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第百八話 チェックメイト-3

 『特別管理室』のドアの前で、僕は一呼吸置くと、グミをかみつぶした。ぼくの計画では、これぐらいの微量でも十分に効くはずだった。


 ……どいうことかって?


 僕は部屋の向こうで待ち受けるオテロウを見つめながら、自分に言い聞かせた。あれは『こねこのオテロウ』だ、とね。入った瞬間に僕の頭上には板のようなものが下りてきて、その板から耳障りな高音が響いた。センサーが作動しているのだ。

 

 僕はありったけの集中力でオテロウの子猫時代を想像した。

 僕の目の前にいるのは、誰よりも大きな灰色の猫ではなく、大きな緑色の目をした、しなやかな遊び好きの子猫だった。

 

 今とは違って、とても寂しがりやで、いつも前足とか尻尾とか、体のどこかを常に家族にくっつけているような甘えん坊の猫だ。そうだ、オテロウはきっと誰より甘えん坊で、家族と離れるのがつらかったはずだ。

 ……僕はネコカインの影響もあって、少しくらくらするような感覚に襲われた。

 ……僕はほんとうにオテロウの昔を見ているんじゃないか?

 その瞬間、板から音声が流れると、四方の壁が強くまだらに点滅した。

 

「シネンノ ギャクリュウボウシシマス」


 点滅がおさまったあとの部屋は暗く、壁はうす青く光っていた。オテロウの目はそのうす暗い中で見開かれていた。ほとんど僕を凝視していた、と言ってもいい。


「あなたはどうやら『センター』が見込んだ通りのひとだ、山風さん」


 オテロウが言った。だけど、僕にはなんだかそれが、オテロウの声に思えなかった。だってそうだろう? 僕はたったいま、『こねこのオテロウ』を見ていたのだから。


「こちらへ来てください、山風さん。あなたの我々への忠誠心はどうやら本物だ」


 僕は訳も分からず、オテロウのほうに進み出た。どうやらセンサーは通ったようだった。オテロウは言った。


「あなたのような忠誠心の持ち主は、我々には心強い味方だ。あとは……ただ、その忠誠心を『我々のためだけに』活かしてくれればいい」


 僕はその言葉に、思わずつばを飲み込んだ。オテロウは瞬きもせず僕を見つめ続けていた。ネズミに狙いをさだめたときの目だ。


「あなたはアパートを焼け出されたそうだが、いったい何があったんですか?」


 僕はオテロウに開拓団地域では『火星世代』は狙われやすいことを話し、ネコカインを狙われたのではないか、と言った。一方でオテロウは僕に関することをどこまで正確に知っているのだろう、とも思った。もし僕の行動が最初から疑われていたなら……。


「あなたは『センター』にとって重要な人だ。もうこのようなことがあってはならない。あなたには『センター』用のビジネスリングを用意しましょう。あなたに何かがあれば『犬』がすぐにやってくるはずだ」


 オテロウは笑っていた……、僕ははっきりと彼が笑っているのを見た。『犬』はなんのためにやってくるのか? おそらく、僕を襲ったやつだろうが僕自身だろうが、殺されるのだ、『センター』に逆らうものは、すべて。


 オテロウの横から、一つのアームが伸びて、そのアームの先の台には美しく光るビジネスリングが置かれていた。オテロウは僕をみつめたまま、満足げにゆっくりと瞬きした。僕は手を伸ばしてリングをつかんだ。完全なチェックメイトだ。


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