【一週間まとめ読み用-12】
僕:亘平 火星の平凡なサラリーマン。鉱物採掘会社に勤めている。『センター』に秘密で猫のジーナを飼っている。
怜:僕の惚れている女性。砂漠で出会った。『はじめの人たち』
珠々(すず)さん:会社の資料室で出会った可愛い女性。
鳴子&遥:開拓団の双子のゴッドマザー。占い師とエンジニア。僕は少し前、遥さんのバイクを壊して弁償中。
仁さん:遥さんの息子。モグリの医者。
遥さんのヤードを出る前に、仁さんが軽く僕の打撲を見てくれて、傷の手当てをしてくれた。そして
「ちゃんと怜さんに連絡しろよ」
と僕に念を押した。
僕はジーナをつれて家に戻ると、意を決して怜に連絡を入れた。あのビジネスリング経由で、短いメッセージを送ったわけだ。返事はすぐに来た。休日の朝、僕たちは最初に出会ったあのソテツのあたりで落ち合うことになった。
翌日、会社に行くと予想外のことが起こっていた。僕がまず部署に入ると何人かがこちらを見た。最初、僕が顔にけがをしているからだと思ったけど、どうやらそうじゃないのはこちらに向かってくる部長の姿をてわかった。
僕が席につくなり部長のほうから僕の所へ来て、
「おめでとう。コアの件だけどねえ……通りそうだよ」
と文字通り猫なで声で言った。僕が状況を理解できないでいると、部長はこう付け足した。
「ずいぶん熱心に資料集めに取り組んでたそうじゃないか……。『センター』部署から直接この件に関して興味があると来てね……」
それをきいて、とつぜん僕の頭に珠々(すず)さんの顔が浮かんだ。
「こういうのは言ってくれなくちゃ困るよ、山風さん。『ドームの夢』どころか、こういうことは会社全体のいろんなことにかかわるんだから」
僕の顔があまりにもポカンとしていたのか、部長はなかば怒っているように見えた。でもそれを僕に悟らせまいと、部長は自分のあごを意味もなく懸命にマッサージしながら言った。
「しらばっくれちゃ困るよほんとに……専務のお嬢さんなんだからさ」
それを聞いたとたん、僕の背中を汗が滝のように伝った。
「誰がそんな話をしたんですか」
「いや、だって内々にそういう話がきたあとで、『センター』付きのお嬢さんが直接きみを訪ねてきたわけだから、ね、そこは推して知るべしでしょうが」
部長の声には不機嫌なトーンが含まれていたけれど、また表立って僕にぶつける勇気もないらしかった。僕があわてて
「いや、ちょっと待ってください誤解です」
と言っても、部長は
「わかった、わかったからいろいろ早めに教えてくれると助かるなァ」
と言って自分の席に帰っていった。
それと同時に立ち聞きしていた同僚たちもそそくさと離れて行ったので、僕は急いで珠々さんの連絡先をリングから取り出して連絡を取った。
「すみません、冠城珠々さんですか……」
通話口の珠々さんは少し驚いたようだったけど、すぐに落ち着いた声で
「昨日、そちらの部署にお邪魔しましたけれど、体調は大丈夫ですか?」
と僕を気遣ってくれた。僕は気まずいと同時に申し訳なく思って、
「いやそれが……たぶん僕の不手際でとんでもない誤解を生んでしまいまして……。今日どこかでお話しできませんか?」
僕たちの話は会社の人たちのいないところじゃないとならなかった。二人が一緒にいるところが見られたら、噂がもっと尾ひれをつけて広がるだろう。それで、僕は迷いに迷った挙句、『かわます亭』で珠々さんと話をすることにした。なかなか荒くれ者の多い地区だから、駅からは僕が一緒に行くことにした。
それにしても、どうして僕のあのアイディアが採用されるなんてとんでもないことが起きたのだろう。
珠々さんの親切心だとしたら、それは断らなくてはならなかった。どう考えても僕が悪かったのだ。『ドームの夢』なんてこじつけを使ったのだから……。
駅で落ち合ったとき、珠々さんはそれはそれは上品な格好をしていた。『火星世代』の金属紗の中でも一番織目の細かい糸でできた柔らかな藤いろのコートに、肩までの髪は邪魔にならないようにピンで後ろにとめられていた。とにかく、『火星世代』のまちにいたって目立つほどの上流ファッションだ。
