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第五十八話 会社が上司の娘と僕の関係を誤解しているんだが-3

「つまりですね……、とにかくタイミングが絶妙に悪くて、『センター』からフェライトコアの件で打診があった。それで、たまたま僕が言った『ドームの夢』というのが、僕と……その……」


 僕は気まずさでもう言いよどんだ。珠々(すず)さんは不思議そうに僕をみつめ、途中ではっと気が付いて、顔を赤らめた。僕はそれが怒っているからかと思ったけれど、どうやら事態はもっと悪かった。

 珠々さんはその大きな目にほとんど涙をためているように見えた。

 僕は申し訳なさでいっぱいになった。珠々さんに気になる相手がいたりしたら、なんて迷惑をかけてしまったのだろう。


「ほんとうに申し訳なく思っています。『センター』には僕が直接行って、まだそんな段階じゃないことを説明しようと思います。それで、誤解のほうも僕が……」


「いいえ!」


 珠々さんは思いがけず大きな声ではっきりと僕にいった。


「ご迷惑をかけたのは私の方です。実は、部長に中途段階の分析データを提出してもらったのは私です。私、とても素晴らしいと思って……父にこのアイディアについて話しましたの。どうお詫びすればいいかわからないわ……」


 僕は珠々さんが顔を伏せたのを見て、少し慌てた。ほんとうに泣いてしまうのではないかと思ったからだ。そして珠々さんを落ち着かせるために何か頼もうとマスターの方を向いた。

 そしてそこに待っていたのは、いつの間にかそこに立っていた鳴子なるこさんとはるか さんの冷たい視線だった……。


「鳴子さん……」


 僕は鳴子さんに助けを求めたけれど、鳴子さんは僕を完全に無視して珠々さんの隣に腰かけた。


「お嬢さんねえ、あたしは占い師だからたっくさんの男を見てきている。金持ちも、貧乏人も、信用できるやつも、できないやつもだ。……こいつはやめたがいいねえ。ついこのあいだも駅の近所で迷子になったぐらいのおっちょこちょいだし、(バイクの)借金も抱えてるんだよ」


「いやそういう話じゃないんです……」


 僕がそう言いかけると、テーブルのわきに立ったままの遥さんが


「あんたはお呼びじゃないよ」


と言いながら手で僕を追い払うしぐさをした。僕はおとなしく黙り、珠々さんは顔を上げずに言った。


「本当に申し訳ないわ……。もし山風やまかぜさんの相手の方が気を悪くされたら……」


「いやいや、同じ会社の人ではないので……。そもそも最近、彼女とは話もできていないし」


 鳴子さんたちの表情が一気に険しくなったが、僕はここは自分が説明するのが責任だと思ったので話し続けた。


「だから、気にしないでください。ちゃんと説明すれば同僚の誤解も解けると思います。僕は冠城さんの迷惑になるんじゃないかとそればっかり心配しました。……ただ、あの企画のことをちゃんと『センター』と話しておきたいので、その段取りを手伝っていただけませんか……。『センター』とのアポは僕クラスにはなかなか取れないので」


 珠々さんは顔を上げて、その表情はちょっと明るくなった。


「そう……それなら、ええ、もちろんお手伝いできます。ほんとに、ほんとに相手の方にご迷惑になっていませんね?」


 珠々さんは本気で気にしていたようで、そう聞いた。


「僕の勇気のなさでまだ……」


と僕は言いかけて、これではいけないと言いなおした。


「でも、こんどちゃんと彼女に気持ちをぶつけてきます」


 その話のきりのいいタイミングで、仕事を終えたじんさんが『かわます亭』に入ってきた。


「おーい、亘平こうへいさん、ちゃんと連絡とったか……」


 そして僕は、生まれて初めて、ひとが恋に落ちる瞬間というのを目にしたのだった。仁さんはそう言ったっきり珠々さんを見つめたまま黙り、あやしい手つきで自分の服の消毒液のシミを隠した。

 それを見ていた遥さんは天をあおぎ、鳴子さんは頬杖をついたまま床を見た。


仁さんは作者の隠れたお気に入り

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