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【一週間まとめ読み用-10】(今回、残酷な描写が含まれます)

今回、残酷な描写が含まれる回となります


僕:山風やまかぜ 亘平こうへい 平凡な火星のサラリーマン。センターに秘密で猫のジーナを飼っている。ときの正体を追って会社の資料室に不正アクセス。

珠々(すず)さん:会社の資料室で出会った可愛らしい女性。

槙田まきたさん:博物館&資料室受付

とき:地上で出会った謎の美女。『はじめの人たち』?

 仁さんはそれきり口をつぐんだ。僕もそれから何も言わなかった。しばらくしてケガ人のおかみさんが文句をぶつぶつ言いながらケガ人を迎えに来て、僕はそれをいいきっかけに逃げるようにして診療所を後にした。


 『開拓団』と『火星世代』。いくら仲が良くなったって、そこには言葉にならない壁があった。仁さんはそれを言おうとしていたのだと思う。例えば職業だってそうだ。『火星世代』は事務仕事で、『開拓団』は力仕事が多いって話は前にしたよね……。でも本当のところ、もっと誰も表ではっきりとは話さない違いがある。それは、『開拓団』は『生命いのち』にかかわる仕事を受け持って、『火星世代』は『生命』にはかかわらないってことだ。

 例えば仁さんの仕事だってそうだ。仁さんは違法なクスリも扱うモグリだけど、モグリじゃなくても医者ってのは『開拓団』の仕事だ。それから、iPSパテ(火星で作られている人工肉)だってそうだ。細胞の培養からたべる形になるまで、ほとんど『開拓団』地域で作られている。人の葬式を取り仕切るのも『開拓団』だ。


 『開拓団』と『火星世代』でさえ、これほどまでに言葉にならない隔たりがある。僕はそれをまざまざと思い知った。

 それでいて、その日から余計にときに会いたくなった。彼女が『はじめの人たち』かどうかなんて関係ない。理由なんかわからないし、もう理由を探す気もなかった。

 ただ僕は怜に会いたかったんだ。


 僕はそれから、よく独りで『かわます亭』で飲むようになった。仁さんたちも僕を避けているのか酒場には来ない。もちろん、ときもいない。


「命ってのは奇妙なもんさ、だってぽっとそこに命の火がともった瞬間から、消えることが運命づけられてんだから。それを忘れずに生きるんだ。あんたわかるかい、若いの、それが『開拓団』の心意気だよ」


 いまはひとりの酔っ払いが、僕のひとりごとに話を合わせてくれる。たぶん、あのときケガ人を連れてきた一人かもしれないと思うけど、向こうは僕を知っている風で、僕は誰だか思い出せない。

 この人の言う『開拓団』の心意気と、『火星世代』は違う。僕たちはなんだかずっと生きることを前提にいろんなことを考えてしまう。

 まるでそこに終わりなんかないように。


「でも、あんたたちを見直したぜ。あんたあんな傷をみてあわてたりしないんだからな。俺は『火星世代』ってのはもとヤワかと思ってたぜ」


 つまり、男はやはりあの時の一人だったわけだ。僕も他に飲む相手がいないから適当に話を合わせた。


「仕事場で何回かああいう傷を見たことがありますからね。でも仕事での傷はすぐに痛みはとるし、あんなにつらい思いはしないですから」


 もっと言うなら、本当にひどいけがには自動救護ポッドが駆けつけて、冬眠状態にして病院まで運んでくれる。そして、会社には社員のiPS組織ストックが義務付けられていて、すみやかに組織は培養されて、再生される。

 会社にもどってくるまでにはだいたい一週間ぐらいだ。(臓器を大部分損傷すると、臓器を作る必要があるから、もうちょっと時間はかかるけどね)

