【一週間まとめ読み用-4】
僕:平凡なサラリーマン。『センター』に秘密で子猫を飼うことになった。
鳴子さん :何かと頼れる開拓団の占い師
遥さん:鳴子さんの姉。エンジニア
19世紀から21世紀にわたって、君たちはずっと薬物と戦ってきたんだろう……?
アヘンとか、大麻とか、合成麻薬とかさ……。
でもね、ネコカインが開発されれば、それもすべて消えてしまうよ。
ほかの薬物よりずっと幸福になれるからね……。
ネコカインは依存性が高いけれど、肉体的には悪影響はないし、ながいあいだやっていても、脳に変化があるわけじゃない。
ただ、いちどやったらやめられないのと、あの薬物によってみんな「母猫」の本能が身につくようになってしまうのさ。
あと、一服すると、数時間は仕事にはならないね。
だから、ほとんどの会社は就業時間にはネコカインを禁じている。
……思い出すよ。僕は鉱物発掘会社のサラリーマンだったって話したよね。
僕の会社はとても古い掘削機を使っていて、その原理は21世紀のマシンにさかのぼれるらしいんだ。火星はほら、ずっと長いあいだ自主独立でやってたろう?
それで、壊れても自分で直しやすい古い機械がまだよく使われてるんだよね。
で、うちには28世紀に造られた、Bagger2562という(僕らは通称ゴロニャンって呼んでるんだけどね)メガマシンがあるんだけど、そいつが古いんで、よく調子が悪くなるんだ。
僕はエンジニアじゃないけど、会社の中央管理室が故障の原因とか、必要な部品とかをぜんぶ教えてくれるから、それを持ってゴロニャンのところに行くわけだ。
ちなみに、マシンは地上にあるから、宇宙服(実際は宇宙線防護服)を着込んでいくんだけど、一仕事終えて、誰もいない赤い砂漠を見ながらネコカインを一服するのは最高だったよ……。
ところどころ、ソテツがはえているところを、赤い砂ぼこりが時おり通り抜けるんだ。
それでいいのかって? いいんだよ。会社のトロッコは地上に出るまでやたらと長い地下道を何時間もかけてノロノロ進むし、乗り心地も快適でないし。ネコカインでほのぼのと猫の動画でも見ながら会社に帰るのが癒しなんだよ。
会社に帰るころにはだいたい醒めてるしね。
……会社あがりの一服? それがまた最高だよね。
センターからは一回で数日もつようなカプセルで来るけれど、だいたいみんなそんなカプセルを割っちゃって、自分の好きな分量で毎日の一服を楽しむのさ。
僕も会社から帰って一番の楽しみはそれだったよ。
ジーナを膝にのせて遊ばせながらね。
まあ、僕にはもうセンターからネコカインが配給されないし、センターから逃げ回ってるんだから過去の話さ。今の僕は違法ネコカインを手に入れるのがせいっぱいだよ。
ジーナももう膝の上にいないし。
それともう一つ、ネコカインにはとても大きな副作用がある。
猫のため以外には、戦う気力が一切なくなってしまうってことさ。
これは人間にはいい効果だったのかもしれない。
だって、地球と火星の戦争はネコカインが止めたともいわれているからね。
……けっきょく、ネコカインは毒か薬かって……?
そんなの、僕にはわからないよ。僕にわかっているのは、たぶんネコカインが理由で、ジーナが連れ去られてしまったってことさ。
センターの狙いは僕じゃない。ジーナなんだ。
もし僕を罰するのが目的なら、センターはいまごろ僕を生かしてはおかないだろう。
猫に逆らう人間がどうなるかって……?
