第百十三話 『センター』を出し抜け!-3
詰所のコンピューターはほとんど使われないというより、『使えない』シロモノで、それこそ動作音が詰所に響き渡るような時代はずれの機械だった。けれど、僕にはいまこれしか使える機械がない。それを使うしかなかった。
そして、僕のぼろぼろのビジネスリングの唯一のいいところ(というか、普段は不便この上ないけれど今回だけは感謝したということだけど)は、記憶チップが独立していることだった。僕は待避所にコンピューターと記憶チップを下して、夜のうちに作業をすることにした。待避所は意外にも夜の方が圧倒的に過ごしやすかった。考えてみれば地上の温度は夜はかなり冷え込むからね。
怜が転送したデータは二つあって、一つは大容量で、一つは小さかった。そして僕は古いコンピューターに一晩かけて記憶チップの二つのデータを読ませた。待避所のベンチでうとうとしながら、機械仕掛けの鳥 (ポンコツコンピューターのことだけどね)がヂーヂヂヂと歌うのを聞いているのは悪くない気分だった。ビジネスリングから解放されて、何か現実から離れて、古い開拓時代の世界に迷い込んだみたいだったからね……。
翌日、僕は作業につかれた眠い目をこすりながら、古いコンピューターを起動させた。二つのデータがあって、僕はおそらくメインは大きめのデータのほうだろうと思ってデータを開いた。
だけど画面に浮かんだのは……全く予想外のものだった。きっと君も笑うと思うよ。僕は笑ってしまった。
画面が映し出したのは、忘れもしないあの地球の男だった。僕の耳に響いたのは、あの二度と聞きたくなかった『泣き虫だな』という言葉と、怜の『じゃあ仗も困った顔しないで』という言葉。あろうことか怜は自分の連絡データを消去するときに、同時にホログラムのデータをまちがって転送していたのだ。
僕はおもわずこの間抜けな事態に笑った。そして久しぶりに怜の声を聞いて……情けないけど泣いてしまった。怜が僕を選ぶことはないと嫌というほど理解させられたからだ。
それなのに、僕はどうしてもその怜の声の残るデータを消去できなかった。
僕は不意打ちの事態に打ちのめされながら、のこるもう一つのデータを開いた。
そこには、訳の分からない表が一枚だけ入っていた。
S シルバー 250mg/kg
L ブルー 350mg/kg
S レッド 222mg/kg etc……
だけど、僕の目が釘付けになったのは最後の一行だった。データ提供:第二医療研究所 主任 山風明日香。
それは僕の母の名前だった。






