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【一週間まとめ読み用-19】

僕:山風亘平。 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っていた。いま行方不明。

とき:僕の惚れてる女性

珠々(すず)さん:僕の仕事を手伝ってくれてる会社の女性


 けれど、『かわます亭』に僕が入っていったとき、周囲の雰囲気はそれまでと違った。それはそうだ。なぜなら、僕は街を焼いた原因とみなされていたんだから。

 僕が店に入ったとき、鳴子さんはもう珠々さんと一緒にいて、珠々さんは僕の作業着姿を見るなり涙ぐんだ。

 鳴子さんはおーお、と言いながら僕を肘でつき、僕はあわてて珠々さんに心配をかけたことを謝った。

 それで、いくら鈍感な僕だって、珠々さんが僕に特別な気持ちがあることぐらいぼんやりと理解した。(ついでに珠々さんの父である強権的な専務の顔が脳裏にちらつかなかったと言えば嘘になる)

 珠々さんは、僕に地上駅近くのホテルがとれたと教えてくれた。


「それと、おせっかいですけど……着替えも持ってきましょうか……?」


 僕は首を振った。いまは珠々さんの親切が、ただひたすら申し訳なかった。そもそも、部署替え初日から追い出されてきたなんて珠々さんにも恥ずかしくて言えたことじゃなかった。


「なに、こっちの方が目立たないじゃないか。いったい昨日はどこへ泊ったんだい」


 鳴子さんがいつもの調子でそういった。鳴子さん以外の人たちの態度はつめたかったけれど、鳴子さんがいつものように接してくれるのが本当に嬉しかった。


「たまたま視察の予定が入っていた、会社の詰所へ……」


 僕は自分の目の前のグラスをじっと眺めながら言った。いったい何が起こったのか?

 たった一日。あの火事の知らせ、ジーナの行方不明、怜とのケンカ、それから灼熱地獄を追い出されたこと。すべて一日に起きたことだ。

 夢だったらいいのに、と僕は思った。ありきたりだけど、こういうとき人は本当に夢だったらいいのにと感じるのだな、とも思った。あの火事のちょっと前まで、僕たちは楽しくこの『かわます亭』で笑っていたというのに。