僕が知っているたった一つの例は、小さいころの記憶だ。
僕はいわゆる『火星世代』で、両親ともにセンターとは何にも関係ない普通の市民だった。
だからもちろん、センターから『子猫』が割り振られることもなかったよ。
だけど、僕の同級生のところには『子猫』がやってきてね……。
まいにち同級生が子猫について自慢するのを聞かされたよ。
その子はたしか地上の第一ポート駅に引っ越して、そして僕もたまに遊びに行くことができた。
シールド地域は薄い膜でおおわれてるって言ったよね。あの地域の中は空気が濃いから、その膜は自然に丸く風船みたいにふくらんでるんだ。そしてその中には、外では育たない植物たちがさんさんと降りそそぐ光の中で生い茂っている。
地球に住んでる君たちには何のことはないかもしれないけれど、僕たちにとってそれはとんでもなく贅沢なことなんだよ。
同級生は、自分の兄弟みたいに子猫を可愛がっていて、僕らみんなうらやましがったものさ。
それでね、子猫は6歳になるとセンターに渡さなければならない。
どんなに仲のいい家族でも、それは絶対に守らなければならないことなんだ。
同級生の家族はそれができなかった。センターが来たときに、逆らったのさ。
……それで、どうなったかって? 同級生の家族は、家族ごと、きれいに消えたよ。
学校の先生が『D君の家はセンターに子猫を渡さなかったので、D君もご家族も引っ越しになりました』って、それだけさ。
詳しい話は全くなくって、もう誰も何も話せない雰囲気なんだ。
彼らがどうなったか僕たちは知らない。でも、あのときはみんな当然だと思ってた。
センターに逆らったんだから。
『宇宙猫同盟』に属する、人間たちみんなのものである『子猫』を、自分たちだけのものにしようとしたんだから。
でも、今になってようやく、家族を取られるつらさをようやくわかったのさ。
ジーナを失って、はじめてね。
センターがなぜジーナを連れ去ったのかって……?
僕にもよくわからない。でも、最初からジーナはセンターの生み出した子猫ではなかった。それは確実だ。だって、子猫が迷子にでもなろうものなら、夜中でもサイレンが鳴って、人間たちみんなで探すぐらいなんだから。ジーナはセンターに登録されていない子猫なのさ。
じゃあ、ジーナはどこから来たのかって……?
それはおそらく、あの日、一年前の今日、僕が出会った人たちと関係があると思う。
シールドのない荒野にすむひとびとさ……。
もう何となくわかったろう、彼らは僕たち『火星世代』でも、鳴子さんたち『開拓団』でもない。
彼らは『はじめの人たち』なんだ。
センターは彼らの存在を決して認めないけれど、彼らは僕らとは違う暮らしをしているんだ。
火星の一年は24か月だ。
だから、火星の一年前っていうのは地球で言うなら、2年前のことだね。
火星の冬は6か月も続くから、それはうんざりさ。
まあ、地下で暮らしてるとそれほど気温の差はないけれどね。それでも人工日照は短くなるし、なんとなく憂鬱にもなる。
シールド地域は植物を育てるために閉じられているから、冬もふきさらしの場所よりは暖かい(でも地下に比べればとても寒いけどね)。
それで、シールド地域にいる人たちは冬の時期だけは僕たちをうらやましがるのさ。
ポーター(火星の電車のようなもの)のなかでも、この時期はシールド地域に住んでるか、そうでないかは一目瞭然だ。だってシールド地域の人はずいぶんと厚着をしているからね。
この時期、ポーターの中で雪だるまみたいにモコモコの人を見かけたら、間違いなくシールド地域に住んでる人ってことだ。
で、一年前の今日だよね。僕はジーナとは別の運命の出会いをした。
そのころ、僕は数年前から(地球で言うなら4、5年前から)月イチで地上にツーリングに行くようにしていた。でも、実はツーリングというのは名ばかりで、本当はいつも『東のオアシス』に行って一日のんびり過ごしていたのさ。
『東のオアシス』は、シールド地域で使われた水がドーム内で集めきれずに貯まる低地だ。コケ類や、シダ類が茂っている。ソテツの大木もあるよ。
……なんのためにツーリングするのかって?
