ」


 ジーナは小さくゴロゴロ言いはじめて、その丸っこい前足でぎゅっと僕の服をつかんだ。そしてジーナは頭を動かして僕の手を探すと、手のひらに頭を突っ込んで寝てしまった。

 僕はなるべくその手を動かさないようにして、いつまでも天井を見上げていた。


 ***


「引っ越し先には慣れましたか?」


 珠々さんは僕に『開拓団』地域の労働者名簿を持ってきて言った。珠々さんはオテロウに言われて僕の仕事を手伝ってくれていたけれど、とても有能だった。

 こちらが欲しそうなデータはあらかじめ用意しているし、この件で余計な詮索を入れてくる人間も、うまく角が立たないようにあしらってくれていた。


「まあ……慣れましたよ」


 僕がそういうと、珠々さんは僕の顔をじっと見てこう言った。


「山風さん、眠れてます? さいきん顔色が悪いみたい。ネコカインの増量を頼んだら……」


「いや、大丈夫です。ここのところ、家でもデータをまとめていたので、たぶんそのせいだと」


 珠々さんはちょっと非難めいた、心配げなまなざしをこちらに向けた。けれど、それ以上は何も言わなかった。

 正直言うと、あの怜との会話から、僕はよく眠れていなかった。午後にはオテロウとの会議が入っていたけれど、実際の企画はほとんど進んでいなかった。

 フェライトコアの需要に関しては珠々さんがかなりの点で予測データを集めてくれていたけれど、では実際にどの種類のフェライトがどれだけ必要かはまだ分からなかった。

 それによって微量金属の必要量も違ってくるし、コストも違ってきた。だから、生産部門の現場の人間としっかり話し合わなくてはならなかった。


 『開拓団』の従業員名簿を検索すると、担当者の名前は池田いけだ一重かずしげと書かれていた。僕よりかなり年上で、おそらく現場の人間に信頼されている人物なのだろう、そこの部署は人員の変化が他の部署に比べればほとんどなかった。


 午後から僕はオテロウに会わなくてはならなかったけれど、しばらくその部署に入れてもらうよう頼んでみるつもりだった。だけどこれは仕事のためというより、オテロウとの会議をなるべく少なくするためだった。長く喋ればボロが出る。ジーナの安全のためにとにかくオテロウとの接点をできる限り少なくしたかったのだ。


  オテロウは僕の頼みを聞いて、意外にもかなり渋った。


「山風さん、微量金属の生産データも、それから配合データも資料室にきっちり保管されているはずです。居住地域も『開拓団』に移したはずだ。それ以上にコミュニケーションを彼らととる必要があるのですか?」


 オテロウの首もとには翡翠いろの翻訳機が光っていた。うちのジーナのおもちゃみたいな翻訳機とはえらい違いだ。(作ってくれた遥さんには悪いけれど)


「はい、僕が池田さんの部署に移ることは、この計画で重要な部分だと思っています。できたら早い方がいいと思いますが」


 オテロウは言った。


「では、池田さんにこちらの部署に移っていただくのはどうかな。この『センター』付きに」


 僕は思わず目を丸くして言った。


「オテロウさん、『開拓団』だって猫への忠誠心は間違いありません。けれどね、『火星世代』とうまくやっていくのはなかなか難しいと思います。お互いにまだまだ張り合ってばかりいる。……正直言うと、彼らの地域を『火星世代』と併合するのは大変な作業だと思っていますよ……」


 オテロウは下を向き、ため息をついた。灰色のなめらかな背中に肩甲骨が浮き上がった。


「『センター』はこの計画をとても重要視しています。報告が遅れるのはこの『グンシン』自体の評価になって帰ってきます。どうです……あなたの代わりに冠城さんを……」


 僕は首を振って強く言った。


「いや、僕に行かせてください。冠城さんは優秀な方ですが、僕はずっとこの『グンシン』で、火星の地質専門でやってきています。池田さんのような現場の技術者と、実際に現場で話してみないとフェライトの生産の実際はわかりません」


