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第百十八話 父と子-2


「明日香は……おまえの母さんは、なぜ写真も何も残っていないと思う?」


 僕はまったく見当もつかずに首を振った。じつは僕はいまのいままで、母は誰か父とは別の人と出ていってしまって、それで父が僕に冷たいのではないかと思っていた。父は言った。


「さあて思いかえせば、私の記憶は真っ二つに分かれている。明日香に会うまえと、会ったあとだ。名前だけは分っているけれど、彼女がどんな人間だったかは私には思い出せない。空白の五年間があって、ある日私の家には三歳になったおまえがいた」


 父はそこでためいきをついた。そして哀しげな目でもういちど僕を見つめた。記憶の糸を手繰り寄せても僕のところでぷっつりと糸が切れているのだ。僕は子供のころ、その目がいつも僕をどこからか見ていたことを思い出した。

 僕は言った。


「……ということは、お母さんは消されるだけのことをしたということですか」


 父はふるえる唇をかるくゆがめた。

 母は『センター』から記憶を消されるだけのことをして、それが犯罪者と呼ばれるものなら。父は僕になんといえば良かったのだろう? ある日とつぜん自分の息子だという子供がそこにいて、父は戸惑わなかっただろうか? 僕ははじめて、父の気持ちが少しわかったような気がした。

 僕は母が何の罪を犯したのか知りたい気持ちにかられた。けれど、それを知ることは今は無理だ。いまはとにかくこの『センター』の支配するルールをかいくぐらなければならない。

 僕が考えを巡らせていると、父は昔と同じようなこの沈黙を破らねば、と無理やり口を開くようなかっこうでこう言った。


「亘平、おまえ会社のほうはどうだ。きつい仕事になったんじゃないのか」


「はい、いま採掘場のほうに行っています……。どうしてそれを?」


 父はそれを聞くと二度三度かるくうなずいた。


「グンシンに行った後輩に聞いたんだ。無理はしていないのか。どうしてそんなきついところに……」


 それを聞いて、ほんの数秒、こどものような甘えごころが出て、僕は父に全てを言いたくなった。実は『センター』に狙われているんだ、と。

 でもその次の瞬間には、山風明日香のことが頭をよぎった。

 よりにもよって、母と息子二代で『センター』に消されようとしているわけだ。僕はそれを思ったとたんまた自分の中の強さをすこし取り戻した。


 いま僕が父にひとつだけしてあげられることがあった。この計画では、父は僕の記憶は失わずに済むだろう。

 僕は父に言った。


「お父さん、時間がないのでもう帰ります。これからも元気で」


 父は、そうか、と言うと、また来るんだろう? と弱弱しく聞いた。僕はその声の弱さにすこし胸を突かれた。


「僕のことは何も心配しないでください。何を聞いても、何を言われても、心配しなくて大丈夫です。僕は僕でなんとかやっていけています」


 僕はそういうと、まだ父と話したい気持ちをおさえてなんとか立ち上がった。またあの女性が奥から出てきたので、僕は別れのあいさつ代わりに軽いハグをして言った。


「今日はありがとうございました、どうか父をよろしく」


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