ジーナのためだよ。ジーナが日光浴できるようにするためさ。
そのころ、ジーナはモグリの仁さんからもらったビタミン剤だけではやっぱり調子を崩すようになっていた。仁さんによれば、普通の猫には十分なビタミンの量をあげているっていうことなんだけど、ジーナには足りなかったんだ。
他にも、ジーナには少し他の猫とは違うところがあった。
遥さんによれば、センターの猫たちはみんな毛が短くてすらりとしているんだけど、ジーナは毛が長くて、タヌキみたいに真ん丸なんだ。
そして、最初に非シールド地域に日光浴に連れて行ったときは、調子を崩さないかとても心配したんだけど、調子を崩すどころか本当にツヤツヤになった。
一年前の今日も、そうやって僕たちはオアシスの木陰で休んでいた。
ジーナから目を離さないように気を付けていたんだけど、僕は宇宙服(宇宙線防護服)をきていたから、視界がちょっと狭かった。
それで、一瞬のすきにジーナが見えなくなってしまったんだ。
それでもいつもならすぐに
「ぱっぱにゃ!」
って僕のことを呼ぶんだけど、そのときはいくら探しても見つからなかったんだ。
ジーナを見失って、胸が早鐘のように打った。
僕はいつもジーナが上るソテツの木のまわりを、バカみたいにぐるぐるした。
それで、ソテツの木の上に人影を見つけたときの僕の驚きと言ったら!
その人は、ソテツの枝の上から、ジーナを胸に抱いて、僕を見下ろしていた。
銀色の織物に身を包んだ黒い瞳の女性だった。
その目は微笑を含んでいるようで、つかみどころがなく、しかし何かをじっと探るような雰囲気だった。
僕がその瞳から視線を外せずにいると、彼女はもう十分に僕を眺めたとでもいうようにふと遠くに視線をそらした。
僕はまるで蛇に睨まれたカエルだった。
あらためて彼女を見上げると、驚いたことに彼女は防護服ではなく、奇妙な民族衣装を身に着けていた……。銀糸で織られた布は、手の込んだ刺繍が施されていて、サリーのように全身を覆っていた。
「ぱっぱにゅ」
ジーナはそういうと、木の上から僕の肩に飛び乗ってきた。
僕はジーナを受け止めると、まだ彼女から目が離せずにバカみたいに上を向いていた。
「あなたの猫なの?」
彼女は木の上から、僕をのぞき込んでそういった。
僕はそうだよ、と返した。それで、急に自分が防護服なのがヘンに感じられて、ヘルメットを取ろうとしたんだ。
すると彼女は笑いながら首を振って、
「新しいひとたちは取らない方がいいわ」
というんだ。そして片手をのばして隣の枝をつかむと、まるで布が風になびくみたいに木から降りてきた。
そして僕に抱かれているジーナはこういった。
「みんなヒミツにょ、大丈夫にょ」
彼女は一番下の枝で、僕をじっと見つめると、次に地面を見つめてにやりと笑った。
僕は地面に降りるのに手を貸してほしいのだと瞬時に理解した。
それで僕は彼女の近くに行くと、手を差し伸べた。
彼女は左手で僕の手を取ると、ぐっと引き寄せるように不自然なほど引っ張った。そして右手を肩において、体重をそこにのせて自分を地面におろした。
ほとんど彼女の顔がすぐそばにあった。そのときの僕の心臓といったら!!