「では、一か月あげましょう。そのあいだに必要な情報を集めてください」


 オテロウはついに折れた。そして、僕は喜んだのもつかのま、恐れていた質問をぶつけられたのだった。


「そういえば山風さん、『開拓団』地域で変わったうわさを耳にしたことは……?」


「変わったうわさ……?」


「ええ、『ネコカイン』に関するうわさですよ」


 僕はしらばっくれるかどうするか考えて、綱引きをしてみようと判断した。首尾よくオテロウから情報を引き出せたら上出来だ。


「オテロウさんが仰るうわさかどうかは分かりませんが……、『開拓団』の人たちから、僕たち『火星世代』はうらやましい、『ネコカイン』がじゅうぶん手に入るから、と言われたことはあります」


 オテロウは無表情にうなずいた。そして続けた。


「では、『開拓団』の治安が悪化しているという話は……」


「治安は悪化しています。このあいだも駅の近くで銃撃戦があったばかりです。それでも、『犬』 を怖がって短時間で引き上げていきましたが」


 僕がそういうと、オテロウは目を細くして何かを考えているようだった。僕はカマをかけるために付け加えた。


「やはりイリジウムの増産は急がなくてはいけませんよね」


 しかしオテロウの反応は僕の予想と違っていた。


「イリジウムは増産体制の目星がついています。フェライトを優先しましょう。これは『センター』の最優先課題です」


 僕はあっけにとられた。フェライトがイリジウムの増産より大切だって……? 開拓団地域の併合がそれだけ重要なのか、それとも別の理由があるのか……。


 『犬』を増産するためのイリジウムと、開拓団併合のためのフェライト。そして不足するネコカイン。いったいオテロウは、そして『センター』は何を目的に動いているというのか……?


 会議が終わって、自分のデスクに戻ると、珠々さんがすぐに僕のところに来た。


「山風さん、異動を希望なさるって……」


「ええ、一か月だけ生産の現場に……」


 僕がそういうと、珠々さんは大きな目で僕を見つめた。沈黙があまりに長かったので、僕は困って、つい愛想笑いを浮かべた。すると珠々さんは怒ったように視線をそらして言った。


「オテロウから確認を言いつけられましたから、一か月、どこかで連絡を取らせていただきたいのですけれど」


「ええ、ビジネスリングにちゃんと入ってい……」


 珠々さんはほとんど僕の話を聞かずに言った。


「そうですね、山風さんのことは『かわます亭』でつかまえますわ。家もお近いようですし」


 僕はあわてて言った。


「いえ、珠々さん、いまあの地域は危険です。どうかいまは火星世代地域から離れないように……」


「危険でも仕事は仕事です。それに山風さんの相手の方も『かわます亭』にいらしてるでしょう? 私だけが危険ってことはありませんわ」


「いえ、あの人はこう……いや僕よりは強……」


「山風さん、わたくしにオテロウに言われた仕事をさせてください。これは重要なプロジェクトです。キャリアにかかわります」


 いつもになく強情な言い方をする珠々さんに僕は戸惑った。オテロウは珠々さんに何を指示したというのだろう……。


 そのとき、遥さんからビジネスリングに連絡が入った。壊したバイクのことで話したいことがあるという。いい中古車のベースが入ったらローンを減額できると言っていたから、そのことかもしれない。僕は珠々さんに言った。


「わかりました、それじゃあこうしましょう。『かわます亭』の人たちに珠々さんを紹介してよくよく頼んでおこうと思います。僕だってキャリアがある。珠々さんに何かあったら、僕はたぶん会社で(とくに上司と珠々さんにあこがれる若い男たちに)袋叩きにされますよ」


 珠々さんはそれを聞いて、なぜか頬を赤らめた。それで、その日の仕事上りは僕と珠々さんが『かわます亭』に行くことになったわけだ。


お読みいただき本当にありがとうございます!

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