【一週間まとめ読み用-9】
僕:亘平(亘平) センターに秘密で猫のジーナを飼っているサラリーマン。鉱物採掘会社で働いてる
怜:地上で出会った謎の美女『はじめの人たち』?
仁さん:開拓団のモグリの医者
とにかく僕はその日、会社から少し離れたところにある資料室に向かうことにした。必要なのは、毎日そこに入り浸るそれらしい理由と、それから資料室のデータが見られるアクセス権だ。それで、上司にこう言った。
「部長、廃棄物の再利用の件で、ちょっとアイディアがあるのですが……」
僕は会社の中ではとにかく平凡を極める社員だったので、自分からアイディアをもっていったことなどほぼなかった。それで、部長はしばらく視線をさまよわせ、ようやく思い出したようにこう言った。
「うん、君は……。生産管理課の……ね。うん、なんだろうか?」
僕は思いつくかぎりの『出来そうな男の顔』をして、生産データの表を部長に渡して言った。
「これ、生成過程でマンガンと鉄が余ってるので、フェライトコアを作って売ることを提案したいと思いまして」
だけど、部長は僕の顔をもう見ようとはしなかった。
「マンガンは関連会社におろしてるだろ」
部長が興味なさそうにそういうので、僕はさらに熱心な社員を演じざるを得なくなった。
「いえ、実は僕もいろいろ市場調査をしていて……開拓団地域で電力がたりないので、フェライトコアの需要があるらしいんです。それで、しばらく開拓団のひとたちに話を聞いたら、たしかに古い機械なんかもうたくさん寿命がきてるみたいで。発電以外にもコアなら使い道がたくさんあります。それで、うちの会社が自前で作った場合……」
部長は自分の角ばったあごを両手でマッサージするようにさすった。『火星世代』にとって新しいことはとにかく面倒なのだ。僕もそうだったから責めることはできない。しょうがないので、僕は『火星世代』の切り札を出した。
「僕もそろそろ……ドームの夢が見たいので」
そこでようやく、部長は顔を上げてもういちど僕の顔を見た! 地上にあるドームには『センター』が子猫を与えた家庭しか住むことができない。つまり、ドームの夢とは、『火星世代』が家庭を持ちたいときに使う言葉だ。
僕のもくろみはうまくいった。つまり前も話したけど、部長の家はむかし『センター』からの子猫を育てたことがある。部長にとっては僕の夢は説得力があったらしい。
「うん……そうか、そういうことか、そりゃそうか」
部長はそのほかの詳しいことを聞かなかった。そして僕には資料室に自由に近づく権利が与えられたというわけさ。
僕はさっそく資料室への鍵をもらってコミューター(この場合は僕の会社のもってる少人数モノレールみたいなやつだ)に乗り込んだ。会社から資料室まではコミューターが通っている。このラインは会社の見学者のために特別に屋根が透明で、トンネルにも明るい照明が取り付けられているんだけど、そのおかげで赤い縞もようの地層のなかを走っているのがわかるんだ。
その赤い縞模様は火星が意外と波乱万丈だったってことを教えてくれるんだ。つまり、太古の昔にはこの火星にも海ってものがあって、火山がドカンドカン噴火していて(ちなみに火星のオリンポス山は高さ27000メートルの太陽系最大の火山だ)、山や川があった。地球みたいに恐竜はいなかったけど、それでもそんな時代があったなんて不思議だろう?
コミューターはやがて火星の大地にできた赤い谷のすきまに出る。そして、曲がりくねった谷の上に火星のむらさき色の空が現れる。空が青くないのかって……? 人間が火星に来るまでは空は赤かったんだよ。でも、人間がせっせと『空気』らしきものを作ったから、ほんの少し青くなった。地球がぜいたくに持っている『青』という色は、命の惑星のあかしなんだよ、それは間違いなく、ね。
そして赤い縞もようの谷を抜けたときに見える、巨大な峡谷は見学者たちを圧倒する。風によって削られた何本もの巨大な針が、空に向かって突き立っている。針の先はいまにも折れて転がり落ちてきそうだ。
そうだ、人間はこの赤い星でまるで小さなバクテリアみたいに寄り添って生きているけど、火星というのは、本当は生き物に無慈悲な砂漠なんだ。
そしてコミューターは博物館につく。……資料室じゃなくて、博物館にね。
……君たちの生きている地球では、博物館はきっとたくさんあるんだろう? 火星ではそれほど大きな博物館はない。そもそも火星には歴史がそんなにないから当たり前だよね。でも実は、僕の会社『グンシン』(ローマ神話の軍神マーズにちなんだ名前だ)は小さな科学博物館を持っている。そのほとんどが火星の地理なんかに関係する展示だ。ほかに博物館を持ってる会社はないから、よく子供たちの見学コースにはうちの会社が組み込まれている。
そして博物館の資料庫に会社の資料室もあるというわけさ。
