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【一週間まとめ読み用-8】

僕 亘平こうへい:火星の平凡なサラリーマン

ジーナ:僕がセンターに秘密で飼っている猫(家出中)

とき:地上で出会った謎の美女 なぜかよく会う

鳴子なるこさん:なにかと頼れる開拓団の占い師

はるかさん:鳴子の双子の姉 エンジニア

じんさん:遥の息子 モグリの医者

 鳴子さんたち全員が僕の家に入ると、さすがに僕の家はせまく感じた。僕は全員にとりあえず飲み物を出そうと思ったが、開拓団では他人のテリトリーにあまり気を使わないらしく、てんで勝手にキッチンを探索してお茶を入れて飲み始めた。


「それで、あんたどうやってジーナを探すつもりだい」


 遥さんは怜にマグカップを渡しながら聞いた。


 怜は真鍮色のビジネスリング(いつも身に着けているやつだ)を机の上に置くと、ボタンを押して地図を表示した。地図は沢山の点が繋がっていて、そこから枝が伸びているような……たとえはよくないけど、まるでカビの菌糸みたいに見えた。


「通気口の地図よ。この点が地上の大気調整池まで伸びているダクト。枝は各ポートに伸びている末梢通風孔。ジーナの毛がみつかったのはこの赤く塗ったところね。で、これだけど」


 そういうと、怜はポケットから小さな鼠色のものを取り出した。そしてそれは実際、ネズミのおもちゃだった。


「これ、むかし地球で大量に作られたおもちゃなのだけど、ネコはこれを見ると耐えられないのよ!」


 鳴子さんは腕を組みながら言った。


「こんなおもちゃが何の役に立つっていうんだい」


「まあ見てて!」


 怜はそういうと、ネズミを床において走らせた。ネズミは床を縦横無尽に駆け回り、やがて怜のところに戻ってきた。


「私の持っているスイッチのところまで戻ってくる仕組み。けさ、わたしはこの赤いルートに何個か仕掛けてきたわけ。そして、この家の近くの通路でスイッチを押せば、ネズミはジーナを連れて戻ってくるってわけ!」


 遥さんは、ふーん、と感心したように大きくうなずいた。


「ジーナは確かにこういうのが好きだったけどね。なるほど、ネズミのどれかに当たればそれを追いかけてこの家の近くまで来るって算段かい」


 怜はうなずいて僕をふりかえると言った。


「でも、最後は……亘平こうへいさんが捕まえなきゃだめよ」


 僕はその意味を何重にもわかっていた。ジーナはなぜ僕から逃げたのだろう。ジーナは僕のところに帰ってきてくれるだろうか。


「じゃあ、とにかく潜り込めそうな通風孔を探しましょ! ジーナの好きなごはんも、一応もってきてね」


 こうなると、人数が多いのは正解だった。通風孔に潜り込むのには見張がいる方が助かるからだ。僕たちはコンパートメントが連なる細い通路から、駅の方に向かう少し大きな通路に出た。夕方だったのでまだ人通りがあり、人工灯がうす暗くなるまで少し待たなければならなかった。

 細い通路には下の方に小さな通風孔(ジーナが潜り抜けられるぐらいのね)しかなかったが、通りには上の方に人間が潜り抜けられそうな大きな通風孔が10メートルごとに設置されていた。

 背の高い仁さんが何個か通風孔の格子をゆすってみて、いちばん外れそうな場所を探した。そして人通りが無くなったのを見計らって、一気に取り外しにかかった。

 格子が外れると、怜は僕の肩に手をかけてまるで鳥のように身軽に通風孔の中へ飛び入った。僕はそれにすぐさま続くはずだったけれど、中まで全身は飛び上がれずに怜に引っ張ってもらってようやく登り切った。

 通気口から一メートルほど横穴になっていて、そのあとは大きなホールのような場所に出た。怜は僕に懐中電灯のようなものを投げてよこした。僕たちは通風孔から横穴を通るときに埃だらけになっていて、思わずかおを見合わせて笑った。

