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【一週間まとめ読み用-5】

僕:亘平こうへい 火星の平凡なサラリーマン。『センター』に内緒で猫を飼っている。

ジーナ:僕の飼いネコ

ときさん:地上の砂漠で出会った謎の美女『はじめの人たち?』

鳴子なるこさん: 何かと頼れる『開拓団』の占い師。

はるかさん:鳴子さんの双子の姉。エンジニア。

じんさん:遥さんの息子。モグリの医者。


 僕だってセンターに逆らうつもりなんかさらさらない。

 猫たちに対する忠誠は本物だ。

 ネコカインがなければ、人間なんか戦争で滅んでた、というのも信じてる。


 でも、どうだい、じっさい僕のところにはもうジーナがいないんだ。

 どんなに僕がやつらに忠誠を誓っていようと、僕の金色の瞳のまんまるお月さんはもう僕を朝から起こしたりしないんだよ!

 ……そのことをどう受け入れればいいのか、僕はここのところずっと考えてきた。


 むしろジーナをあきらめてしまえば。


 情けない奴だと言われるだろうけど、本当にそれも頭のかたすみをよぎった。

 もしジーナがセンターの猫たちと同じなら、それも仕方のないことだと思った。

 だって、ほんとうは僕のところにいてはいけない猫なんだ。

 もしジーナがセンターから来た猫なら、センターに戻れば幸せだって確信できる。

 そうだったならどんなに心が楽だったろう。


 でもジーナは違う。センターの猫とはどうやら違う種類なんだ。

 だってジーナの毛は長めだし、それにもう一つとても気になってたことがある。

 ジーナはセンターの猫みたいには話さない。

 いつだって言葉遣いはこどもみたいだ。センターの猫たちみたいに哲学的なはなしを持ち出しもしない。

 ただじっと人間たちをみていて、言葉じゃなくていろんなことを伝えてくれる。

 例えば、しっぽで返事したり、それから幸せそうに頭突きしてきたり、翻訳機も「ゴロゴロゴロ」って訳すぐらいに喉を鳴らしたりさ。

 ジーナにとって言葉はそえものに過ぎないんだ。


 奴らがジーナをなんのためにさらったのか。ジーナはいまどうしているのか。

 それはたぶん、センターがひた隠しにしているもう一つのことと関係がある。


 つまり、『はじめの人たち』のことさ。


 じつは僕はあの不思議な女性とあれから何回か会うことがあった。

 それはいつも不意打ちで、僕は彼女が僕の行動をぜんぶ知っているんじゃないか、と思ったほどだ。

 あとから分かったけれど、火星開拓団の人たちはなんとなく『はじめの人たち』が生き残っていたことを知ってたんじゃないかと思うんだ。


 センターはいったい何を隠しているのか。

 それを知らなければ、僕はジーナを取り戻せないと思う。

 そして、僕はいまこれを書きながら考えていたんだ……。


 ほんとうに未来を変えるべきなのは、過去の君じゃなくて、いまの僕なんじゃないかって。


 僕がどうやって21世紀の君にこうやって手紙を書いているかって……?

 電子を21世紀のコンピューターの中に送っているこの装置のことだね。

 それはとてもアナログというか、原始的な装置さ……。


 ずっと物質は光の速さを超えることはできないと言われてきたけど、2300年には電子ぐらいの大きさのものなら光の速さを超えることができるようになってきた。

 そして、2800年にはそれを正確な場所に送る技術もできた。

 つまり、過去の好きな場所に小さな電子だけは送ることができるようになったのさ。


 でも、過去は現在を変えてしまうから、一般人が使うことはきびしく禁じられているけどね。


 僕はむかし実験室で使われていた古い機械を探してきて、君に2020年の猫ブームを止めてほしいとお願いしている。

 けれど、それははたして正しいのかすごく悩んでいる……。


 だって、それは僕が生きていることを根っから意味がなくすことなんじゃないか。

 僕が未来の猫たちや人間たちのためにできることを投げ出してしまうってことなんじゃないか。


 不思議なことだけど、僕はこの手紙(つまり、小説家になろう、というサイトに小説という形で投稿されるように設定されたこの文字列のことだね)が誰にも読まれていないんじゃないかと思うと、ちょっとホッとするところがあるんだ。