僕が資料室についたとき、僕は案内受付(博物館と共通だ)がとても若い女性に変わっていることに気が付いた。いつもはとても丁寧な、物腰のやわらかな男性がいたはずだ。僕が火星の生産データの使用許可をもらいたいというと、その女性は感じよく僕に笑いかけた。
「アクセス許可がいつもですと三級になりますが、今回は生産部長より二級で承っております、お間違いありませんか?」
「はい、しばらくは二級でアクセス許可をもらえる予定です。……受付の方は変わったんですか?」
僕が何気なくそう聞くと、その女性は首を振って鈴の鳴るようなきれいな声でこう言った。
「わたし、部署は違うけど三時間ぐらい代わりを任されたんです。槙田さん本部に急ぎの資料で」
そうだ、いつもの受付は槙田さんだった。女性のネームプレートには「冠城珠ゝ(かぶらぎすず)」と書かれていた。
「そうだ、わたしももう少しで出てしまうので、受付に誰もいなくなります。今日は見学者がいないからいいんだけれど……もし何かお困りでしたら、直接連絡をもらえますか?」
そういうと、彼女はすっとビジネスリングを取り出した。ほっそりした腕に、最新式の、高級そうなリングだった。そして、僕はと言えば怜のアンティークのリングが思い出されて切なくなった。こんど会う約束すらしてない。
「どうしました?」
僕がリングを見つめたまま一瞬、動きが止まったのを見て、冠城さんは僕をいぶかし気に覗き込んだ。……実際は覗き込んだのではなく、たまたま背丈の関係からそうなったのだけれど、僕は少し戸惑って自分のぼろぼろのビジネスリングとともに腕を差し出した。
IDが自動的に交換され、連絡できるようになった。冠城さんはにっこりと感じの良い笑顔を僕に向け、僕もにっこりと返した。
そこで僕は冠城さんがとても可愛らしい人だということに気が付いた。彼女は緩やかにウェーブする髪を肩までおろし、ほっそりした体に地球ブルーのシンプルで上品な博物館の制服を身にまとっていた。
もし同じ格好を怜がしていたとしたら、僕はちょっと意外に思うだろう。考えてみれば怜はいつだって動きやすい服装をしていた。もちろん、何を着たって似合うだろうけど、こういう可愛らしい服装をもし怜がしていたら……いや、僕は何を考えているんだろうか。
僕はどうやら冠城さんを不躾に眺めていたらしく、彼女はちょっと困惑気味に僕の顔を見た。僕はあわてて彼女に言った。
「いや、その制服がお似合いだな、と。あの、じゃ、これで」
僕は資料室へと向かい、冠城さんはあわてて顔を隠すようにかすかに会釈した。
僕は資料室でとにかくまず開拓団の歴史から調べることにした。開拓団のために製品を作るのだから、それが一番いろいろ疑われずに済むだろう。
いま僕たちは3020年に生きているけど、『開拓団』がやってきたのは23世紀末ぐらいで、『はじめの人たち』と大戦争になった。『はじめの人たち』はだから、もし生き残っているならもう千年近く火星の赤い大地で暮らしてきたわけだ。かといって、『開拓団』の暮らしも楽だったわけではない。23世紀にはまだ火星航路はそれほど発達していなかったし、船も遅かった。
地球政府と開拓団がどんな関係だったかって……? 『はじめの人たち』がエリートの地球脱出だったなら、開拓団は基本的には地球で暮らしにくくなった人たちの移民団だった。『開拓団』はだから、本当は地球のセンターの力を借りるのを嫌がったみたいなんだ。
会社の資料には、そのころ『開拓団』が酸素を得るために、赤土から鉄を取り出しはじめたことが書かれていた。(火星の赤い土は赤サビだから、酸素と鉄がたくさんとれるってわけさ)
そして、彼らはもう一方の鉄を使って、最初の地下都市を作り始めた。
最初の地下都市は、アリの巣のような、大きな空間が通路で結ばれているようなかたちだ。火星の地下都市には大きく二つのパターンがあって、僕たち『火星世代』は、高度にシステム化された鋼鉄都市にコンパートメントが並んでいるような形をしている。でも一つのポートを挟んだだけで、開拓団の地域は、大きな空間に、灰色のビルのような建物が並んでいるんだ。
つまり、火星の都市の発展がそこでも見られるってわけだね。
僕は会社の帰りにまた『かわます亭』に寄った。マスターはもうそれほど怒っていなかった。少しだけ、怜が来ていないか期待したけれど、そこにいたのは仁さんだけだった。
「あれ、鳴子さんたちは今日はどうしたんだい?」
僕がそういうと、仁さんは酒瓶に手をかけながらこう言った。
「今日は二人で連れ立って用事があるとさ」
仁さんは(モグリの)医者だということもあって、普段は深酒もしないのだけど、いつもより無口なせいで、僕は仁さんがけっこう飲んでいることに気が付いた。
「珍しいね、仁さんも遥さんのようにいけるクチだって知らなかったよ」
「あの女はバケモンだよ」
