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第三十四話 縞々をさがせ-9

 翌朝、僕は鏡の中の自分を見た。

 まじまじと見るのはもう何年ぶりだろう。そこにはいつの間にか『学生ではない』自分がいた。

 とすると、まさか鏡をじっくり見たのは学生以来だろうか?


 歯ブラシをくわえたまま、僕はしばし考え込んだ。

 顔を洗ってその流れで髭を剃り、タオルで拭くと、そのままボサボサの髪の毛を軽く整えた。

 確かに僕はとびぬけた美男子ではなかった。けれど、それほどひどい顔立ちでもない。

 とはいえ、ひどい顔立ちというのを僕はそもそも見たことがないけどね。


 ネコカインがすべての幸福や自己肯定感を約束してくれるこの世界において、ひねくれた顔立ちとか、不幸を背負った顔立ち、なんてものはもう存在しないのだ。


 僕のとなりに、ときの美しい顔を想像で並べてみる。

 女らしい丸く整った額、すっと通った鼻筋に力強いあの瞳。

 怜の黒い瞳は神秘的だ。

 ときに晴れやかで、だいたいにおいて気まぐれであり、すぐに冷たくなり、ほんの少し愁いをおびている。

 火星の気候そっくりだ。


 それに比べたら、僕の顔のなんと『つまらない』ことだろう。

 毎日、コミューター(火星の電車のようなもの)に乗って会社に行き、地面を掘り返すマシンの監視や生産の調整をして、時間になれば家に帰るだけだ。


 ジーナが来るまでは、自分が一人だということにすら気が付かなかった。

 だけど、たぶんジーナがやってきて、心の扉の隙間から、寂しさが金色の目をしてするりと入り込んだのだ。

 僕は鏡の中の自分をもう一度見た。

 その顔は少し疲れていた。

 自分がたぶん「悲しい」のだと感じた。そして、そのことに驚いた。


 この世界でけれど「悲しさ」なんてなんでもない。

 ……会社に言えば、一時的にネコカインの支給が増量されるだろう、たったそれぐらいのことだ。


 怜との待ち合わせの時間まで、僕は会社でいつもの通り働いた。

 体調チェックのとき、ネコカインの増量を申し出ることもなかった。

 そうだ、僕はジーナが帰ってくるまで自分の中の悲しさを消そうとは思わなかった。


 その夕方、僕は第四ポート駅で降りて、『かわます亭』に向かった。

『かわます亭』にはなんとすでに怜と鳴子さんと仁さん、そして遥さんまでが集まって、先にワイワイやっていた。

 怜は今日はまったくの火星世代風だった。

 つまり金属紗の上着の下にクロップシャツとミニ丈のズボンで、センターほど冷たくはなく、開拓団ほど温かくもなく、という感じだ。

 ふだん見慣れた格好でも、怜だと何か特別な感じがした。


猫はいつの間にか足元をすり抜けている

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