 地上までつながる立て坑がところどころ光を投げかけていたけれど、やはりかなり暗かった。目が慣れるまでしばらく僕たちはそこで待った。


「ジーナはなぜ逃げたの?」


 怜は手の中で光をもてあそびながら僕に聞いた。僕は首をふってわからないと答えた。


「目が慣れたら、スイッチを入れるわよ。ジーナが素直に捕まってくれればいいけど、逃げたらお互いの合図で鳴子さんのいる通風孔に追い込みましょ」


 僕は素直に言った。


「ジーナのために、ありがとう怜さん……」


「怜でいいわよ」


 怜は機嫌よくそういうと、そろそろだ、というように立ち上がった。


「じゃあ僕も亘平で!」


 怜はうなずくと、スイッチを暗闇に向かってかざした。


「じゃ、スイッチをいれるわよ!」


 怜はそういうと、手元のスイッチをオンにした。


 シーンと静まり返った中に、数分をかけて少しずつ音が響き始めた。やがて数個しかけたうちの一番ちかくのネズミが僕たちのところに戻ってきた。ネズミの他に気配はない。

 そしてもう数分。二個目が帰ってきた。


「仕掛けたのは何個だっけ」


 僕がそう聞くと、怜は八個だと答えた。


 ……三つ目。やはり気配はない。それから十分のうちに六つまで帰ってきた。近くのネズミから帰ってくるはずだから、それだけジーナは遠くに行ったということだ。

 ネズミの他に気配を感じたのは、七個目の時だった。そもそもそいつは足音がしないから聞こえなかったけれど、暗闇の中にさらに濃い影が走ったのが見えた。


「ジーナ!!」


 僕がそう叫ぶと、影は一瞬とまって、でもすぐにランダムに方向を変えるネズミを追いかけ続けた。僕は手に持っていたライトをズボンの腰に固定すると、気配の方向へ走った。怜はさけんだ。


「亘平! スイッチを鳴子さんのいる通風路に置くわ!」


 そして怜も気配のする方向へ先回りするように走った。懐中電灯の明かりでは、何もはっきりとは見えなかった。ただネズミの走る音、追いかける黒い気配、そして走り回る二人に取り付けられた、やみくもに乱れ飛ぶ二本の光の筋。


「ジーナ、聞いてくれ。僕が何をしたかわからないけど、本当にごめん。ジーナ、おいで。家に帰ろう」


 僕は必死で話しかけた。でも黒い影はまったく止まらなかった。ほんとうにジーナなんだろうか? 僕が息を切らして一瞬立ち止まったとき、怜がうまい具合に帰ってきた八個目のネズミを見つけて、何か細工をほどこして僕に手渡した。


 僕は気配のする方向にそのネズミを走らせた。ネズミは途中から円を描く様に走りはじめ、影はしばらくそのネズミを追いかけたあと、ついに狙いを定めて飛びかかった!


「いまよ! 捕まえて!」


 怜がそう叫ぶのと同時に僕はネズミをくわえた影を両腕で抱きかかえた。それはちょうど一抱えあるくらいで、そしてあらん限りの力で爪を僕の腕に食い込ませていた。おそるおそる腕の中を見ると、その生き物はネズミを歯をむき出しにしてくわえながら、フーフー唸っている。

 僕にはジーナかどうかとっさにはわからなかった。けれど、その首には確かに翻訳機のようなものが付いていたのだ!

 僕はジーナ、ジーナ、と優しく呼びかけた。最初は何の反応もなかったけれど、僕が爪の痛みに耐えてジーナの足を支えるように持ち上げると、逆立った毛が少しずつ落ち着いて、やがてただの猫にもどった。


「……ぱっぱにゅ」


 翻訳機からジーナの声がした。


「ジーナ、もう大丈夫だよ。家に帰ろう」


 僕はジーナの肩に顔をうずめた。ジーナのにおいがした。そしてなんて……埃っぽかったことだろう。涙が出そうになるのをこらえて、僕は怜のほうに向きなおった。


 そしてそれはとつぜん視界に入ってきた。怜の豊かな胸とあでやかな肢体の幻影だ。そう、怜は走り回るためにとっかかりのない金属紗のコートの中、あろうことか胸元にライトを固定していた。『火星世代』なら普段はコートが内側から透けないように気を付けるけれど、暗闇の中ではどうなるか、怜はたぶん知らなかったのだ。


「怜さん、怜さん、ライト!!!」


 僕は思わず叫び、怜は機嫌よくこちらに近づき、ジーナはなぜかまた毛を逆立てて僕の顔面によじ登った。


「怜でいいわよ。ジーナが見つかってよかったわね……でもご機嫌斜め……」


 僕は怜の笑い声を少し憎たらしく思った。


「……怜、ライトの位置がまずいんじゃないかな」


 顔に張り付いたジーナのお腹の向こうから、小さな悲鳴が聞こえた。そして僕は何も悪いことをしていないにもかかわらず怜の信頼を失い、通路を出るときも後ろからせっつかれた。


 家に戻ると、ジーナはご飯を勢いよく食べた。やはりお腹を空かせていたのだろう。そして、仁さんはジーナが僕に爪でつけた傷を消毒してくれた。


「まさか亘平のほうが医者を必要とするとはね。しかし腕はともかく、なんで顔にまで傷ができるのかねえ……」


 仁さんはあきれたようにつぶやき、僕はしみる傷を我慢した。ジーナが帰ってきてくれたことを思えば、何のことはなかった。


「そうだこれ、ジーナにあげるわ」


 怜はそういうと、ネズミのおもちゃを一つ僕に手渡した。


「そういえば、八個目のネズミはどうやって回転させたんだい」


 僕がそういうと、怜はひとまとめにして肩にかけている自分の髪を指さした。


「片側の車輪に絡めただけ」


 つまり、片側の車輪の速度が落ちて、ネズミはスイッチのところへは戻らずにその場でぐるぐるまわった、というわけだった。機転が利くというのはこういうことを言うのだろう。


