【一週間まとめ読み用-21】
僕:山風亘平 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っていた。いま行方不明。
怜:僕の惚れてる女性
珠々(すず)さん:僕の仕事を手伝ってくれる女性
最初の一週間、僕はなにも考えつかず、ただネコカインに逃げて君に手紙を書いていた。2020年にネコブームが起きると書いたね。……じっさい、ネコブームは起きたかい? それとも、僕の手紙によって未来線がズレてしまったかな……。
僕がこの手紙を書き送るために粒子転送装置を使ってることは前も話したけれど、これは大きさはそれこそ片手に入るぐらいの箱なんだけど、とにかく電力を食う(原始的なレーザー加速器だからしかたないね)。
一週間、僕はなるべく目立たない動きをしながら、自分に必要なものを考え抜いた。
ひとつは、この加速器に必要な電源だ。そして、怜にもらったデータを引き出せる独立したコンピューター。そして、そのためにもこの『センター』からのビジネスリングを外せる場所が必要だった。
僕はそれで、思い出したんだ。唯一、正当な理由でリングを外すことができるあの過酷な現場をね……。
オテロウに呼び出された一週間目、僕は演技でも何でもない必死の形相でこう言った。『センター』が僕を試しているのはわかっている、もう一度チャンスが欲しい、とね。
僕は池田さんからもういちど必要な情報を得るつもりだと熱心に言った。そして、必要な種類の金属が確保できれば、計画は二倍に加速できるとね。(じっさい、そもそもわざとスローペースで運んでいたから、その話には現実味があったはずだ)
僕はオテロウを説得したその足で、池田さんのいるあの採掘場へ向かった。池田さんはでも、首を縦に振らなかった。僕が腹を割って話していない以上、それまでだ、というんだ。
「池田さん、僕をとにかくもう一度だけあの現場に降ろしてください」
僕は食い下がった。上川さんたちが休憩に上ってくるまでそこを動かなかったので、上川さんたちが間に入る羽目になった。
「そうは言われたって、命にかかわるぞ」
上川さんも池田さんの味方をしたけれど、僕はこう言った。
「それでもかまいません、あと一度だけ、あの現場に降ろしてください」
池田さんは
「往生際が悪いってのはまさにこういうことを言うんだよ」
といいながら、最後にしぶしぶ承知をしてくれた。
そして僕は無事にセンターのリングを外すことができた。そしてこの状況を上川さんたちに説明するのに許された時間は、地上から採掘レベルに降りるまでのエレベーターの中だけだった。僕は上川さんたちに言った。
「上川さん、僕は『センター』に監視されています。実はグンシンの中央から来たんです」
上川さんたちは一気にしゃべり始めた僕を怪訝そうに見た。
「ここに来るのに外したビジネスリングがデータを送ってます。実はここに来る前に、僕の家族が行方不明になりました。誰かに連れ去られたと思います。犯人はギャングかもしれないし、開拓団か、『センター』かもしれない。ぼくにはまったくわかりません。でも僕は『センター』に忠誠心を疑われています」
それを聞いて、仲嶋さんが目をきょろきょろさせて言った。
「忠誠心を疑われているって言うと……あんた危ないんじゃあねえか」
僕は頷いて言った。
「あなた方を巻き込みたくないので、詳しい話はしません。僕に何があっても、とにかく知らぬ存ぜぬで押し通してください。あと、池田さんと話がしたい。けれど、できれば僕のビジネスリングからは遠い場所が必要です……」
上川さんは一瞬考えて、こちらも見ずにこう言った。
「俺はフクザツな話は分からねえし、聞く気もねえ。だから、これだけ答えてくれればいい。あんた、ようするに上にタイマン張ろうってんだな?」
僕は正直にこう答えた。
「僕は家族を探したいだけです。そのために消されたら困る。僕にタイマンを張るほどの力なんかない」
下田さんが笑いを漏らした。
「こいつバカが付くほど正直だぜ兄貴」
上川さんは顔を扉に向けたまま、微動だにしなかった。やがてエレベーターはキリよく採掘レベルに到着した。
「いいさ……それでいい。自分の力を過信しねえってのも大切だ。とりあえず俺はこいつに乗った。ただし、せめてここにいるためには地熱で気絶しないぐらいのガタイは作れよ、亘平」
仲嶋さんも下田さんも言うに及ばず、といった感じで暗視ゴーグルをつけた。エレベーターのドアが開いて、僕たちは灼熱地獄へと踏み出した。ニ十分の作業はとてつもなく長く感じたけれど、僕は気絶することはなかった。それは何もこないだより根性があったからじゃない。たぶん、体が作業の手順を覚えていて、そのぶん体力を消耗しなかったからだ。