「誰かにいうつもりがある?」
それを聞いて心臓が止まったのは、彼女が僕に身を寄せているからだけではなかった。
僕はそのとき、自分の首にヘルメットの隙間から差し込んだ刃物のつめたい感触を確かに感じていたのだ。
僕は体をこわばらせて首を振った。
「ジーナはセンターの猫じゃない。僕はセンターとはかかわりたくないんだ」
僕がそういうと、首の冷たい感覚は去って彼女の体もいつのまにか離れていた。
彼女はまるでまた銀色のヘビのように木の上にあがって片あぐらをかくと、遠くを見つめて言った。
「そろそろ帰った方がいい。仲間がくる」
僕は彼女の瞳がみつめている方向に目をこらして、大地の向こうにかすかな土けむりを見た気がした。
家に帰りついてから、僕はうっすらと昔のニュースについて思い出していた。
火星の荒野で消える人たちの話だ。
彼らは地上に行ったまま、跡形もなく消えてしまう。
火星の子供たちはそれを怖がって、「ウェルズのおばけ」と呼んでいた。
『宇宙戦争』という古典に出てくるタコ型火星人のことだ。
もしかしたら、あのときジーナがいなくて、僕だけだったら。
そもそも、なぜ彼女は僕を見逃してくれたのだろう。
僕は彼女の黒い瞳を思い出していた。また会うことはあるのだろうか?
そして、彼女に会ったとしたら、僕はまた帰ってこれるのだろうか。
けっきょく、僕は地上であったことを遥さんに話すかどうか迷って、遥さんにとても中途半端に話を切り出した。
「遥さん、ジーナはいったいどこから来たと思う?」
僕がそう遥さんに話しかけたとき、遥さんは精密機械用の作業台から顔も上げずに
「さあね」
とだけ言った。僕が次の言葉を言いよどんでいると、遥さんははじめて顔を上げてため息をついた。
「面倒ごとはきらいだよ。私はセンターの仕事も請け負ってるんだ。知ってるだろう」
遥さんはしばらく僕を見つめていて、もういちど深いため息をついた。
「何が知りたいんだい」
「センターってどんなところなんですか。ジーナみたいな猫がたくさんいる……?」
僕は思わずそう質問した。センターに関係することは、みんなぼんやり疑問に思わないようにしている。
疑問に思ったって何も変わらないし、答えの出ないことを考えると不安になるからだ。
遥さんはそれを聞いてただくびを振った。
「おまえさんの気持ちはわかるけど、私はなんにも答えられないよ。それが答えさ」
長い付き合いの僕にはそれで、遥さんがなにを言いたいかがうっすら分かった。ジーナはセンターの猫とは違う。
地球でも火星でも、子猫は人間と一緒に暮らすことがあるけれど、大人になるとみなセンターに行ってしまう。そして、もう二度とそだての家族と会うことはない。
猫たちは自分たちが人間の上にたつ生き物だと教育される。
それで、子猫のうちは『人間を知るため』に人間と一緒に暮らすけれど、それ以上はかかわりを持たないんだ。
何か大きなシステムの変更があったり、人間たちに呼びかけることがあると、ホログラムを通じて僕たちに通達する。
たとえば、このあいだセンターから僕たちの会社に放送があった。
イリジウムの生産が足りないから、もっと頑張れというのだ。
会社のいちばん大きなミーティングルームにみんな集められて、講演台の上にセンターの猫が現れるのを待つんだ。そして、センターの台の上に現れた猫は、たいていゆったりと演台に横たわり、目を細くしてほとんどつぶっている。
そのときの猫は美しい真っ黒な猫で、尻尾をゆっくりと演台に打っていた。
「あなた方の忠誠のおかげで、私たちはイリジウムをもっと手に入れられるでしょう。地球はわれわれ火星のものたちに感謝し、センターもまたあなた方に満足するでしょう」
その猫は翻訳機を通してそう言った。
それを聞いて、みんな胸が熱くなった。僕たちの働きでこんなに美しい猫たちがゆったりと優雅に暮らすことができるんだ。
僕たちの育てた猫たちが、僕たちにネコカインをくれて、愛情を僕たちに返してくれているんだ。
うちの会社の社長なんか、すこし涙ぐんでいたようにも見えた。
猫を育てたことのある上司なんか、昔を思い出したらしくてそのあと僕たち下っ端をたきつけて大変だったよ。
すくなくとも僕たちにとって、センターはそういう存在なのさ。
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