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第百十話 ささやかな意地

 僕はそのまま続けて言った。


「会話は?」


 珠々さんは首を振った。ということは、おそらくこのビジネスリングはデータをそのままどこかに送ることはない、ということだ。僕は慎重に言葉を選びながら聞いた。珠々さんは、僕の様子が明らかに緊張しているので、すぐに察して昔ながらの筆記用具を出してきた。


 もしかしたら、これを読んでる君は、火星があんまり進歩していないじゃないか、と思うかもしれないね。それには理由がある。まず、君の直感は正しい。僕たちはそんなに高度な通信網を持ってこなかった。

 それは、いちど地球が危機に瀕して、多くの技術が失われたからというのも大きいけれど、それ以上に火星の大気が薄かったのが原因だ。

 空気の層が薄くて、無線は地球と違って、遠くまでは届かない。そして、空気の層がないってことは、データがどんな形で流れていようが、保存されていようが、太陽の電磁波の嵐には無防備だってことなんだ。


 前に、2800年に起きた酸欠事故の話をしたろう? 戦争を除けば、あれがたぶん火星に住む人が経験したいちばん悲惨な事故だった。『メテオラの悲劇』というやつだ。あれは、ほとんど大嵐と言っていい(地球だったらきれいなオーロラで済んだかもしれない)太陽風をまともに火星が受けて、送電網がすべてやられたのさ。停電期間は数か月にも及んだ。

 つまり、火星では空気は『作る』ものなんだけど、その期間は空気を作ることができなかった。大きな理由は、それらをすべてコンピューターで制御していたことだった。だから火星はいまだに少し昔の技術を信じているところがある。


 僕は珠々さんからペンを受け取ると、そのまま紙のようなものに書き付けた。


「このビジネスリングは、定期的に保存情報をチェックされる、ということですね」


 僕がそう書くと、珠々さんは頷きながらこう書いた。


「他のリングとの接触情報、ときには会話、行動範囲。幹部のものはひと月にいちど、会社の資料室に機密情報として保存されます。持ち主に危険があるときは緊急アラート信号を救急網にのせます」


 緊急アラート信号とは、重大な事故や安全にかかわる緊急事態が起きたときに、ノイズから厳重に守られた特別な通信網を使う、ということだ。

 僕は紙にこう書いた。


「つぎにオテロウがここに来るのは……?」


「一週間後です」


 つまり、それは一週間ごとに危機が訪れるということを意味していた。そのとき、僕が思ったのはもう無理だ、という事だった。

 だけど、それからしばらくして、僕はジーナのことを考えた。ジーナはいま、どこでどうしているのか。どうせ同じ結果なら、せめてジーナにはぎりぎりまで頑張ったと言いたい。僕のささやかな意地だった。


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