【一週間まとめ読み用-6】
ジーナ センターに秘密で飼っている僕の猫
鳴子さん ジーナのことでお世話になってる占い師
遥さん ジーナのことでお世話になってる占い師の姉
怜 地上で出会った謎の美女
そのころジーナはどうしてたかって? ジーナはもう家で留守番をするようになってたよ。ひとりでね。ひとり暮らしだったころ、僕の家はこのうえなく殺風景だったんだけど、ジーナが来てからは少し変わった。
ジーナが遊んでも大丈夫なようにちょっとした人口草原(猫に無害な草を植えてね)を部屋の片隅に作ったり、あとはちょっと高かったけど、爪とぎ用に籐製の椅子を買ったりした。火星では木製のものってとても高級なんだ。でも、藤のツルでつくった家具は少しマシだから、それを開拓団の店で買ったよ。
もうそのころには僕は火星世代の同僚なんかとはほとんど出歩かないで、開拓団のたまり場にばかり行くようになっていた。ジーナは遥さんになついていたし、遥さんもまんざらじゃないようだった。それに、遥さんがバイクを整備してくれなければ、僕はジーナを日光浴に地上に連れていけなかったしね。
ジーナが僕のところにやってきて……怜が僕の前に現れて……、僕はたぶん少し変わり始めていた。それは、自分がそこにあるとすら知らなかった、大きな扉が少しずつ開いていくような感じだ。でもそれは、とんでもない事件のきっかけでもあった。
その日、僕はあさおきてすぐに、いつも通りに洗面所に向かった。いつもだとジーナは洗面台に流れる水を見に飛び起きてくるんだけど、その日はこなかった。それで隣の部屋をのぞくと、藤の椅子で丸くなっていた。
「ジーナ、どうした?」
「……」
ジーナが返事をしなかったので、僕はジーナの背中を撫でようとした。そうしたら、ジーナが毛を逆立てて怒るんだ。
「さわんにゃいね!」
僕は心配になってジーナの顔を覗き込んだ。
「どうした、具合悪いなら仁さんとこに行こうか……?」
「ぱっぱ嫌いにゅ」
どうやらジーナはものすごくスネているみたいだった。僕は原因が思いつかないので困ったけれど、すぐに会社に行く時間になってしまった。
その日は出先からの直帰(会社に寄らずに家に直接帰ること)で、いつもより少し早かった。お土産にジーナの好きなイタチ用のスナックを買って、開拓団の酒場にもよらずに急いで帰った。
玄関を入ると、いつもジーナは出迎えてくれるのだけれど、その日は違った。僕が部屋をのぞくと、ジーナは出かけたときのまま、藤の椅子に顔も上げずに丸まっていた。
僕は何も言わないでジーナの横に座って、ジーナの耳を触った。熱が出ていると熱くなるからね。でも、ジーナの耳はジーナの態度以上に冷たかった。
ジーナがじっとりとスネているので、僕はしかたなく自分の食事をさっさと済ませて、調べ物をすることにした。火星開拓団の前に火星にたどり着いた、『はじめの人たち』に関する情報を探そうとね。怜がほんとうに『彼ら』の一人ならば。
このあいだ、センターが『はじめの人たち』のことをひた隠しにしていると言ったね。なぜセンターが彼らのことを隠さなきゃいけないのか、僕にとってはそれが疑問だった。確かに『開拓団』の人たちは、『火星世代』やセンターを『気取っている』と嫌ってはいる。でもそれでも遥さんのようにセンターで働くひともいれば、商売はセンターとも自由に行っているんだ。特に『開拓団』は肉体労働や、メカニックの技術を売りにしている。彼らに言わせれば『火星世代』は軟弱すぎるんだそうだ。僕もよくからかわれるけど、実際は仁さんとそう変わらないと思うんだけどね……。
『火星世代』はまあ、21世紀で言うなら事務労働が多い。センターから降りてきた仕事の管理だったり、営業だったり、生産の管理だったり。たいていがコンピューターとにらめっこの仕事だ。
それで、たぶん21世紀の君たちにはそもそも『センター』が理解しにくいとは思うんだ。センターの中央指令室は地球にあって、火星にあるのは火星支部だ。地球はとても強力に守られている。地球と自由に行き来することのできる人間はセンターの火星支部で働いている人たちだけで、普通の『火星世代』や『開拓団』の人たちは厳重な審査でビザをもらえるかどうか決まる。
猫たちへの忠誠心が大切なんだ。だけど、どうしてそんなに厳重にやらなくちゃならないかはわからないよね。みんなネコカインが必要なんだから。でも、『はじめの人たち』はどうやってネコカインを手に入れているのだろう……。
