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【一週間まとめ読み用-13】

僕:亘平こうへい火星の平凡なサラリーマン。 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っている。『はじめの人たち』であるときに惚れている。

怜:砂漠で出会った謎の美女。『はじめの人たち』

鳴子なるこさん:何かと頼れる開拓団の占い師。

はるかさん:鳴子さんの双子の姉。エンジニア。

じんさん:遥さんの息子。モグリの医者。

 僕はうなずいた。あと、ぼんやりともう一つの問題……イニシャル問題が頭をもたげた。怜は今日もあのアンティークのビジネスリングを手首に着けていた。それは銀色の織物とよく似あって、太陽の光の中で真鍮色ににぶく光っていた。

 こんな話をしたあとで、どう切り出していいか見当もつかなかったけれど、今を逃したらきっと僕はもう聞く勇気がなくなるかもしれない。

 あのイニシャルは誰だい? 怜はすてきだし、怜が好きだ。怜に恋人はいるのかい? 僕より素敵なやつかい? 

 ……あまりに単刀直入な言葉の断片が頭に浮かんでは消え、あまりに失礼な言葉ばかりで僕は口を閉じるしかなかった。

 沈黙が長く続いたので、怜は僕の方をちらっと見た。

 そして、何か言わなきゃと口を開いた僕から、ほとんどはみだして来るように流れ出たのはこの言葉だった。


「怜は強いなあ……。怜みたいな女性ひとに恋人っているの?」


 僕はそう言ってから、それがもしかしたらとんでもなく失礼に聞こえるかもしれないと気が付いたけど、もうあとの祭りだった。話の流れ的にも、タイミング的にも、雰囲気的にも、言葉の選び方的にも、すべてが不適切だった。


「いないで悪かったわね」


 と怜は僕のあさってな質問にあきれた声で返し、僕は人生でいちばん勇気を振りしぼった瞬間に、人生でいちばん冷たい視線を浴びた。



 ***



 それで……そうだよね。もうほとんど君も気付いていると思うけれど、僕がこうやっていまでも21世紀の君に手紙を書いているのは、僕がまわりの誰にも気持ちを言えないせいだ。なぜかって……?

 ジーナが消えてしまったからさ。いまの僕は……家族もいないし、『開拓団』にも、会社の人たちにも、怜にも誰にも自分の気持ちを言えない。

 ……なぜ怜にも言えないのか、って? 怜には愛する男がいるからさ。……その話はやめよう。また今の状況を説明するのにどうせ話さなくちゃいけない。

 あのときの怜の話がウソだったかって……? 一つもウソなんかじゃなかったよ。ただ、僕が考えるよりはるかに『はじめの人たち』の状況が複雑で、追い詰められてたってだけだ。

 それでも僕には、こうして誰とは知らない君に手紙を書き送るという、シンプルな救いがあるのさ。過去への手紙か……。しかも君に助けを求める手紙だったね。

 でも自分で何とかしようと思う。もしも君に面と向かって話していたら、恥ずかしくて二度と話せなかったろう。この時代に君がいないこと、最初からここまでずっとこの手紙を(きっと呆れながらも)読んでくれていること。ほんとうにありがとう。


 でもまあ、それからしばらく僕は幸せな気分だったよ。『はじめの人たち』が僕たちの敵じゃないと分かって、しかも怜には恋人がいないと分かってね(恋人はいないけど、愛する相手がいるかどうかっていうのは僕の単純なアタマにはなかったわけだ)。


「気持ち悪いニヤニヤ顔だねえ、いったい……。迷子になってちょっとは男らしくなったかと思ったのに。で、怜にはちゃんと言ったってことだね?」


 いつもの『かわます亭』で鳴子さんが僕にそう言ったとき、僕はいったい自分がどんな顔をしていたのか見当もつかなかったけれど、鳴子さんが気持ち悪いというぐらいだから、そうとうにやけていたのかもしれない。

 鳴子さんと僕はだけどその日、とても上機嫌で飲んでいた。鳴子さんはこのあいだ一緒にいた珠々さんのことも気になるようで、僕は彼女と資料室で出会ったことを話した。

 もっとも、怜が『はじめの人たち』だってことは絶対に知られちゃいけないから、『開拓団』が困っている電力について助けたいって話にしたけどね……。

 鳴子さんは僕と珠々さんが会社で誤解されていることについて


「お前はいいやつなんだが、ほんとに女性ってものをわかってないよ」


 としきりにぼやくので、僕が


「しょうがないよ、僕は母親がいなかったから女心が分からないんだ」


 というと、鳴子さんはそんなセリフは酒場で女を口説くときだけ使え、と怒るので、僕はますます何をいって良いのかわからなくなった。僕は自分が分が悪くなったので、応援を呼ぶつもりで周りを見まわして言った。