ニ十分の作業をこなして休憩に上がる繰り返しの中で、僕は上川さんたちに夜の間、立て坑の送風機の電力をつかわせてもらう許可をとった。あとは、池田さんと上川さんが話をつけて、池田さんと待避所の中で話が出来ることになった。
僕は池田さんに迷惑をかけないように言葉を選んだけれど、池田さんはそれが気に食わないようだった。
「亘平、俺がお前よりどれだけ世の中を見てきたと思う。話すなら腹を割れ。火の粉は自分で払うからお前は何も考えるな」
池田さんはそう言って絶対にひかなかったので、僕は怜に関すること以外、今までのことをすべて話した。ジーナのこともだ。池田さんはじっと前かがみで聞いていて、聞き終えると少し顔を上げて僕をじっと見た。
「まだ何か隠してやがるな……女のことか」
僕は怜のことだけは話すつもりがなかったので、暑い待避所の中にもかかわらず、背中に冷や汗をかいた。じりじりとした数十秒があって、池田さんは鋭い目で僕をしばらく見つめて、そしてためいきをついた。
「まあいいさ」
僕はそれでほっと胸をなでおろした。
「それで、詰所の古いコンピューターを使わせてもらえませんか」
池田さんは僕の肩を叩くと言った。
「好きにしろ、あれは古くてほとんど使ってねえから都合がいいだろう」
詰所のコンピューターはほとんど使われないというより、『使えない』シロモノで、それこそ動作音が詰所に響き渡るような時代はずれの機械だった。けれど、僕にはいまこれしか使える機械がない。それを使うしかなかった。
そして、僕のぼろぼろのビジネスリングの唯一のいいところ(というか、普段は不便この上ないけれど今回だけは感謝したということだけど)は、記憶チップが独立していることだった。僕は待避所にコンピューターと記憶チップを下して、夜のうちに作業をすることにした。待避所は意外にも夜の方が圧倒的に過ごしやすかった。考えてみれば地上の温度は夜はかなり冷え込むからね。
怜が転送したデータは二つあって、一つは大容量で、一つは小さかった。そして僕は古いコンピューターに一晩かけて記憶チップの二つのデータを読ませた。待避所のベンチでうとうとしながら、機械仕掛けの鳥がヂーヂヂヂと歌うのを聞いているのは悪くない気分だった。ビジネスリングから解放されて、何か現実から離れて、古い開拓時代の世界に迷い込んだみたいだったからね……。
翌日、僕は作業につかれた眠い目をこすりながら、古いコンピューターを起動させた。二つのデータがあって、僕はおそらくメインは大きめのデータのほうだろうと思ってデータを開いた。
だけど画面に浮かんだのは……全く予想外のものだった。きっと君も笑うと思うよ。僕は笑ってしまった。
画面が映し出したのは、忘れもしないあの地球の男だった。僕の耳に響いたのは、あの二度と聞きたくなかった『泣き虫だな』という言葉と、怜の『じゃあ仗も困った顔しないで』という言葉。あろうことか怜は自分の連絡データを消去するときに、同時にホログラムのデータをまちがって転送していたのだ。
僕はおもわずこの間抜けな事態に笑った。そして久しぶりに怜の声を聞いて……情けないけど泣いてしまった。怜が僕を選ぶことはないと嫌というほど理解させられたからだ。
それなのに、僕はどうしてもその怜の声の残るデータを消去できなかった。
僕は不意打ちの事態に打ちのめされながら、のこるもう一つのデータを開いた。
そこには、訳の分からない表が一枚だけ入っていた。
S シルバー 250mg/kg
L ブルー 350mg/kg
S レッド 222mg/kg etc……
だけど、僕の目が釘付けになったのは最後の一行だった。データ提供:第二医療研究所 主任 山風明日香。
それは僕の母の名前だった。
僕は思わず前のめりになって、コンピューターの画面をなぞった。僕は母のことはほとんど何も知らなかった。ものごころついたころには家には母はいなかったし、父もまったく母のことを話さなかったので、生きているか死んでいるかさえわからなかったんだ。
それと同時に、胸の中で何かかたい箱のようなものにこつん、と自分の意識があたったのが分かった。それは僕の中のブラックボックスだった。僕は知っていた。この箱には名前が付いている。明日香、という名前だ。
これを開ければ子どものころの感情が噴き出してくるだろうというのが自分でもわかった。僕は心の中でその箱が開かないようにずっとたぶん、ジーナを上に乗っけていた。
僕は母がこの第二医療研究所、というところにいたことも知らなかった。いったい、僕の母はどういう仕事をしていたんだろうか……。それと、怜はこれがジーナにつながる手がかりかも知れないと言っていた。とすると……、これは猫に関する何かなのだろうか?
