【一週間まとめ読み用-20】
僕:山風亘平 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っていた。いま行方不明。
珠々(すず)さん:僕の仕事を手伝ってくれてる女性
オテロウ:『センター』から秘密のプロジェクトのために来てる猫
会社につくと、僕はすぐに仮眠室に飛び込んだ。珠々さんと一緒にいるのが気まずかったからだし、怜のことでほんとうに寝てなかったからだ。
導眠システムは脳への直接アクセスを許可しないといけないので、電源を切った。(『センター』はプライベートなアクセス記録は残さないと言っていたけど、僕はもう信じちゃいなかった)
仮眠室をはいってすぐ右手にはネコカインのグミがあった。僕はそれをかみ砕くと、タイマーを一時間にして部屋を暗くした。仮眠用の寝台は柔らかくも固くもない寝椅子で、フォームは体に添うように形を変えた。
ネコカインの効き目はてきめんで、僕はそれから一時間、夢も見ずに眠りこけた。
池田さんは僕が起きてからしばらくして会社にやってきた。この間とおんなじ格好で、作業着姿に無精ひげをはやしていた。スーツ姿の僕をみると、池田さんはにやりとした。
「そっちのほうがやっぱり似合うじゃねえか」
僕はそれを聞いて傷ついた。なんだか、自分が弱いと言われている気がしたからだ。僕は言った。
「それで、池田さんはなぜわざわざこちらに……」
「なに、へばっちまったけど、あんたがいったいどんな奴かちょいと気になってな。本部からきて、採掘場まで降りるやつってのはなかなかいないぜ、おい。それに、どのみち本部に呼び出されるなら、こちらから尋ねたほうが手っ取り早いってもんだろ」
「レアメタルの件ですね」
僕がそういうと、池田さんはぽーん、と僕にリストを投げてよこした。
「冠城さんってひとがこっちに問い合わせてきたレアメタルの種類と量だ。あんたの指示だろ、山風さん。あの現場だけの話じゃない。『センター』部署が直々にうごくってのはそうないぜ」
池田さんは僕から視線を外さずに言った。
「『センター』部署はなにたくらんでやがるんだい、山風さん」
「池田さん、余計な詮索はせず、必要な情報だけを渡してください。あなたにリストを送ったのは、採掘の現場にかかわることを一番知っているからです」
僕はそう言うしかなかった。余計なことを池田さんに言えば、池田さんまで巻き込むことになる。
「余計な詮索? 似合わねえこと言うな、亘平!」
池田さんは僕を一喝した。
「なあ、上の奴らと下の奴らがいつでもおんなじ敵にむいて戦ってると思うなよ。上の奴らと俺たちで目的が違うなら、俺は黙って従うのはまっぴらごめんだね」
僕は池田さんに何も言えず、黙ってうつむくほかなかった。池田さんは言った。
「下には下の戦い方ってもんがある。おまえさんが腹割って話せないんなら、別のやつを探してくれ。俺は請け負えねえぜ」
池田さんと僕の話し合いはけっきょく決裂した。池田さんは来たときと同じようにひょうひょうとして帰っていき、僕はしばらく考え込まざるを得なかった。
池田さんが断ったとなると、フェライトコアの種類は限らなければならないかもしれない。なぜなら、池田さんほど金属の生産地域や質、精製後の純度などについて詳しい人はいなかったからだ。
彼の助けが得られないなら、それぞれの金属について必要な情報を得るのには、膨大な時間がかかりそうだった。つまり、『センター』の計画は大幅に遅れるってことだ。(そして、『センター』はその遅れを、つまり責任者の僕を許すことはないだろう)
次に打てる手があるとしたら何だろう……。そんな風に僕がソファでうしろに反り返って考えていると、珠々さんが部屋に入ってきて言った。
「山風さん、オテロウがお呼びですけど……」
どうやら『センター』は僕に時間を与えてはくれないみたいだった。僕はオテロウの待つ『特別管理室』に向かおうと、ソファから重たい体を起こした。
珠々さんは言った。
「山風さん、『特別管理室』ははじめてですか?」
「ええ、そうです」
珠々さんはちょっと言いにくそうに口ごもって、だけど言葉を選んでこう言った。
「入り口に、表層の意識アクセス装置があります。オテロウへの敵意がないことを確かめるためです」
僕は少し考えて言った。
「つまり……僕の考えを覗くわけですか?」
珠々さんは頷いた。
「セキュリティのためにスクリーニングは数秒で、強い波長しか拾わないようですけれど」
僕は思わず珠々さんをじっと見つめた。珠々さんも僕を見つめ返した。女性っていうものはみんなこんなにカンがするどいものなんだろうか。珠々さんは僕が何もいわなくても、僕が何か秘密を抱えていることをうっすら感づいているようだった。だからわざわざ警告してくれたのだろう。
池田さんの問題、『特別管理室』のセキュリティ、僕には逃げられるところがもうなさそうに思われた。……そして、僕はいったいどこに追い込まれるのか……? 『センター』が反逆者とみなした場合、その人間がどうなるかは誰も知らなかった。
僕は回らない頭をフル回転させた。表面上だけでも『センター』への不信感を察知されず、忠誠心を疑われないためには……。
僕は部屋を出ると、『特別管理室』に向かう前に走って仮眠室へ向かった。そしてネコカインのグミを一粒とると、イチかバチかで『特別管理室』のセンサーをこれで欺こうと考えた……。
『特別管理室』のドアの前で、僕は一呼吸置くと、グミをかみつぶした。ぼくの計画では、これぐらいの微量でも十分に効くはずだった。
……どいうことかって?