 そのとき、店のドアが開いて、怜が入ってきた。なぜだろう、僕ははじめて怜が今日来ることを予感していた。だから、僕は怜が入ってきた瞬間に目があった。

 怜が僕に話しかける前に、僕は無意識に怜の方に歩み寄ってこう言った。


「きのうはごめん」


 ……ところで、怜は僕の言葉を聞いちゃいなかった。何か考え事をしているようで、その言葉に軽くうなずくと、僕の腕を引っ張ってこう言った。


「わかったわかった。ちょっと話せる?」


 僕は性急な怜に引っ張られて店の外に出た。そこで僕が軽く怜の腕を引きもどすと、怜は少し驚いて立ち止まった。


「怜、きのうはごめん」


 僕はもういちど、怜に向かって言った。どうしても謝らないと気が済まなかったんだ。


「ああ……、あのときは私も言いすぎた。で、どこかで話せないかしら」


 怜はかなり急いでいるようだった。僕は首を振った。


「怜、僕は家を焼け出されたし、今は一人になれる場所がない」


「昨日の詰所は?」


「……追い出された」


 怜はそれ以上何も聞かなかった。それよりも時間を惜しんでいるような感じだった。


「亘平はそれじゃ今日はどこで寝るつもりなの?」


「地上駅近くのホテルだ」


「じゃあそこでいいわ」


 僕はもういちど首を振った。


「会社経由で予約している。キーはビジネスリングに送られた一人ぶんだし、人数チェックがある」


 怜は僕を上から下まで眺めまわして、それから自分を見て、何かを納得してうなずいて言った。


「じゃあこうしましょ、まずビジネスリングを交換して……」


 ……そして三十分後には、僕たちはホテルのロビーにいた。


「だからビジネスリングを時間までに直してって言ったでしょ!」


 怜はキンキン声で僕に怒鳴った。僕は思わず本気で耳をふさぎながら言った。


「ですがね、課長、そうはいっても部品そのものが……」


 怜は面倒な客がきたと身構える受付に、僕のぼろぼろのビジネスリングを渡して(宿泊情報が入ってるからね)話し続けた。


「ごめんなさい、ホテルの近くにビジネスリングを修理できるところはある? いま部屋に寄ったらすぐにそこに頼みたいの。大切なものなのよ」


 受付が僕のリングのキー情報を読み取り、画面を確認しようとすると、怜は僕から自分のビジネスリングをひったくって受付のテーブルに音を立て置いた。


「みて、アンティークなの。この人、平気で壊したのよ、これを。代わりのリングじゃ不便だわ。登録はできた? ちょっとこっちの宿泊情報も見てくれる?」


 僕は目を閉じて嵐をやり過ごすふりをしていた。受付は僕を気遣って、確認もそこそこに、怜のアンティークリングを読み取ろうとした。

 もちろんそこには情報が出ないので、受付は申し訳なさそうにこう言った。


「大変申し訳ございません、情報は読み取れませんでした……」


「ほら! 言ったじゃない、ぜったい壊れてるって! ごめんなさい、この人と部屋に行って、すぐに私だけ修理に出てきますから、上にあがっていいかしら?」


「ええ、はい、もちろんです」


 受付は愛想笑いを浮かべながらそう言うと、すぐに真顔になって怜に引きずられていく僕を気の毒そうに見送った。


 珠々さんの計らいで、部屋は地上の見える眺めのいい部屋がとってあった。怜は部屋に入ると言った。


「昨日、火事で服を取り換えてたのが良かったわね」


 怜は自分の服装を見ながら言った。確かに、いつもの開拓団風のよりはスッキリした火星世代にも見えなくはないスーツ姿だったからだ。僕は少し疲れを感じてソファーに体を沈めた。だってあの灼熱地獄で失神してから半日も経ってなかったわけだ。

 怜は立ったままで窓のそばに寄った。火星の砂漠……大地のここそこにところどころに大気調整池の光がぽうっと灯っている、その風景を見ながらぽつりと怜はこう言った。


「もうあなたに会うことはないわ、亘平」


 僕は顔を上げて怜を見た。


「ごめん、怜。ちょっと意味が……」


 怜は今までにない真剣なまなざしでつづけた。


「あなたを巻き込むつもりはなかった。ごめん。でも、ちかいうちに争いがおこる。『火星世代』がそのときどうするのか分からないけれど、おそらく私たちは戦わなければならない」


 僕は頭の中を必死で整理した。私たち? それは『はじめの人たち』を意味するのか、それとも僕と怜を意味するのかは僕にはわからなかった。

 オテロウの言っていたイリジウムの増産。『開拓団』の併合。……そして、『犬』。なんのためにそれほどの『犬』が作られるのか?

 僕はぞっとして言った。


「争いって……、怜。『センター』の計画は、君たちが目的なのか?」


 怜は頷いた。


「『センター』は私たちをこの火星から消し去るために、最後の戦いを仕掛けてくる。そのことはずっと分かっていた」


「なぜ……なぜ『センター』は君たちを攻撃しなかった?」


「私たちが彼らの喉から出るほど欲しいものを持っているから」


「『開拓団』に出入していたのもそのためかい……?」


「……私が砂漠で初めて出会ったとき、目的はあなたじゃなかった。たまたまあなたがいて……私が殺しそびれただけ」


 怜は相変わらず暗い砂漠の方を見つめていて、僕の方を見ていなかった。そうか、僕はやっぱり怜に殺されるところだったのか。僕は思わず笑った。


「ウェルズのおばけ」


 怜はそのとき、はじめて僕の方を振り返った。


「えっ?」


「『火星世代』では、砂漠でウェルズのおばけに出会うと跡形もなく消えてしまうという話があるのさ。……なぜ僕を殺さなかった?」


 怜はいっしゅん口ごもった。


「目的の人ではなかったわ」


 僕は直感的に、それは嘘だと思った。目的の人間じゃなくても、僕を殺す必要を感じたなら、怜はためらわなかったろう。それと同時に、たぶん会うのはこれが最後だというのもなんとなく僕は理解していた。


「怜……僕は怜が好きだ」


 僕は怜の目を見つめながら、はっきりとそう言った。怜は僕をちらっと見ると、すぐさま話題を変えた。


「情報を持ってきたの。ジーナにつながるかもしれない。ビジネスリングを……」


「怜さん、はぐらかさないでくれ」


 そうだ、たぶんあの『かわます亭』で僕が謝ったときも、怜はわざと話を聞いていないふりをしたのだ。僕は怜がこちらを見るのを辛抱づよく待った。

 怜はこちらに体を向けた。僕はソファから立ち上がると、意を決して言葉をつづけた。


「もし怜が僕のことを少しでも考えてくれるなら」


 怜は僕を見た。怜の瞳は、僕の目をまっすぐに見つめ返していた。

 怜は言った。


「亘平、あなたはいい人だわ。本当なら、私はあなたと関わるべきじゃなかった。だけどね、わたしにはあなたのひと筋なところがわかったの。あなたなら信じられる。私たちがもう会えないなら、今のままで別れられない? 信頼できる友人として」


 自分の手が震えるのがわかった。怜の返事ははっきりしていた。


「亘平……時間がない。データを渡すわ。ビジネスリングをかざして。データをやりとりするとき、私のデータも消すわね……」


 僕は自分がみっともなく、もういちど考えてくれ、というのを飲み込んだ。僕は何も言わずに、僕のビジネスリングを怜のリングにかざした。

 その瞬間、転送完了の緑色の光とともに、怜のビジネスリングはまた音を立てて留め具が外れ、床へと落ちた。怜がそれを拾おうとしたとき、ビジネスリングは鮮明なホログラムを映し出した。椅子に腰かけてこちらを見ている男。