僕はそんなことを考えながら、自分のコンピューターで開拓団の歴史を調べ始めていた。ちなみに僕のこどものころは歴史はずっと赤点だった。正直いって、自分が生まれてもいないむかしに、誰がどうしたとかいう事には興味が持てなかったからね。
でも、いきなり『はじめの人たち』について調べるのはハードルが高すぎる。だって、すべてのコンピューターは検閲されているからね。センターへの忠誠心を疑われるのはマズい。
そもそも、怜のことがなぜこんなに気になるんだろう……もし彼女が『はじめの人たち』だったら、僕にとっては危険なことなんだろうか。もう調べない方がいいのだろうか。
そんなことを考えていたら、いつの間にかジーナがコンピューターの横で僕をじっと見つめていた。
「ごはんにしよう、今日はおやつもあるぞ」
僕がそういうと、ジーナは僕をじっと見つめながら、机の上のマグカップをそっと床に落とした。もちろん、マグカップは派手に割れて、しかもジーナはこれみよがしにゴロゴロと機嫌よくノドを鳴らした。
「ジーナ!! なんてことするんだ!」
僕は思わず大声でジーナを怒鳴った。考えてみれば、たぶん、ジーナとってはじめてのことだったと思う。ジーナはゴロゴロ言うのをやめて、僕をにらみつけた。
僕はとにかくジーナが破片でケガしないように抱きあげて文字通り隣の部屋に放り込むと、かけらをあつめてマグカップを片付けた。
そして、手で床を触っても破片がまったくないのを確かめてから、隣の部屋の扉をあけに行った。そこからはあっという間だった。
僕が扉を開けた瞬間、くろい影が飛び出してきて、玄関の壁のボタンに衝突したかと思ったら、開きかけのドアから影がするりと逃げた。
僕はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
「ジーナ!!」
我に返って、玄関から顔を出したときにはもうそこにはジーナの影も形もなかった。背中から冷や汗が噴きだした。ジーナがセンターに見つかったらどうしよう!
うちの地区は開拓団に近いわりと古いコンパートメントで、新しい地区にあるような生体認識システムなんかは配備されていない。けれど、僕たち火星世代はもし迷子の猫を見つけたら、とにかくセンターに連絡するように教え込まれているんだ。
僕はパニックになりながら、それでもジーナを探しに外に出た。もう時間は夜だったから、街の明かりもうす暗く設定されていた。(地下だから人工灯なんだ)
僕とジーナが外に出るときは、いつもなら大きなリュックの中にジーナを入れて、第5ポート駅からエルデ駅(地上駅)まで行っていた。
もしかしたらその道をたどっているかもしれない。僕はそう思いながら、足早に第5ポート駅の方へと向かった。とちゅう、すれ違う人たちが何か様子が違わないか見たけれど、誰も変わった様子はなかった。火星世代のひとびとらしく、他の人には無関心で、ただあわてている僕をちらっと見ただけでみなすれ違っていった。
それから、たぶん僕は駅と自分の家を3往復はしたと思う。ジーナの名前を呼ぶわけにもいかないから、ただひたすら目を凝らして、ジーナの縞々の姿を探すことに集中した。
けれどその日、僕はついにジーナを見つけることができなかった。
そのときの気持ちは……なんといって良いかわからない。気持ちだけは焦るのだけれど、なにもできない。もちろん、その日は一睡もできなかった。
そのとき、はじめて僕はこの世界中に独りぼっちなんだということを感じた。
なんてことだろう、僕はほんとうに独りぼっちだ!!
まんじりともせずに朝をむかえて、僕はとにかく遥さんたちのところへ相談に行くことを決めた。ジーナが知っている場所と言えば、遥さんのジャンクヤードか、地上駅ぐらいだ。通信はセンターがチェックしている可能性もあるから、酒場でじかに遥さんたちを見つけるしかない。
会社を休んで、とにかく鳴子さんや遥さんと落ち合えそうな場所に向かった。いつも行っている店は『かわます亭』という居酒屋だ。怜と再会したのもそこだった。たいていみんな仕事が引けたあとにそこでつるんでいる。
僕が昼にならない前から『かわます亭』についたとき、はたして幸運にも鳴子さんがそこにいた!
