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第六話 僕にネコカインが支給されないわけ-5

猫に支配された世界には存在しないはずの『野良の子猫』を拾ってしまった主人公。頼ったあやしい占い師に連れていかれた先は、火星開拓団地域のモグリの人間の医者。

 『子猫』を拾うってことはどういうことか。

 それは僕にとってまったく想像を超えたことだった。だって、そもそもセンターに選ばれるような人間ではなかったし、拾うこととセンターから割り当てられることの意味も全く違う。

 それに、『子猫』がどういうものか、僕はまだ何も知らなかった。

 医者に覚悟を聞かれたって、僕は正直に何も答えられなかった。ただ、ジーナになんとか元気になってほしい、それだけは理解していた。


 そんな僕を見かねて、医者は僕の肩をとんとんとなぐさめるように叩いた。

 僕は『シャデルナ』の女主人に、


「助けてくれてありがとう」


 と言った。『シャデルナ』の女主人は、僕を黒いコートのままハグした。

 僕は胸が詰まって、もういちどこう言った。


「ありがとうございます、ただの通りがかりの人間なのに……」


 『シャデルナ』の女主人は僕の肩に手を置いたまま、しばらくじっと僕を見ていた。そしていちど何かを言いかけて、その言葉をのみ込むと、そのままポンポンと肩を叩いて言った。


「なんの、占いにくるやつらっていうのは、みんなそれなりの事情を抱えているのさ。この灰色の街で、誰にも気づかれもしない、それぞれの悩みだ。どんな悩みだろうと、それに耳を傾けるのが占い師の誇りだからね」


「お礼は……」


『シャデルナ』の女主人は笑って言った。


「一回の占いは3マーズだよ。……ありがとう、それで十分さ。ついでに未来を占うかい?」


 そういいながら、女主人は医者に青い小瓶を差し出した。医者は無言で受け取るとそれを戸棚の中にしまった。

 僕が自分の未来に恐れおののいていると、それを見透かしたように女主人はこういった。


「易をするまでもないさ。これからは隠さなくちゃいけないことも増える。苦労はするだろうさ。でもみておくれ……この『子猫』! ちっちゃいねえ……! わたしも本物をみるのは何年ぶりだろう。どこから来たのかもわからない、危ないにおいもする。けれど、運命ってのはなるようになるもんさ」


 それまでの僕はといえば、まったく平凡なサラリーマンだった。

 まいにち起きて、会社へ行き、帰ってきて寝る。

 けれど、それがある日とつぜんに変わってしまったんだ。

 ジーナが僕のところにやってきた時から。


 それで、ジーナが元気になったかって?

 なったよ。点滴を受けて30分もすると、ジーナはパッチリと目を開けた。

 まだ毛並みはベタベタだったけど、その瞳はとても大きくてきれいだった。

 火星では、青い瞳は「地球のよう」、黒い瞳は「宇宙のよう」、茶色い瞳は「枯葉のよう」、というんだけど(ちなみに、火星では植物は貴重なものだから、枯葉はとても美しいイメージなんだ)、ジーナの瞳は金色だった。

 いつまでたっても火星が手に入れられないものといえば、真ん丸な金色の月だよね。

 火星の衛星のフォボスもデイモスも、地球の月にくらべればジャガイモさ。

 凸凹でこぼこでいびつで、そして小さい。

 

 僕を見上げるジーナの瞳は、真ん丸で、とてつもなく金色だった。

 これが月か、と思ったよね。そのときから僕はジーナに夢中なのさ。


 あれからよく食べて遊んで甘えて、すっかりデブ猫になったけど、僕の中ではいつまでジーナはあのときのイメージのままなのさ。


 それで……そうだ、ごめんよ、僕はこれを書きながら、いますっかり情けないほど泣いてしまった。

 ジーナは僕のところに今いないんだ。


 だから、君に世界を救ってほしいとお願いしている。

とりあえず、子猫は正義。

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