「泣き虫だな……」


 ホログラムの映し出した男はそう言った。精悍な顔立ちの美丈夫で、少し目を細め、撮影している相手を笑いながら見つめていた。


「じゃあじょうも困った顔しないで」


 僕は心臓をつかまれた。それは怜の声だった。怜がリングを拾おうとするのを、僕は手で押さえた。

 男はホログラムの奥からいつまでも、飽きることなくこちらを見つめていた。それから十秒ほどして、ホログラムは途切れた。

 僕は男の体躯も、服装も、僕の知っている誰とも違うことに気づいていた。


「怜……」


 僕はリングの内側に刻まれた、J.S.の文字を見つめながらつぶやいた。怜の声が頭の中にこだました。『じょう』。

 怜は僕の手を振り払って、アンティークのリングを拾い上げた。


「怜……教えてくれ。僕を騙したのか……?」


 怜は僕をギッとときつくにらんだ。その目は怒りに燃えていた。けれど、僕はおそらく同じぐらい怒りのまなざしで怜を見つめていたはずだ。僕の声は震えていた。


「……あの男は地球人だ。そうだろ? 君は『はじめの人たち』じゃないのか?」


 僕はもう、自分の声を抑えられなかった。僕は怜の左手を思わず強くつかんで叫んだ。


「僕をはじめから騙していたのか? 何もかも嘘なのか?」


 それに対する怜の報復は早かった。僕は左ほほに強烈な一撃を食らった。


「あんたなんかに私の気持ちがわかってたまるか!」


 怜の目から、涙があふれた。怜は僕に嘘なんかついてない。あの砂漠で『はじめの人たち』の話を聞いたときのように、これは真実の涙だ。僕の直感がそう言った。

 僕が体勢を起こそうとしたとき、もうすでに怜は、部屋の窓をこじ開けて夜の砂漠に身を躍らせていた。


「怜、こんな別れ方はだめだ! ……怜!」


 僕がそうつぶやきながらあわてて窓から下をのぞき込むと、黒い影が3メートルほど下の地面をすばやく走り去っていった。


 ジーナといい、怜といい、なんで僕の人生にはこんなにとつぜん別れがくるのだろう。


 ***


 翌朝、僕がロビーにおりてくると、受付があわてて僕に駆け寄ってきた。


「昨日の課長の方は……」


 僕はよく眠れなかったせいで機嫌が悪かった。


「課長って誰だい」


「あの女性のお連れさまで……」


 僕の視界にそのとき、ロビーに入ってくる珠々さんが映った。珠々さんはあたりを見回し、作業着姿の僕を見つけた。


「山風さん! きのうの夜、池田さんから会社に連絡が入っていて……。とりあえず、着替えを持ってきました」


 受付は珠々さんと僕を交互に見て、訳が分からない顔をしている。僕は珠々さんから着替えをもらうと、受付にビジネスリングを渡してこう言った。


「宿泊情報を確認すればいい。最初から僕ひとりだ」


 受付は画面を確認すると、困惑した表情を浮かべた。何がおこったのかわけがわからい、という表情だ。そして正直、きのう起こったことを誰かに説明してもらいたいのは僕も同じ気持ちだった。

 受付からリングを取り戻すと、僕は着替えのためにレストルームに引っ込んだ。珠々さんが持ってきてくれたのは、『火星世代』のサラリーマンらしい、ぱりっとしたスーツだった。

 珠々さんはレストルームから出てきた僕から作業着を受け取ろうとしたけれど、僕は渡す代わりに、珠々さんから袋を受け取った。池田さんが親切にくれたものを、もう着ないからとすぐ処分する気にはなれなかった。


「池田さんからなんだって?」


「今日、本部のほうにお見えになるそうで、そこでお話したい、と」


「ああ、だから着替えを持ってきてくれたのか」


「そうです。他にご入用のものはありますか?」


 僕は首を振った。珠々さんの仕事ぶりはまさにパーフェクトだ。オテロウが珠々さんを『センター』付きにしているのもは単に父親だけが理由じゃないだろう。

 珠々さんはビジネスリングから浮かんだ予定表をチェックしながら、下からのぞき込むように僕の方をちらっと見た。


「それと、会社の仮眠室を予約しました。導眠システムもお使いになりたければお使いになれます……目の下のクマがひどいですわ。それと、オテロウがアパートメントの火事について報告を聞きたがっています」


 僕はそれを聞いて無意識に目の下をさすった。珠々さんは少し口ごもって、僕にこう聞いた。


「きのう、怜さんと何かあったんですか……? 山風さん、何か変だわ」


 僕は首を振って言った。何もないよ、何もない……。(それが本当ならよかったのに!)珠々さんはそれ以上、何も言わなかった。僕と珠々さんはそれから黙りこくったまま、会社まで一緒にコミューターに乗った。


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