鳴子さんは店の奥に座っていて、僕を見つけるなりこう言った。
「亘平かい? 朝っぱらからなにやってんだい! クビにでもなったのかい?」
僕は首を振って言った。
「クビじゃない、それより大変だ。それより鳴子さん、どうしてここに? いてくれて助かったけど!」
「あたしは駅の通勤客が引けたあと、頼まれればここで占うのさ。もうちょっとした店の名物なんだよ、ねえマスター」
僕はそれを聞いて
「それはちょうど良かった!」
と鳴子さんを店の奥の席に引っ張っていった。
鳴子さんは訝しげな顔をしながら、
「何があったんだい、ジーナだね!」
と僕に耳打ちした。僕はうなずいて、
「昨日の夜、家を飛び出して逃げたんだ。夜のうちだから他の人には見られなかったと思うけど、駅までなんども探したけど見つからない」
鳴子さんはきびしい顔をした。僕はそれだけで鳴子さんの考えていることが痛いほどわかった。
「センターに見つかっても、鳴子さんのことも誰のことも言わないよ」
鳴子さんは僕の肩をどついた。
「余計なこと考えるんじゃないよ。あの子が知ってる場所は、姉さん(遥)の仕事場のほかにどこがあるんだい」
「あとは……いつも日光浴に行っている地上駅だ」
鳴子さんはうなずくと、マスターに向かってこう言った。
「マスター! ちょいと用事ができたんで今日はひけるよ!」
マスターはグラスをふきながら首を振った。
「そいつはいただけないなァ、鳴子」
鳴子さんは僕を指さして言った。
「それじゃあ、あたしの弟子を置いてくからそれでいいだろ」
マスターは僕をちらりと見ると、軽くうなずいた。それで僕は、鳴子さんにカードを押し付けられ、顔が見えないように布切れをかぶせられ、その日一日『かわます亭』でインチキ占いをさせられることになった。
それで、僕が鳴子さんを待っているあいだ、僕は誰と出会ったと思う……? そうだよ。怜だ。怜は入ってくるなり、もう慣れた様子で僕から一番はなれた立ち飲みテーブルにつくと、マスターも注文が入る前にすぐに飲み物をテーブルに置いた。僕なんかよりずっと常連と言った雰囲気だ。
このあいだはセンター風の洋服を着ていたけれど、今日はまったく開拓団風で、ゆったり目の白い上着とカーキ色のズボンを身に着けていた。いつもは上に結っている長い髪は、今日は左右に束ねておろしていた。これも開拓団風だ。そして怜は、出されたトニックを片手に、人の少ない店の中を見回した。
僕はなぜ怜がここにいるのかすっかりわからなくなって、もしかして『はじめの人たち』のふりをして僕をからかったのだろうか、と思い始めた。そして、怜がこちらの方を向いたとき、僕はすっかり自分がそこらへんの布切れをかぶっていたことを忘れていた。
怜はだけど、僕を見逃さなかった。怜は僕をみるなりスッと近づいてきて、
「どうしたの、その恰好!」
と僕にたずねた。僕はジーナの話をするか迷って、鳴子さんの急用で代わりをすることになったことだけを話した。
すると、怜は笑いが止まらなくなったようだった。あまりに僕の格好がおかしかったらしく、机をたたいて笑い転げた。
「それで、お客はきたの? 鳴子さんじゃないってバレなかった?」
イラスト:ロジーヌ様より
僕は怜に思わずつられて笑ってしまった。
「ひどいなあ。怜さん以外にはだれも気付かれてないよ。もっとも、お客の入る時間じゃないしね」
怜はまだ笑いがおさまらないようだった。僕はほんの一瞬だけ、ジーナのことを忘れて自分が笑ったことに罪悪感を覚えた。
「で、本当はなにがあったの……?」
怜は僕の表情をみてすぐにまじめに戻った。怜の瞳はまっすぐ僕の目を見つめていて、僕は首をすくめるしかなかった。
「怜さん、君が誰なのか僕はよく知らない。せめてセンターじゃないことを……」
怜は言葉が終わるのを待たずにこう言った。
「センターじゃないわ。私は自分からは言わない。でも私はあなたが信じられると思っている」
「どうして」
僕は怜を見た。怜は視線を外さない。なんてきれいな目だろう。
「カンはするどいの。わかるのよ」
僕は観念した。怜はジーナのことを知っている。最初に地上で出会ったとき、怜はジーナをみても驚かなかった。
「ジーナがいなくなった。君も知っているだろう、あの猫さ」
僕がそういうと、怜はうーん、と言いながら座席の背もたれにもたれかかった。そうだ。ジーナの脱走は、誰が聞いても面倒な事態だった。
一方で僕は、怜が僕を信用していると言ってくれたことがうれしくて仕方なかった。怜はしばらく目を閉じていて、何かを思いついた感じでふと目を開けた。
「鳴子さんはどこに行ったの?」
僕は首を振った。
「わからないよ。何も言わずに行っちゃったからね」
「じゃあ、私たちも行きましょ!」
怜はそういうと、すっくと立ちあがって僕についてくるように合図した。
「私が気を引くから、そのあいだに出てよ!」
怜はそういうと、グラスの中から取り出した氷を手首だけのスナップでカウンター席グラスに美事に当てた。グラスは音を立てて床の上で飛び散り、カウンター席の客とマスターは何が起こったかわからずに大慌てだ。
僕はそのあいだに急いで店の外に出た。怜はしばらくあとから何食わぬ顔で出てきた。
「荒っぽいなあ、マスターに怒られるよ」
僕がそういうと、怜はいたずらっぽく笑って先を歩いた。
「バレないわよ、氷は溶けちゃうから」
僕と怜は第四ポート駅まで行き、さらに僕のコンパートメントのある第五ポート駅までポーター(火星の電車のようなもの)を乗り継いだ。うっすら予想していた通り、怜は僕の家を知っていた。
僕は家のドアを開けて、怜を先に通しながら言った。
「こまったなあ、君は僕のことを良く知っているようなのに、僕は君のことは何も知らない」
怜は謎めいた笑いを浮かべるとこう言った。
「ところで、もうジーナについて一つのことが分かったのだけれど」
僕は思わずえっ、とうなった。
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