「今日は仁さんは……?」


 その言葉に、鳴子さんは急に真面目な顔になってこう言いかけた。


「……今日はこないよあの子は……」


 とその瞬間だった。


 何かが破裂するような音がして、酒棚の上からガラスが降った。僕は何が起きたかわからず、背伸びをして見回そうとすると、鳴子さんが僕を床へと引きずり倒した。そして僕がそこから見たのは、店の窓に開いた小さな穴と開拓団の人たちが口々に何かを叫び出す光景だった。


「やつら、ここでまでやりやがった!」


 一人の男がいまいましそうに言うのが聞こえた。そして、遠くからまた何回かがはじける音と叫び声が聞こえ、店にいた男たちは身を低くしながら、奥のテーブルを持って来い、と叫んだ。

 店にいた人間は男も女もなく、みんなで奥からテーブルをかかえて窓側にバリケードを築いた。


「はやくおさめないと『犬』がきやがるぞ!」


 誰かが舌打ちまじりにそういうと、店内に一気に緊張が走った。

「とりあえずマスター、明かりを消せ!」


 その掛け声でマスターより先に常連が動き、店の照明がすべて消えた。誰かがビジネスリングの小さな明かりをつけた。


「みんな、仕方がない。ここにあるだけネコカインを集めよう。きっと奴らも『犬』はごめんだろう。あるていど収穫があれば帰るはずだ」


 誰かがそういうと、若い男が持っていた透明な酒瓶をひっくり返して空にした。若い男は酒瓶を持って順番にまわってきて、それぞれネコカインのカプセルを瓶に落として行った。僕のところにまわってきたとき、僕は会社から支給されたばかりのネコカインを二つぶ瓶の中に落とした。


「やっぱり『火星世代』はいいブツもらってやがる……」


 若い男は(おそらく悪気なしに)そうつぶやいた。僕のカプセルは他の物より少し青かった。乾いた銃声がまた数発なり響き、誰かが早くしろと叫んだ。

 僕の隣の鳴子さんはどうしたことか、何も出そうとはしなかった。


「上物は可愛い甥っ子(仁さん)のために必要なんだよ」


 と鳴子さんは言い、みんなはそれで納得したようだった。

 男が集め終わったとき、酒瓶には三分の一ほどのネコカインが集まっていた。そこにマスターが店で一番の高級酒を(高級ということはネコカイン入りということだけどね)持ってきて若い男に手渡した。


 そこで急に大きなどよめきが起こった。外を大人数が走っていき、銃声が立て続けに何発もなり響いた。暗闇の中でまた酒瓶のいくつかが割れる音がした。こんどは積み上げられたバリケードにも当たった。

 通りでは、この騒ぎの犯人たちらしい一群が銃を手に店の前を過ぎようとしていた。そこへ来て、とどめに街にはサイレンが鳴り響き始めた。


「ほんとに『犬』がくるぜ!」


 それを聞いて、一人の小柄な男が暗闇の中に立ち上がり、薄青く光る瓶を二つひったくると、体を不自然にひょこひょこと揺らしながら通りに出て行った。

 街灯の中で見る男は白髪頭でやせ細り、背中は曲っており、足を引きずっているようだった。僕があわてて男の代わりに行こうとすると、鳴子さんがまた僕を床に引き倒して僕はバリケードに頭をぶつけた。


「お前さんはよく見ときな!」


 瓶を手にした男がギャングたちに近づくと、一人が銃を男に向かって構えた。


 瓶を持った男はただひたすら体をかがめて、何度も頭を下げて何ごとかを叫んでいる。やがて銃を構えたギャングがその瓶をひったくろうとしたが、男は瓶を離さない。殴られても蹴飛ばされても離さず、頭にきたギャングは少し身を離すと銃を構えた。僕はもう見ていることもできずに下を向こうとしたが、鳴子さんは僕を小突いてもういちど「見ていな!」と命令した。


 そのとき、ギャングのボスらしき男が歩み寄り、老人に向けられた銃を上へとひねった。老人は、ボスに向かって抱えていた二つの瓶をうやうやしく差し出した。そして男が老人から瓶を受け取ったとき、『かわます亭』からそっと抜け出した男がこう大声で叫んだ。


「『犬』が来たぞ! 『犬』が来たぞ!」


 ボスらしき男は酒瓶を持ったまま、その手をふり上げて「ずらかるぞ!」と声をあげた。その一声で、店の中に略奪に入っていたギャングどもはいっせいに通りに出ると、一目散に逃げだした。

 なり響いていたアラームはいつしか止んだ。やはり警察は来なかったようだ(まえも言ったけど、『開拓団』地域では警察が動くのは『猫』がからんだときぐらいだ)。通りが静かになって、『かわます亭』の面々はバリケードの陰から身を起こした。

