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第六十一話 宛名のない手紙

僕:亘平こうへい平凡な火星のサラリーマン。『センター』に秘密で猫のジーナを飼っている。ときが好き。

とき:『はじめの人たち』。何か理由があって開拓団に近づいているらしい。怜のアンティークのビジネスリングに思わせぶりなイニシャルが入っていた。

 僕はうなずいた。あと、ぼんやりともう一つの問題……イニシャル問題が頭をもたげた。

 ときは今日もあのアンティークのビジネスリングを手首に着けていた。それは銀色の織物とよく似あって、太陽の光の中で真鍮色ににぶく光っていた。

 こんな話をしたあとで、どう切り出していいか見当もつかなかったけれど、今を逃したらきっと僕はもう聞く勇気がなくなるかもしれない。

 

 あのイニシャルは誰だい? 怜はすてきだし、怜が好きだ。

 怜に恋人はいるのかい? 僕より素敵なやつかい? 


 ……あまりに単刀直入な言葉の断片が頭に浮かんでは消え、あまりに失礼な言葉ばかりで僕は口を閉じるしかなかった。

 沈黙が長く続いたので、怜は僕の方をちらっと見た。

 そして、何か言わなきゃと口を開いた僕から、ほとんどはみだして来るように流れ出たのはこの言葉だった。


「怜は強いなあ……。怜みたいな女性ひとに恋人っているの?」


 僕はそう言ってから、それがもしかしたらとんでもなく失礼に聞こえるかもしれないと気が付いたけど、もうあとの祭りだった。話の流れ的にも、タイミング的にも、雰囲気的にも、言葉の選び方的にも、すべてが不適切だった。


「いないで悪かったわね」


と怜は僕のあさってな質問にあきれた声で返し、僕は人生でいちばん勇気を振りしぼった瞬間に、人生でいちばん冷たい視線を浴びた。



***



 それで……そうだよね。

 もうほとんど君も気付いていると思うけれど、僕がこうやっていまでも21世紀の君に手紙を書いているのは、僕がまわりの誰にも気持ちを言えないせいだ。なぜかって……?

 

 ジーナが消えてしまったからさ。いまの僕は……家族もいないし、『開拓団』にも、会社の人たちにも、怜にも誰にも自分の気持ちを言えない。

 ……なぜ怜にも言えないのか、って?

 

 怜には愛する男がいるからさ。

 

 ……その話はやめよう。また今の状況を説明するのにどうせ話さなくちゃいけない。

 

 あのときの怜の話がウソだったかって……? 一つもウソなんかじゃなかったよ。ただ、僕が考えるよりはるかに『はじめの人たち』の状況が複雑で、追い詰められてたってだけだ。

 

 それでも僕には、こうして誰とは知らない君に手紙を書き送るという、シンプルな救いがあるのさ。過去への手紙か……。しかも君に助けを求める手紙だったね。


 でも自分で何とかしようと思う。もしも君に面と向かって話していたら、恥ずかしくて二度と話せなかったろう。この時代に君がいないこと、最初からここまでずっとこの手紙を(きっと呆れながらも)読んでくれていること。

 ほんとうにありがとう。


亘平は女心がわからず、怜は男心がわからぬ


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