僕はこの目立ち過ぎる珠々さんを『開拓団』の好奇の目からどうかくそう、と悩んだ。けれど、珠々さんは『開拓団』の好奇の目に持ち前の育ちの良さで笑顔を返した。すると、『開拓団』の人々は急に恥ずかしくなって目をそらしてしまうのだ。
僕は珠々さんをなんとか『かわます亭』まで案内すると、店の奥の腰かける椅子のあるテーブルへと連れて行った(僕が占いをさせられたところだね)。
この見慣れない女性に驚いたのが『かわます亭』の面々で、しきりに僕たちに近づいて話しかけようとした。八割がたが僕を知ってる常連だったから、僕はマスターにお願いしてなんとか口実をつけて僕に話しかけようという連中を遠ざけてもらうしかなかった。
「こういうところは慣れないでしょう。でもどうしても会社の人間のいないところが良かったので」
僕が珠々さんに言うと、珠々さんは首をふって言った。
「いいえ、いつも山風さんだってこういうところで『開拓団』の方たちとお話なさってるんでしょう? みなさん山風さんのこと知ってらっしゃるみたいだもの。……で、お話って?」
僕はどう話はじめればいいか迷った。珠々さんには自分と僕のような平社員が噂になっているなどとは想像もつかないだろう。
「それが……僕が本当に行けなかったんですが……。どうも、僕がフェライトコアの提案をするのと同時に、『ドームの夢』の話をしてしまったので、同僚に誤解をさせてしまったみたいなんです。でも、まだ企画書もまとまらない段階でどうして『センター』に話が通ってしまっているのかがよくわからない状況で……」
珠々さんは少し戸惑ってこう言った。
「誤解って……?」
「つまりですね……、とにかくタイミングが絶妙に悪くて、『センター』からフェライトコアの件で打診があった。それで、たまたま僕が言った『ドームの夢』というのが、僕と……その……」
僕は気まずさでもう言いよどんだ。珠々さんは不思議そうに僕をみつめ、途中ではっと気が付いて、顔を赤らめた。僕はそれが怒っているからかと思ったけれど、どうやら事態はもっと悪かった。珠々さんはその大きな目にほとんど涙をためているように見えた。
僕は申し訳なさでいっぱいになった。珠々さんに気になる相手がいたりしたら、なんて迷惑をかけてしまったのだろう。
「ほんとうに申し訳なく思っています。『センター』には僕が直接行って、まだそんな段階じゃないことを説明しようと思います。それで、誤解のほうも僕が……」
「いいえ!」
珠々さんは思いがけず大きな声ではっきりと僕にいった。
「ご迷惑をかけたのは私の方です。実は、部長に中途段階の分析データを提出してもらったのは私です。私、とても素晴らしいと思って……父にこのアイディアについて話しましたの。どうお詫びすればいいかわからないわ……」
僕は珠々さんが顔を伏せたのを見て、少し慌てた。ほんとうに泣いてしまうのではないかと思ったからだ。そして珠々さんを落ち着かせるために何か頼もうとマスターの方を向いた。
そしてそこに待っていたのは、いつの間にかそこに立っていた鳴子さんと遥さんの冷たい視線だった……。
「鳴子さん……」
僕は鳴子さんに助けを求めたけれど、鳴子さんは僕を完全に無視して珠々さんの隣に腰かけた。
「お嬢さんねえ、あたしは占い師だからたっくさんの男を見てきている。金持ちも、貧乏人も、信用できるやつも、できないやつもだ。……こいつはやめたがいいねえ。ついこのあいだも駅の近所で迷子になったぐらいのおっちょこちょいだし、(バイクの)借金も抱えてるんだよ」
「いやそういう話じゃないんです……」
僕がそう言いかけると、テーブルのわきに立ったままの遥さんが
「あんたはお呼びじゃないよ」
と言いながら手で僕を追い払うしぐさをした。僕はおとなしく黙り、珠々さんは顔を上げずに言った。
「本当に申し訳ないわ……。もし山風さんの相手の方が気を悪くされたら……」