仁さんは細い目をさらに細くしてそう答えた。どうやら、今日の鳴子さんたちには何か事情があるらしかった。でも、僕は深入りしないことにした。そういうところも彼らに気に入られている理由だと知っているからだ。
「あれから怜はここに来たかい?」
僕がそう聞くと、仁さんは首をふった。怜はふらりとここへやってきたり、急に現れなくなったりする。もしかして、ほんとうに単に開拓団が気に入っただけではないのだろうか。僕は怜のことを調べてどうしようというのか。
仁さんと他愛ないはなしを十分ほどしたあと、事件は起こった。『かわます亭』に男があわてた様子で飛び込んできて、仁さんに耳打ちしている。仁さんは二三度うなずくと、出口へむかって歩き出そうとしたが、よろめいた。
「飲んだくれてちゃ困るぜ先生……」
男は焦っているのか、僕の腕を引っ張って言った。
「あんたよく見かけるな……。理由はわからんが、先生と仲がいいんだろう? こっちはケガ人が危ないんだ。手を貸せよ」
僕は言われるままに男と仁さんを挟んでかつぎ、仁さんの診療所まで連れて行った。仁さんの診療所は表からは分らないようになっている。つまり、遥さんの工場の路地に隠れるようにして入り口があるんだ。モグリの医者だから仕方ないよね。
入り口にはもうすでに5、6人の男が集まっていて、そのうちの一人が足を引きずってうめき声をあげていた。
診療所につくと、仁さんは「だいじょうぶ、大丈夫」と言うなり、別室によろよろと入って行った。そして(たぶん体にはよくない方法で)酔いをさましてもどると、いくぶんかしゃっきりした顔で診察台に寝かされた男と向き合った。誰かが戸口付近で『江里さんはどこいったんだい先生』と声を上げるのが聞こえたけれど、仁さんは全くの無視で
「手当して何分だ?」
と大声で聞いた。最初に酒場に駆け込んできた男が
「三十分も経っちゃいねえよ」
と返し、仁さんは次に僕にこう言った。
「亘平さん、悪いが言うとおりに戸棚から薬を出してくれないか」
男は痛みが増してきたのか、額に脂汗をにじませて、両手で足をつかんでうんうん唸っている。ちらっと見る限り、足に傷ができて大量に血がにじんでいるようだった。男の足は幅の広いヒモと、ヒモをねじるための棒きれで止血をされていた。
「銃創は入り口は小さいが出口が問題なんだ」
仁さんはそういうと、僕に手伝うように言って男を横向きにした。男の傷は裏側の方が大きく開いて、採掘場でのケガを何度か見ている僕でも、もう少しで気分が悪くなるところだった。
仁さんは僕に戸棚の引き出しから一番小さな茶色の瓶を取り出すように言うと、それを男の足に大きな注射器で注射しながら全員にこう言った。
「創を撮るからみんな部屋から出てくれ」
僕以外の人間は部屋からいっとき出され、僕と仁さんは男が足を抱えないように力ずくで抑えた。天井から下がっていた照明のようなものを使って撮影にかかったのは数秒で、仁さんがスイッチを切り替えると、男の足に血管のようなものが浮かび上がった。
「……骨はきれいだ。大きな血管は避けたな。おやっさん、あんた運がいいぞ」
男の顔に一瞬安堵の表情が浮かんだ。僕が仁さんに言われた通り別の小瓶を取り出し、その小瓶の中身を注射すると、男はしばらくのうちに大きく息をして、唸るのをやめた。
「先生、頼むぜ、上物のネコカインを都合するからよ」
男は息が楽になった途端、上機嫌でそう言った。仁さんは僕に相手にしないようにジェスチャーで伝えると、ズボンを大きなハサミで切り始めた。
仁さんと僕は、男のズボンを切って開くと、傷口の消毒と洗浄を二回ほど繰り返した。
男はそのあいだじゅう、ネコカインがどうとか、金属紗がどうとか言っていたけどそのうち薬の効果もあるのか、眠り込んでしまった。
男の傷口はふさがれて、仁さんは戸口で待つ男たちのところへ状況を伝えに言った。そして戻ってくると
「かみさんが連れに来るってさ」
というと僕に診察台の横の椅子に座るように促した。
「どうだいこれが『開拓団』だよ! 上物をめぐってドンパチは日常さ」
仁さんはそういうと、どこからかまた酒瓶をもってきてグラスを僕にも押し付けた。
「仁さん、飲みすぎじゃ……」
僕が控えめにたしなめると、仁さんはいつになく投げやりに、そして僕を据わった目で見つめながら言った。
「君はつまらんこと言うなあ……! でもどう思う、亘平さん」
「どう思う……って」
「俺の知る限り、ヤクにいいヤクなんてないぜ。いいか、ここではネコカインのために人が死ぬんだよ! わかるかい、その意味が」
僕はぎょっとして仁さんを見た。仁さんはさらにグラスをあおった。
この一週間、イラストや感想やレビューをいただき、本当にはげみになりました。
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