僕は部屋の向こうで待ち受けるオテロウを見つめながら、自分に言い聞かせた。あれは『こねこのオテロウ』だ、とね。入った瞬間に僕の頭上には板のようなものが下りてきて、その板から耳障りな高音が響いた。センサーが作動しているのだ。
僕はありったけの集中力でオテロウの子猫時代を想像した。
僕の目の前にいるのは、誰よりも大きな灰色の猫ではなく、大きな緑色の目をした、しなやかな遊び好きの子猫だった。
今とは違って、とても寂しがりやで、いつも前足とか尻尾とか、体のどこかを常に家族にくっつけているような甘えん坊の猫だ。そうだ、オテロウはきっと誰より甘えん坊で、家族と離れるのがつらかったはずだ……僕はネコカインの影響もあって、少しくらくらするような感覚に襲われた。
……僕はほんとうにオテロウの昔を見ているんじゃないか?
「シネンノ ギャクリュウボウシシマス」
その瞬間、板から音声が流れると、四方の壁が強くまだらに点滅した。
点滅がおさまったあとの部屋は暗く、壁はうす青く光っていた。オテロウの目はそのうす暗い中で見開かれていた。ほとんど僕を凝視していた、と言ってもいい。
「あなたはどうやら『センター』が見込んだ通りのひとだ、山風さん」
オテロウが言った。だけど、僕にはなんだかそれが、オテロウの声に思えなかった。だってそうだろう? 僕はたったいま、『こねこのオテロウ』を見ていたのだから。
「こちらへ来てください、山風さん。あなたの我々への忠誠心はどうやら本物だ」
僕は訳も分からず、オテロウのほうに進み出た。どうやらセンサーは通ったようだった。オテロウは言った。
「あなたのような忠誠心の持ち主は、我々には心強い味方だ。あとは……ただ、その忠誠心を『我々のためだけに』活かしてくれればいい」
僕はその言葉に、思わずつばを飲み込んだ。オテロウは瞬きもせず僕を見つめ続けていた。ネズミに狙いをさだめたときの目だ。
「あなたはアパートを焼け出されたそうだが、いったい何があったんですか?」
僕はオテロウに開拓団地域では『火星世代』は狙われやすいことを話し、ネコカインを狙われたのではないか、と言った。一方でオテロウは僕に関することをどこまで正確に知っているのだろう、とも思った。もし僕の行動が最初から疑われていたなら……。
「あなたは『センター』にとって重要な人だ。もうこのようなことがあってはならない。あなたには『センター』用のビジネスリングを用意しましょう。あなたに何かがあれば『犬』がすぐにやってくるはずだ」
オテロウは笑っていた……、僕ははっきりと彼が笑っているのを見た。『犬』はなんのためにやってくるのか? おそらく、僕を襲ったやつだろうが僕自身だろうが、殺されるのだ、『センター』に逆らうものは、すべて。
オテロウの横から、一つのアームが伸びて、そのアームの先の台には美しく光るビジネスリングが置かれていた。オテロウは僕をみつめたまま、満足げにゆっくりと瞬きした。僕は手を伸ばしてリングをつかんだ。完全なチェックメイトだ。
***
こんにちは、元気かな……。過去に書き送っているから、時間の感覚がごちゃごちゃになるね。これを最新で読んでいるとしたらきっとあのオテロウがビジネスリングを渡してきた話からすぐだと思うんだけど……。じっさい、僕のほうからは一か月以上が経っている。
最初に言っておかなくてはいけないけど、もう少ししたら僕はこれを書き送れなくなる。その話をするためにこれを書いてる。
うまくいけば、時間をあけてまた君に手紙を送れるはずだ。でももし、いま書き送ることを最後に……。これが最後なら。
……もしそのときは、これはただの未完の小説だったのだと思ってほしい。
人生って不思議だよね。ただのサラリーマンだった僕が、ジーナと出会って、怜に恋をして、そしてこれを書いているいまはまるで違う人生を生きているようだ。
まさか自分の人生にこんなことが起きるなんて想像もしていなかった。
いまこれを読んでいる君はどんな人生を送っている? 平凡な人生かい? 僕はそれを心からお祝いするよ。それとも、じっと苦しみをかみしめながら、嵐が過ぎ去るのを待っているかい? それなら僕とお互いに幸運を祈ろう。