「いやいや、同じ会社の人ではないので……。そもそも最近、彼女とは話もできていないし」
鳴子さんたちの表情が一気に険しくなったが、僕はここは自分が説明するのが責任だと思ったので話し続けた。
「だから、気にしないでください。ちゃんと説明すれば同僚の誤解も解けると思います。僕は珠々さんの迷惑になるんじゃないかとそればっかり心配しました。……ただ、あの企画のことをちゃんと『センター』と話しておきたいので、その段取りを手伝っていただけませんか……。『センター』とのアポは僕クラスにはなかなか取れないので」
珠々さんは顔を上げて、その表情はちょっと明るくなった。
「そう……それなら、ええ、もちろんお手伝いできます。ほんとに、ほんとに相手の方にご迷惑になっていませんね?」
珠々さんは本気で気にしていたようで、そう聞いた。
「僕の勇気のなさでまだ……」
と僕は言いかけて、これではいけないと言いなおした。
「でも、こんどちゃんと彼女に気持ちをぶつけてきます」
その話のきりのいいタイミングで、仕事を終えた仁さんが『かわます亭』に入ってきた。
「おーい、亘平さん、ちゃんと連絡とったか……」
そして僕は、生まれて初めて、ひとが恋に落ちる瞬間というのを目にしたのだった。仁さんはそう言ったっきり珠々さんを見つめたまま黙り、あやしい手つきで自分の服のかすかなシミを隠した。
それを見ていた遥さんは天をあおぎ、鳴子さんは頬杖をついたまま床を見た。
***
約束の休日、僕はバイクをレンタルして(もちろん遥さんじゃなくて店にね)、怜との待ち合わせの場所に早めについた。怜はまだ来ていなかった。その日はめずらしく風もなく、ただ日光がさんさんと照り付けて、大地は乾いていた。空気が澄んでいたので、南の方にに緑をたたえた地上ドームの影も見えた。
ソテツの木は乾ききった大地にまるで奇妙なオブジェの様にここにだけ密集していた。この時刻にまずここに人はこない。ジーナを連れてくるために調べつくしたからそれは知っている。
北の方には赤い大地が広がり、地平線を形作っていた。もうそろそろ時間だというころ、むらさき色の空にのんびりと宇宙船がよぎった。東のはるか向こうの平原に発着する地球との連絡船だ。『センター』と『はじめの人たち』はこれほどまでに争ってきたのに、いまは『はじめの人たち』の住むカセイ峡谷の空を『センター』の船が平和に横切っていくのだ。
ほんとうにあんなことが地球で起きたのだろうか? 僕の頭の中に、地球で細々と生きていて、急にさいごを迎えざるを得なかった人々が浮かんだ。あの悲劇がほんとうに起きたのだとしたら、それが真実なのだとしたら。僕たちを劣っているという、生きる価値がないという、『はじめの人たち』を、僕自身がどう受け止められるのだろう。
僕がそんなことを考えながらぼんやり地面を見ていると、僕の影の隣にもう一つの影がのびた。
「亘平、どうしたの?」
怜の声だった。怜はであったときと同じように銀色の織物を身にまとっていた。そしてその瞳は僕を見透かすように、それでいて少し心配そうに僕を見つめていた。
「怜さん……」
「この間からずいぶんと私を避けているみたいね」
怜は視線を地平線に向けながら言った。僕もおなじ地平線に目を向けた。どこまでも続く砂漠。むらさき色の空。青い地球とほとんど同時に生まれて、違う歴史をたどった赤い大地。
「怜さんは『はじめの人たち』だね」
僕はそういった。宇宙線防護服を着ていなくても、怜は空気の薄さにも苦しげな表情一つしていない。怜は僕を見ないまま言った。
「それが私を避けている理由?」
「……ちがう。でも僕には大事なことだ」
「私たちは友達にはなれないの……?」
友達、という言葉に今は反論しなかった。
「怜さんはどうして僕や『開拓団』に近づこうとしたんだい?」
「……亘平……」
「何か目的があるんだろう? 『はじめの人たち』は僕たちを人間としてなんか見ちゃいない。何が目的なんだい、また八百年まえのように僕たちを全滅させるつもりかい……?」