 僕は平凡なリーマンで、いままで何かを自分から変えようなんてしてこなかった。

 それはとてつもなく勇気が要ることで、たとえば霊感もないのに悪魔祓いをするような無謀なことなんだと思ってた。


 でも、過去をなかったことにして『いま』を変えるより、僕が『いま』を動かすことで未来を変える方が、後悔はないのかもしれないね。


 だって、君が過去を変えてしまったら、僕はジーナとは会えないかもしれない。

 そして、地上で出会ったあの(ひととも……。


 最初の出会いから二週間後、彼女はとつぜん火星開拓団の街に現れた。

 僕が仕事帰りに『シャデルナ』の鳴子さんに会いに開拓団の街の酒場(といってもアルコールよりみんなネコカインを一服しながらワイワイやるんだけど)に行った時の話さ。


 鳴子さんと仁さんと僕が久しぶりに開拓団の人たちとマーズボール(バスケットボールの火星版だね。重力が地球よりずっと小さいから、ものすごい高いところにゴールがあるし、ドリブルも派手で楽しいよ。もし君が未来に来られたら、ぜひ見せてあげたいよ!!)の優勝について予想していたときの話さ。



 僕たちがいつも集まっている酒場というのは、スタンドバーで、もちろん店の奥には腰かけるところもあるんだけど、たいてい仕事のあとに落ち合って一杯ひっかけたり、ネコカインで時間をつぶしたり、近所の人にあいさつするために立ち寄るような、そんな場所だ。

 彼女は本当にとつぜん現れた。僕はそのとき鳴子さんと仁さんと丸テーブルで立ち飲みをしていたんだけど、彼女が入ってきたときみんなが何故か顔を上げた。彼女のいでたちはでも他の人とそう変わらなくて、前のように銀色の民族衣装のようなものは着ていなかった。

 まあ、開拓団のひとたちは普段から個性の強い(鳴子さんのヒョウ柄を見ても分かるだろう?)服装をしているから、彼女が最初のときのような格好で入ってきたとしても目立ち過ぎたりはしなかったと思う。だけどその日、彼女はむしろセンターに近い人たちのような……何と言ったらいいのだろう、スウェットのような無地のぴっちりした服に、軽く上着を羽織ったような格好だった。

 なぜ酒場のみんなが顔を上げたかって、それはもちろんセンター風というのは開拓団にとってはあまり好ましいものでなかった、という理由もある。でもそれ以上に、彼女はありていに言って美人だった。


 そしてみんなの視線は美人を眺めたい気持ちとセンターとはかかわりたくない気持ちのあいだで、せわしなくテーブルの上の食事と彼女の間をせわしなく往復することになった。

 彼女は入って店を見回すと、僕を見つけてニヤリと笑った。僕は彼女がなぜここにいるかという疑問と、ニヤリといういささか人をばかにした笑顔と、また首にまだ冷たいナイフの感触とで、彼女がこちらに近づいてくるのをただ見つめることしかできなかった。


「こんにちは」


 彼女は手を伸ばせば届く距離に来て、僕のほうにむかい、こんどは本当ににっこりとしたあざやかな笑顔でこうあいさつした。鳴子さんは遠慮なく彼女を上から下まで見回し、仁さんはボサボサのあたまを軽く掻きながら僕を見た。僕はとつぜんの出来事に面食らいながら、でもできごとの風圧に負けないように

「こんにちは!」


 とあらん限りの勇気と爽やかさで彼女にあいさつを返した。僕はまるで知り合いを招くかのように彼女をテーブルに招き入れた。ところで仁さんという人は開拓団の中でも飛びぬけて背の高い人ではあるのだけど、その横に並ぶと意外と小柄な人だと気がついた。

 鳴子さんは彼女からようやく目を離すと、僕に向かってこう言った。


「よくもまあ、お前さんもやるじゃないか。こちらさまは誰なんだい」


 彼女は笑いながらまずバーテンダーに


「どれかおすすめのをお願い、軽いのがいい」


 と注文を通すと、鳴子さんに向き合った。


「ほんとはこの人のことあんまり知らないの。このあいだ、たまたま散歩の途中でいっしょになって、お話したのよね。だから名前も知らないの」


 彼女は飲み物で一息ついたが、その飲みっぷりはなかなかのものだった。それをみて、鳴子さんはいきなり彼女のことが気に入ったみたいだった。


「ええ、センター風だけどさ、あんた、気さくでいい子じゃないか」


「ありがとう、ところであなたに渡さなきゃね。ちょっとこれはヒミツ」


 彼女はそう言って状況の飲み込めない僕を店の隅の方に引っ張っていった。彼女は上着に隠すようにして(つまりまるで違法ネコカインを渡すようにして)僕に冷たい金属片を渡した。僕は手のひらでその形を確かめて、背筋が凍るのを感じた。

 ゴロニャン(会社の採掘用メガマシン)の備品庫のトークンだった。


 おそらく、彼女と出会ったときに気が付かず無くしたのだ。落としてきたのか……それとも、彼女が盗んだのか。ありがとうと言うべきが迷った。しかしもし彼女に悪意があったら、そもそもここまで届けてくれただろうか?