僕が最初に君に書いて送ったときは確かネコカインで酔っぱらっていたね。あのときはじっさい、僕はとてもみじめだった。ジーナはいない。怜は僕を去っていたし、開拓団も信用できなかった。『センター』に与えられたリングはどこまで情報を送っているのか分からない。
僕ができることは、『センター』への敵意をネコカインでなるべく紛らわせながら、過去へ助けをもとめる手紙を送って、何かが変わるのを待つことだけだった。
ああ、だけど来る日も来る日も、状況は何も変わらなかったよ。目が覚めるたびにおなじ問題に直面するんだ。でも、いまではそれを感謝している。君に書き送りながら、自分がほんとうに愛する家族や大切な人たちを得たってわかったんだ。
失ってつらいのは、それが僕にとって大切なものだからだ。
ビジネスリングという首輪をつけられた僕ができるのは、まずこのリングが送る情報を知ることだった。僕はこのリングをいちど見ていた。珠々さんと連絡先を交換したときだ。珠々さんも『センター』にかかわる人間として、監視をされているのだろう。
僕は『特別管理室』から『センター』付き部署に帰ると、珠々さんに単刀直入にこう聞いた。(だってもう状況が詰んでいることには変わりがなかったからね)
「オテロウからビジネスリングを渡されたのですが、これはどういう情報をどこに送るかわかりますか?」
珠々さんははっとした表情で僕を見た。僕はそのまま続けて言った。
「会話は?」
珠々さんは首を振った。ということは、おそらくこのビジネスリングはデータをそのままどこかに送ることはない、ということだ。僕は慎重に言葉を選びながら聞いた。珠々さんは、僕の様子が明らかに緊張しているので、すぐに察して昔ながらの筆記用具を出してきた。
もしかしたら、これを読んでる君は、火星があんまり進歩していないじゃないか、と思うかもしれないね。それには理由がある。まず、君の直感は正しい。僕たちはそんなに高度な通信網を持ってこなかった。
それは、いちど地球が危機に瀕して、多くの技術が失われたからというのも大きいけれど、それ以上に火星の大気が薄かったのが原因だ。
空気の層が薄くて、無線は地球と違って、遠くまでは届かない。そして、空気の層がないってことは、データがどんな形で流れていようが、保存されていようが、太陽の電磁波の嵐には無防備だってことなんだ。
前に、2800年に起きた酸欠事故の話をしたろう? 戦争を除けば、あれがたぶん火星に住む人が経験したいちばん悲惨な事故だった。『メテオラの悲劇』というやつだ。あれは、ほとんど大嵐と言っていい(地球だったらきれいなオーロラで済んだかもしれない)太陽風をまともに火星が受けて、送電網がすべてやられたのさ。停電期間は数か月にも及んだ。つまり、火星では空気は『作る』ものなんだけど、その期間は空気を作ることができなかった。大きな理由は、それらをすべてコンピューターで制御していたことだった。だから火星はいまだに少し昔の技術を信じているところがある。
僕は珠々さんからペンを受け取ると、そのまま紙のようなものに書き付けた。
「このビジネスリングは、定期的に保存情報をチェックされる、ということですね」
僕がそう書くと、珠々さんは頷きながらこう書いた。
「他のリングとの接触情報、ときには会話、行動範囲。幹部のものはひと月にいちど、会社の資料室に機密情報として保存されます。持ち主に危険があるときは緊急アラート信号を救急網にのせます」
緊急アラート信号とは、重大な事故や安全にかかわる緊急事態が起きたときに、ノイズから厳重に守られた特別な通信網を使う、ということだ。
僕は紙にこう書いた。
「つぎにオテロウがここに来るのは……?」
「一週間後です」
つまり、それは一週間ごとに危機が訪れるということを意味していた。そのとき、僕が思ったのはもう無理だ、という事だった。
だけど、それからしばらくして、僕はジーナのことを考えた。ジーナはいま、どこでどうしているのか。どうせ同じ結果なら、せめてジーナにはぎりぎりまで頑張ったと言いたい。僕のささやかな意地だった。
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