 僕がそういう話をすると、男は


「それじゃまるで部品をとっかえて働かされるロボットじゃねえか」


 と首を振った。僕は反論しようとして自分のろれつが回りにくくなっていることに気が付き、飲みすぎたな、と思った。


「でもまあ、いい給料もらえてケガの手当ても早いんだったら、それは俺だってロボットになりたいよ、なあ若いの」


 となぐさめるように肩を叩かれたのが、その日僕が最後に覚えている情景だった。


 次のあさ目が覚めたときに、僕が最初に見たのはジーナの湿った黒い鼻の先だった。ジーナはどうやら床で寝てしまった僕をずっと覗き込んでいたようだった。


「ジーナ……僕、ごはんあげたかな……」


 僕は体を起こしながらそう言った(ちなみに、3020年にアルコールはもう飲むものではないよ。もっと体には優しい『色んな』成分が入ったトニックが主流だ。たまに昔の小説に二日酔いというのが出てくるけど、僕は体験したことがない)。


「ジーナ、ごはんは食べたにゃ。ぱっぱお水飲むにゃ」


 ジーナは心配するように僕の背中にまとわりつき、僕はジーナを抱きあげると思わずほおずりした。ああ、そうだ、会社から配られるネコカインなんかよりこっちの方がずっと幸せな気分になる。

 けれどジーナは僕の顔に向けて前足をつっぱると、瞳孔を針のように細くして僕を見つめ、耳を寝かせた。


「はいはい、水を飲むよ。そう怒るなよ」


 そして僕は水を飲んだあと、いつものように朝の支度をして会社に向かった。

 いつものようにコミューターから降り、会社の入り口でIDチェックを受けると、入り口に会社のお偉いさんたちが集まっていることに気が付いた。それで思い出したんだ、その日が『センター』からの視察の日だとね。

 僕がお偉いさんたちをすり抜けていこうとすると、列の中ごろから僕に会釈する人がいる。よく見ると、あの冠城かぶらぎ珠々(すず)さんだった。僕が会釈を返すと、彼女はにっこり微笑んだ。


 その日の午前中はつまり視察の日だったので僕は資料室には行けなかった。そして僕は全員が呼ばれた会社の大会議室で、珠々(すず)さんをまた見かけた。

 その会議室はほとんど大講堂と言っていいほどの大きさで、『センター』の猫専用の演壇がそなわっている。演壇には赤いびろうどのクッションが置かれ、そこにスポットライトがあたるようになっている。今日、視察にやってきた猫はオテロウという名で、『センター』でもかなり高位の猫らしかった。

 演壇に座ったオテロウという猫は全身がつやつやした灰色で、大きく美しかった。ジーナは『センター』の猫とは違って毛が長めだったので体重より大きく見える。でも、今日やってきた猫は毛が短いのにもかかわらず、今まで僕がみたどの『センター』の猫より大きかった。

 そして、その猫は翻訳機を通して言った。


「われわれ『センター』の希望するイリジウムは今のところ満たされている。しかし、今後、一火星年(24か月)のあいだにわれわれは二倍を必要とする予定である。ついては、ますますの忠誠と勤勉とによって目標を達成してくれるように希望する」


 そして美しい翡翠色の目で、僕たちを見渡した。それにしてもどうだろう、この話し方、あまりにジーナとはかけ離れているじゃないか。僕は思わず子猫時代のオテロウがジーナのように甘えるさまを想像しようとしたが無理だった。オテロウはあまりに堂々としていて、生まれたときから人間に命令していたようにしか見えなかった。

『センター』は子猫を人間の家庭にくばり、『子猫』はそこで育ったあと、七歳になると『センター』に戻って人間を支配する側になる。けれど、ほとんどの人間は『センター』がなんであるのかは分かっていない。『センター』に上がった猫たちが、どんな風に暮らしているかさえ秘密だ。


 そもそも、猫を愛し、忠誠を誓い、猫の知性を信じるなら、『センター』について疑問をいだく必要などない。僕たちは『センター』のことを考えた瞬間に他のことに意識を移すように訓練されている。それで、僕は自分の中の違和感を無意識に打ち消した。


 そしてオテロウは僕たちがきわめて熱心に『センター』の話に集中しているのを見て、満足だと示すために喉を鳴らした。


 そして僕たちを見渡すそのオテロウの横に珠々さんは控えていた。つまり、彼女の本来の部署は会社の中枢部だったというわけだ。会議室からもどってビジネスリングのデータを確認したら、確かに『センター秘書室』になっていた。