そのとき、僕の視線はシルバー、ブルー、レッド、という文字を追っていた。もしこれが猫の色なら……。ジーナはシルバーだ。灰色のサバトラだからね。僕はぼんやりと、父に会わなければならない、と考えた。
けれどそれから数日後に事態は動いた。それは予想外の展開だった。僕がいつものように夜の待避所でコンピューターをいじっていると、夜も遅くなってからエレベーターが動いた。僕はもちろん、連絡用のリングをしていないから誰が下りてくるのかは分からない。
だけど当然、それは池田さんか上川さんたちかどちらかだと思っていた。
エレベーターが止まって、待避所の扉が開くと。すぐに上川さんと、作業着姿の珠々さんが飛び込んできた。上川さんは言った。
「このお嬢さんがどうしてもお前さんとこに知らせたいことがあるってきかねえから連れてきたぞ。え、俺はもうあがるぜ。あとはおまえが責任もって地上まで送れよ」
上川さんはそういうと、不審げに僕と珠々さんを一瞥してすぐに出ていってしまった。
珠々さんは、エレベーターの中ですでに地熱にやられていたんだろう、髪を上げていたけれどそれでも汗が噴き出しており、顔が真っ赤だった。僕はあわてて加速器の電力をぜんぶ送風機に回して待避所を冷却した。
「どうしたんですか、冠城さん」
「すみません……、どうしても伝えなければならないことがあって。オテロウが毎日、山風さんのデータをリングからとって来るように、と」
僕は目を見張った。たった数日で僕の計画は見抜かれていた。
「……それは冠城さんへの指令ですか?」
珠々さんは額の汗をぬぐいながら頷いた。僕が待避所で涼しいのはシャツ一枚で過ごしているからだ。作業着だとここでも暑くて当然だろう。僕は珠々さんに申し訳なく思った。
珠々さんは言った。
「いま、わたしのリングは家にあります。明日の午後、リングの情報を取りに来ます」
「冠城さん……」
「山風さんが怜さんのことが本当に好きだってことは知っています。でも、待ってもいいですか? わたし、意外と強情なんです」
そのときの珠々さんは吸い込まれそうな潤んだ瞳で僕を見上げていた。僕はそれなのに、どこかで自分の耳にひびく怜の声を聞いているのだ。
「冠城さん、どうしてそこまで……」
珠々さんは暑さのためなのか、ちょっと辛そうな顔でにっこり笑った。
「だから私、強情だって言ったじゃありませんか。山風さんが何か事情をお持ちのこともなんとなくわかります。私には話してもらえないってことも、わかってます。でもわたし、本当をいうと、山風さんのことはずいぶん前から存じ上げてたんですよ」
珠々さんはちょっと言葉を切った。そして、目を伏せると独り言のようにこうつぶやいた。
「たぶん、怜さんより前から……」
僕は意味がわからず、えっ、と聞き返したが、珠々さんは自分の言葉をふりはらうように首を振って言った。
「ともかく、明日、わたしはデータを取りに来ます。山風さん、どうか気を付けて。『センター』はあなたのことをそうとう警戒しています……」
「出ましょう、上まで送ります」
僕は頷くと、珠々さんに言った。本当につらそうだったからだ。夜の地上は冷えているから、地上まで行けばすぐに回復はするだろう。
珠々さんは立ち上がろうとしてふらついた。僕もはじめてここでノビたときはつらかったからよくわかる。僕は何も言わずに珠々さんに腕を貸した。
エレベーターの中で、珠々さんはこう言った。
「山風さん……一つだけ聞いていいですか。私には……望みはありますか?」
珠々さんは僕の腕をぎゅっとつかんでいた。僕はただ上っていく中で波もようにうねる岩肌を見つめながら、正直な気持ちを口にした。それしか僕にはできなかったからだ。
「僕は……わかりません、僕は、同じことを怜に聞きたい。……怜には……」
怜には愛するひとがいる、と言いかけて、僕は口をつぐんだ。もし自分に望みがなければ珠々さんを考えるのか? 僕はふと、自分が自分のことばかり考えていることに気づいて、珠々さんに謝った。
「珠々さん、すみません、僕は……」
珠々さんは下を向いたままふふっと笑った。僕が少し驚いて珠々さんを見ると、彼女はそのままこうつぶやいた。
「はじめて名前で呼んでくれましたね」
詰所に上がると、僕は上川さんに珠々さんを頼んで、すぐに待避所に戻った。上川さんは僕の青ざめた顔を見て、何も言わずに珠々さんを引き受けてくれた。じっさいは残された時間がない緊張感もあったけれど、それ以上に考えなければならなかったのは、珠々さんに危険が及ばないようにする方法だった。
いつまでもこうして全てをあいまいにしておく訳にはいかなかった。僕は最後の決断を迫られていた。
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