怜はそこで初めて僕の方を見た。その目はぎらりと輝いて、僕は思わずたじろいだ。
「いったい何の話?」
怜は僕にそう言い、僕は負けないで怜の目を見つめ返した。
「『はじめの人たち』が地球を捨てたときの話さ。『はじめの人たち』は自分たちをエリート、そして僕たちを絶滅させていい人間だと思っていた。だから、地球を核で破壊しつくした。そうだ、核は確かに自分たちが殺し合うために作った兵器だ。そんな愚かな人間たちは死んでしまえと……?」
怜はほとんど僕を殺しかねない勢いで詰め寄り、
「誰がそんなことを!」
と叫んだ。僕は会社の資料室の機密を見たのだと言った。怜の目は瞳のふちがすべて見えるほど見開かれ、光っていた。僕はいままで、これほどの怒りを見たことがなかった。
怜は言った。
「違う! 私たちは『スプートニクの犬』だったわ!」
怜はつづけた。
「私たちは実験台だった! 私たちに与えられたのは、片道の燃料だけだった!」
僕はたじろいだ。自分の額に汗がにじむのが分かった。
「……君たちはエリートだったんだろう? 自分の意思で地球を捨てたんじゃないか!」
怜は燃えるような目で僕をにらんだ。
「ええ、選ばれたのはエリート中のエリートだったわ」
怜は怒りを押し殺した声で話し続けた。
「みんな二十歳にも満たない子供たちを、エリートと呼びたいならね。温暖化する地球のために、地球に残された人たちのために、火星までの飛行データを送り続けるのが目的だった。地球からの移住を成功させるために必要だったのは最低でも100人を運べる巨大船だったわ。でも、地球がそれだけの船を飛ばしたことは一度もなかった。
選ばれたのは、たとえ航路がずれて到着までに十年かかっても体力のもつ若者たち。私たちは自分たちが帰れないのは知っていた。でも、引き返すわけにはいかなかった。地球も極限状態の中で、移住実験のための太陽帆船を作った。期待された成果を出せず、もし失敗すれば、自分も、地球の家族も無事ではなかったから」
僕はあまりにも予想しなかった話に言葉を失った。怜はさらに言った。
「三回の打ち上げのうち、一回目の船は火星にたどり着いたけれどすぐに餓死した。二回目は途中で任務を放棄したので監視役によって自爆した。三回目、私たちは幸運にも最短でたどり着いて、小さなコロニーを作り、応援物資の到着を待っていた。何年……何十年もね! けれど、地球は私たちを見捨てたわ。……見捨てられたのは私たちの方よ!」
「じゃあ、いったい誰が地球を……」
怜の頬をあふれ出した怒りの涙が伝っていた。そして怜はそれをぬぐおうともせずに言った。
「わからない、亘平。なぜ私たちが見捨てられたのか。誰が、なんのために人々を殺し、そして、なんのために私たちに罪をかぶせたのか!」
僕はその横顔を見ながら、怜はこころから美しいひとだと思った。僕の胸にわきあがったのは、あのいまわしい話がこの真実の涙によってふりはらわれたことへの、清々しいよろこびだった。このひとは嘘をつくことはない、という確信だった。
僕がぼうっとして怜を見ていたので、怜は乱暴に腕で涙をぬぐうと、僕に不審な目を向けた。僕はあわててこう言った。
「やっぱり、話してよかったよ……。怜さん……。胸がすっかり軽くなった。しばらく疑心暗鬼だったからね……」
「呼び捨てでいいわよ」
と言いながら怜は視線を地平線に戻した。
「私が『はじめの人たち』だということは言わないでくれる? なぜ『開拓団』に出入りしているか、それは言えないけれど、私の個人の用事があるからだわ」
小ネタ。
太陽帆船は月で建造された。
そのころ、温暖化にともない多数の技術が維持困難になる中で、この建造は大きな希望であるとともに、大きな重圧を抱えたプロジェクトだった。特に問題だったのは大人数を送るための宇宙船の質量で、ロケット燃料はとても確保できなかったため、推進力は別で得ることになった。
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