 さきほどの老人は通りの隅でじっとしていたけれど、『かわます亭』のひとりが


「おおい、ハム! 奴らはいったぞ!」


 と声をかけると、老人はすっと背筋を伸ばし、服のよごれを払いながらこちらを見た。驚くべきことに、老人の背中はまっすぐで、歩き方は僕なんかよりよほどしゃっきりしていた。

 店の常連たちはあっという間にバリケードを崩すと、テーブルや椅子をもとあった場所へとなおした。そこへ老人が入ってきて、「犬が来た」と叫んだ若者をとなりに引き寄せると、目に見えない帽子を頭から持ち上げ、みんなに向かってお辞儀をした。


「あいつは舞台役者なんだよ。若いころから変わらないねえ……」


 と鳴子さんがほれぼれするように言うので、僕はようやく事態が呑み込めたのだった。もしも僕が飛び出して行ったら、すべてが台無しだったわけだ。鳴子さんは僕に言った。


「お前さんのまっすぐな心根は感心するが、よく見ておおき。本当に必要なのは心に見合った知恵と腕前さ。ああいうのが本当の勇気っていうんだよ。なんでも感情に流されて駅の近くで迷って死にかけるのは勇気とは言わないんだよ!」


 僕はたぶんあのことをこの先ずっと言われるのだろうな、と暗く思ったけれど、鳴子さんは最後にこう付け加えた。


「怜を愛してるんだろ!」


 鳴子さんは、僕のことを本当に心配してくれているのだな、とその一言ですべてが伝わった。事情を詳しく話さなくても、たぶん僕が何か覚悟をきめなくちゃならなかったのを鳴子さんは感じていたのだ。そして、鳴子さんは正しかった。怜にふさわしくなるために、ジーナを守るために、たぶん僕はほんとうの意味であの老人のようにならなくてはいけなかったのだ。


 この事件で気の毒だったのは『かわます亭』のマスターで、


「それにしても荒っぽくきたなァ。まさかポート(駅)の近くまで襲われるとは。どうするこの店の窓ガラスを! ずいぶん迫力ある風穴が開いたなァ。いくらかかるだろ」


 と肩を落とした。客の一人が


「俺がうまく模様にしてやろうか、こうカッコよく、弾のあとを鉛線でくっつけてさ」


 となぐさめると、マスターは眉を吊り上げて半分泣きながらこう言った。


「そんなことしたら毎日思い出すだろうが! 腹立ってしょうがねえよ、俺は!」


 それで仕方なく、常連たちの方がマスターをなだめるために酒をつぐありさまだった。それを見ながら鳴子さんは誰に言うともなしに


「昨日は西地区がやられたって、ケガ人も出て仁がすっ飛んでったよ。……ネコカインの質が年々悪くなってるのが原因だね。集めても集めても足りないのさ。必要な人間は増えていくのにね」


 とテーブルを拭きながら話した。


「ネコカインの質……?」


 僕はおうむ返しに聞いた。僕はとりあえず床にこぼれた酒や破片をモップのようなもので一か所に集めていた。鳴子さんは掃除の手を止めるな、とでも言いたげに僕のモップを指さして言った。


「ネコカインがたっぷりもらえる人間には気が付かないだろうさ、『火星世代』。『開拓団』はもともと配給なんか足りちゃいないから、ギャングなんかが横行するんだろ! もっとも『センター』は『猫』が絡まなければ無関心だからそれはありがたいけどね」


「配給が足りないってことは、じゃあどこで『開拓団』のみんなは『帳尻』を合わせてるんだい、鳴子さん……」


 僕はそう言いかけて口をつぐんだ。

『火星世代』にとっては、ネコカインは会社にたのめばすぐに支給されるものだった。いつでもコンディションシートに「少し落ち込んでいる」と書けばいいだけの話だ。もしかしたら、それを横流しすることだってできるかもしれない。

 ……けれど、そんなことをやった人のことはついぞ聞いたことがなかった。つまり、そんなことをやったことがある人間の話が出ないのはたぶん『センター』への反逆になるからだ。僕は、子猫を『センター』に渡さずにきれいに『消えて』しまった同級生のことを思い出して思わず唾をのみ込んだ。


 鳴子さんは僕をちらりと横目で見ると、首を振って言った。


「そいつはギャングにでもなってみなきゃわからないね、亘平。私も占い師だから顧客にゃいろんな人間がいる。だけどね、ネコカインのルートだけは命が惜しけりゃ知ろうとしないこったね。まさに『好奇心は猫をも殺す』さ」


粋なご老人のイメージは藤竜也さんで!!


お読みいただき本当にありがとうございます!

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