 そのうえ自分の先入観を恥じたけど、若いと言っても僕と年齢は二つしか違わなかったし、なんなら僕と比べてはるかに華々しい経歴だとも言えた。


 午後、僕はまた資料室に出向き、そこにはいつものように槙田まきたさんが受付をしていた。僕が受付で資料室へのアクセスの手続きを取っていると、資料室から先客が出てきた……冠城かぶらぎ珠々(すず)さんだ。

 珠々さんは僕が受付にいるのにあからさまにびっくりして、僕はなんだか理由もなく申し訳なくなった。


山風やまかぜさん……」


「すみません……まだ例の件で調べ物をしていて……」


「いえ、ちょうどオテロウに言われて資料をチェックしに来たものですから。もう出ますからお邪魔にはなりませんわ!」


 珠々さんは笑顔でそう言ったけれど、なぜか少し緊張した様子だった。槙田さんが僕のトークンを持ってくると、珠々さんは少しほっとした表情になった。

 僕はトークンを受け取りながら言った。


「邪魔だなんて……そういえば、朝、入り口で会いましたね。『センター』付きの人がまさか博物館で受付してるとは想像しなかった」


 槙田さんはそれを聞いてこう言った。


「資料室にきた冠城さんにお願いしたのは私なんですよ……。そのときは本当に急ぎで、私のミスでしたから断って当然だったと思いますが、彼女は人ができている」


 まあ、普通に考えて『センター』付きの人が快く雑用を引き受けてくれるというのは驚きだった。少なくとも僕は『センター』付きの人の態度については、あまりいいイメージがない。

 それを聞いて、珠々さんははにかんだ笑顔を浮かべた。


「いえ、私なんかまだ下っ端ですもの……それより、山風さんが新しい製品のために資料を熱心にあたられてるって、槙田さんがほめてらっしゃいましたわ!」


 珠々さんはもともと潤みを帯びた大きなをしているうえ、いまはその目を明るく見開いていた。その素直な尊敬のまなざしは今の僕にはとても居心地が悪かった。だって『はじめの人たち』について調べているなんて知られたら懲戒ものだからね。


「いえ、僕は……調べ物が趣味みたいなもんで……。いや、違うんです。新製品て言ったって、僕もさすがに『ドームの夢』がみたいかな、って……。まあそんな下心ですよ。褒められたもんじゃない」


 僕がしどろもどろでそういうと、珠々さんはあっ、と言ったっきり少しうつむいた。彼女の表情は、肩までの髪のかげに隠れてよく見えなかったけれど、すぐに顔を上げたときはいつもの通りの笑顔だった。


「あら、そういうことでしたら熱心にもなりますわね!」


 槙田さんも少し驚いたように僕にこう言った。


「それは……意外と言ったら失礼ですが、そういうことですか。手伝えることはありますか? といっても大して権限があるわけじゃないが。そんなに熱心になれるのが素晴らしい。おめでとうございます」


「ほんとう、お相手の方がそれほど素敵なかたですのね」


 そうだ。考えてみれば何ごとにも冷めている『火星世代』が家庭を持つために熱心に取り組むというのはそれなりにインパクトのある話だった。

 お相手と聞いて頭にぱっと怜の顔が浮かんだけれど、怜に怒られそうですぐに妄想を打ち消した。


「いや、お相手と言ったってまだ……いやまだそっとしておいてください……」


 視界の端に槙田さんと珠々さんが顔を見合わせているのがわかった。僕はもう二人と目を合わせることもなく、早々に話を切り上げて資料室へと逃げ込んだわけさ。


 そして、僕がそのデータにアクセスできたのは本当に偶然だった。おそらくシステムの穴だったと思う。珠々(すず)さんの『センター』付きトークンが二重に読み取られ、次に僕の二級アクセス権が書き込まれたことで、システムは僕がふだん読むことのできない『はじめの人たち』についてのファイルを表示したのだ。

(まさか槙田さんがうっかりしたとは思わないけど、たしかにこのファイルが見られたのはこの一度きりだ)


 そしてこのとき、僕が目にしたのは普段は目にすることのできない二つの資料だった。つまり、『センター』がひた隠しにしてきた『はじめの人たち』に関する資料と、もう一つは僕たち社員にすら知らせられない、イリジウムの用途。