「それはそうと、ジーナが家出した理由は分かったのかい?」


 鳴子さんはジーナに目をやりながら僕に聞いた。


「いや……お腹がたくさんになって、機嫌が直ったら聞くよ」


 僕がそういうと、鳴子さんはあきれ気味にこう言った。


「そんなに悠長なこと言ってていいのかね? ジーナ、いいのかい」


「ぱっぱ嫌いにょ」


 ジーナはご飯の皿から顔を上げずにこう言った。僕は困り果てて鳴子さんを見ると、鳴子さんはなぜか遥さんと話がはずんでいる怜の方に目をやった。


「……亘平……ほんとにお前ってやつは鈍感だねえ……。ジーナ、おまえなんでこの家から逃げ出したんだい? まだ怒ってるんだろう……?」


 ジーナは無言でミルクのついた顔を洗うと、前足をそろえて正座した。(猫が背筋をのばして尻尾をきちっと前足の上にのせる、あの毅然としたポーズだ)


「ジーナ、まだ怒ってるのかい……?」


 僕が恐る恐るジーナにそう聞くと、ジーナは大きな鳴き声でこう言った。


「ぱっぱ、さいきん、ジーナとあそばないにゃ。ジーナより『とき』が好きにゅ! 『とき』のほうがジーナより大切にょ!」


「うーわ!」


 僕は思わず無意識に声を出し、鳴子さんは肩をすくめ、仁さんはなぜか嬉しそうにニコニコし、遥さんは豪快に笑いだした。そして、怜は苦虫をかみつぶしたような……僕の心をえぐるような困惑した態度を示していた。


「ジー、ジーナ。僕はジーナが大好きだよ。怜は大切な友達だ」


 僕がジーナを抱きかかえながらそういうと、ジーナは何も言わずに僕の懐に頭を突っ込んだ。隙間からのぞいたぺったんこになった耳が、ゴロゴロとかすかにふるえていた。


 みんなが帰ったあと、もうこの間ほどの孤独は僕を襲わなかった。


「ジーナ、僕の金色お月さん」


 僕はいつも通りそう言いながらジーナの背中を撫で、ジーナはお腹の上でくつろぎ、子猫のころのような部屋中に響く喉の音で僕はこの上なく幸せに眠ることができた。


挿絵(By みてみん)

ロジーヌ様より(@rosine753)


  ***



 21世紀の君たちは、どんな風に生きているんだろう。僕は平凡なサラリーマンだけど、きっと君たちにも僕みたいな悩みがあったんだろうね……。

 僕はほんとうに平凡な『火星世代』だけど、ひとつ平均的でないことがある。それは、僕には母親がいないってことだ。ものごころついたときは、すでに父ひとり、子一人だった。母の話は家庭ではタブーだった。生きているか死んでいるかもよくわからない。ただ、父親にとっては母はもうすでに『どこにもいない』存在だったと思うし、僕もそんな風にふるまっていた。


 でももともと火星では家族のつながりは強い方ではないし、それを気にしたことはほとんどなかったけどね。


 だけど、つまり、何が言いたいかといえば僕は女性の気持ちにかなり鈍感なんだと思う。鈍感というか……正直まったくわからない。


 あれから僕はジーナの機嫌を損ねないように、会社の資料室をつかって『はじめの人たち』のことを調べることにした。……僕の会社がイリジウムの採掘会社だという話はしたね。イリジウムというのは珍しい金属の一つで、プラチナみたいに白くて、とんでもなく重たい。他の金属と混ぜ合わせて、耐熱温度を上げるために使うんだ。


 どういうことかって? 例えば、このあいだ鳴子さんが遥さんに借りようとした『犬』だ。『犬』は武器も備えている四足歩行ロボットだと言ったよね? その武器はレーザー銃だけど、銃口にはイリジウムが使われている。瞬時に高熱になるからだ。


 で、イリジウムがどれだけ貴重かといえば、地球なら金の値段の数千倍はするって話だからすごいよね。火星ではそこまで高くないけど、恋人にイリジウムの指輪をあげるひともいるよ。重たいからそんなに実用的ではないけどね。


 火星でとれたイリジウムは、『センター』が支配する地域に輸出もされている。だから、『センター』はイリジウムの管理にはとても熱心なんだ。僕たちも、『センター』を守る重要な任務だと思えば胸が熱くなるものなんだよ……。


 そういうわけで、僕の会社には火星でどんな風にイリジウムが発見されて、そしてどんな風に『センター』によって発掘され、管理されるようになったかの資料が保管されているというわけさ。でも、みんなが見られるデータじゃない。


 幸い、生産データは資料室の隣の部屋に保管されているから、僕は物理的には難なく資料室に近づくことができる。問題はアクセス権だった。

 イリジウムの取引データは『センター』と深くかかわるから、資料室のほうに厳重に保管されているんだ。


ジーナの名はまあ……紅の豚のヒロインからもらいました。でもいつの間にかピノコ化してた。


お読みいただき本当にありがとうございます!

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