 そのとき、マーズボールの中継を見ていた観客からワーッと歓声が上がった。

 開拓団チームが火星世代チームに大差をつけたのだ。


「ありがとう、でもどこで……?」


 僕は迷いながらも率直に聞いた。彼女はまたニヤリとした笑顔を見せて言った。


「ごめんね、人質が必要だったので」


 盗んだのだ。そのとたん、あのナイフの感触や、探るような目を思い出して、目の前のセンター風の服といい、いろんな疑問が胸の中に沸き起こった。だけど、僕の口から出てきたおどけた言葉はこれだった。


「よかったよ殺されなくて!」


 彼女はにっこりと笑った。

 僕と彼女は連れ立って鳴子さんたちのところへ戻った。


「ごめんなさい、ちょっと渡すものがあって、ね」


 彼女がそういうと、仁さんは目を細めて僕を意味深に眺めた。鳴子さんは彼女と僕をみて、仁さんを小突いた。


「仁、お前もお近づきになっておおきよ、こんな美人、滅多に出会えるもんでもないだろう」


 それを聞いて仁さんはすっとぼけた表情でこう言った。


「それじゃ、お名前でもお聞きしていいんでしょうか、こちらのかたの」


 彼女は笑顔で答えた。


「開拓団の街がこんなににぎやかなところだって知らなかったわ! 私はとき、アンティークの古物商をしています。こちらは亘平こうへいさんね、であなたが仁さん」


 おそらく彼女はトークンのデータを盗んでいたのだろうが、僕の名前をすでに知っていた。

 そして僕の方はと言えば、それが彼女の名前を初めて知った瞬間だった。


 トキ。


 トキはこんどは鳴子さんに水を向けた。


「でこちらの方は……?」


 鳴子さんはポケットからネコカイン入りのシガレットを取り出しながらこう言った。


「あたしゃ鳴子って言うんだよ、お嬢さん。アンティークっていうのは何を扱ってるんだい? 仕事場に飾るのにいいかもしれない」

 怜はテーブルの上に手首をかざすと、ビジネスリングからテーブルに商品の画像を並べた。そのビジネスリングは真鍮色で古めかしくて、それ自体がアンティークのようにも見えた。

(腕時計みたいなもので、自己紹介代わりにID交換に使ったり、商売のカタログ情報なんかを入れている人もいるんだ)


「うちが扱っているのは民芸品のようなものですね。どんなのがお好みですか?」


 鳴子さんはその古めかしいビジネスリングをしばらく見つめながら、ふうっとシガレットをふかした。


「あれだね、センターに近いヤツってのはこういうところが嫌味だね」


 鳴子さんが不機嫌にそう言ったので、僕は思わず間に入った。


「どういうことです?」


「開拓団のほうは新しいマシンなんざほとんど買えないで、部品も自分で作ってえっちらおっちら商売しているのに、センターのやつらにとっては古い機械が趣味みたいに見えるんだろうかね」


 怜はそれを聞いて手首からリングを外してテーブルの上に置いた。


「どう思われるか知らないけれど、これは形見ですよ。長年使っているけれど、壊れにくいのはこれがいちばん」


 鳴子さんはそれを聞いて、一瞬動作をとめて、鋭い目で怜をじっと見た。そしてしばらくしてまた煙を吹き出した。


「……あたしは占い師でね。第四ポート駅で露店をだしてるんだが、そこにおいで。いまのお詫びに、無料で何か占ってあげるよ」


「占い師……?」


 怜は少し意外そうな顔をした。このヒョウ柄の派手な格好をみて、占い師以外の職業を予想していたのだろうか。


 鳴子さんは手早く懐からカードを取り出すと、テーブルの上でカードを切った。それを時計の形に並べると、怜の顔をじっと見ながら一枚一枚めくっていった。


「あんたの将来は悪くない、大変だけど悪くないよ。それから、あんたのお相手も悪いやつじゃない。不幸じゃないねえ……むしろ幸せだ。ちょっとあんたの方が気が強そうだね」

 怜はそれを聞くとはじめてうっすら頬を赤らめて嬉しそうに笑った。


「ありがとう、こちらも何かおまけしなくちゃね」


 そのとき、隣で飲んでた一人が鳴子さんの袖を引っ張った。


「今日は開拓団が勝つかね!」


 鳴子さんはさっとカードを切りなおすと言った。


「また賭けてんのかい、カードを引きな! 5マーズだよ……ほら、戦士のカードは開拓団の勝ちだ! あんた儲けたね」


 その日の夜、僕はいつまでも眠れなかった。眠ると彼女の顔が浮かんだし、うとうとすると鳴子さんのカードを切る音が聞こえるようだった。でも結局、マーズボールは火星世代が逆転勝ちをしたんだけどね。



お読みいただき本当にありがとうございます!

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