 まずイリジウムに関して言うなら、僕たちが知っていたのは金属の耐熱温度を上げるということだった。それは宇宙船の大気圏突入のために必要だと思われたし、僕たちがあくせくと日々掘り返しているものが、『センター』にとって重要だということは、僕たちの会社にとって大きな誇りだった。

 けれど、僕が知ったのは、それはほとんどが武器(前も言ったけど、レーザー銃の部品になっていた。それを知ったのがこのときの資料だ)に使用されているという事だった。そしてそれは……うっすらとオテロウの言った生産倍増計画を思い出させた。


 けれどその違和感は、『はじめの人たち』の資料を見つけたことで頭の隅に追いやられた。そこで見た『はじめの人たち』の歴史は、僕の知っていたものではなかった。僕が知っていたのは、『はじめの人たち』は環境が悪化する地球と他の人々を捨てたエリートだったということだ。けれどそこに書かれていたのは、もっと残酷な事実だった。

『はじめの人たち』は自分たちを生き残るべき優れた人々として考えていた。だから、地球を劣った者たちに残していく気はなかった。彼らは自分たち以外を滅ぼし、そして火星から短期間で回復した地球へと戻ってくるつもりだったんだ。

 彼らが使ったのは20世紀にソ連とアメリカが大量に配備した核爆弾たちだ。それを使って、自分たちが安全圏に脱出したのと同時に、『全世界を攻撃する』プログラムを組んでいた。

 彼らは容赦なかった。攻撃目標には国際宇宙ステーションも、月探査基地も含まれていた。ステーションの飛行士たちは、爆発というよりも空気を失って亡くなったし、地上の人々は閃光によって地上でも起きていることが宇宙でも起こっていることを知った。

 資料の中には地上の人々を写したものもあった。熱傷で焼けこげ、服なのか垂れ下がった皮膚なのかわからないものを身に着けて道に横たわる人、爆風で跡形もなくなった建物、そして弟を抱えて泣く少女の姿があった。

 一方で、都市は中性子爆弾によって攻撃され、建物はきれいなままだった。中の人間たちだけが失われた。地球に戻ったときに自分たちが利用するためだ。

 僕はもう、資料画像のいくつかをまともに見ることができなかった。

 そしていつの間にか、自分の頬が濡れていることに気が付いた。怜が『はじめの人たち』じゃないことを、初めて心から祈った。


『はじめの人たち』は裏切り者じゃない。もっとひどい敵だった。『火星開拓団』が火星についたとき、なぜ『はじめの人たち』と激しい戦争になり、地球政府も『開拓団』を応援したのか、はじめて心で理解した。


 そしてそのときに地球を救ったのが温暖化解析のために開発中だったAIホサナだ。ホサナは『はじめの人たち』が仕掛けた攻撃プログラムを途中から解除することに成功した。けれどそのときまでに地球上の半分の都市が灰燼かいじんに帰していた。次にホサナが下した判断は皮肉にも、核廃棄物を埋めるための施設を人間のシェルターにすることだった。ホサナはそして、地下抗で人間が長く生き延びるための農工業の手法を生み出した。(それをいまでも火星で僕たちが使っているってわけだ)


 資料の中には、『開拓団』と『はじめの人たち』の戦争の様子も保存されていた。そしてそうだ、『はじめの人たち』は地上で宇宙線防護服を身に着けていなかった。彼らは火星で特殊な金属紗を宇宙線防護服がわりに生み出していた。それはあのとき……ときが身に着けていた銀色の布だった。彼らは長い『地球政府センター』、『開拓団』との戦いをへて、カセイ峡谷へと追いやられていた。


 そして、つまり、怜は『はじめの人々』だった。

 怜の笑顔が浮かんだ。

 運命とはなんて残酷なことをするのだろう。


今回、原爆を想起させる表現を用いるにあたって、これでいいのかとても悩みました。

創作でしか表現できないことか、この表現で不快になる方もいるのではないか、意図しない効果を生み出すのではないか。何周も何周も考えましたが、いまはこれでアップすることにしました。2020年6月

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