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【一週間まとめ読み用-17】

僕:山風亘平 『センター』に秘密で猫のジーナを飼っている

とき:僕の惚れてる女性

珠々(すず)さん:僕の仕事を手伝ってくれている会社の女性

鳴子&遥&仁:開拓団の双子姉妹とその息子のモグリの医者

その日、僕と珠々さんが『かわます亭』に入ったとき、すでに怜と鳴子さん、仁さんがわいわい楽しそうにやっていた。僕は怜を見つけると妙に焦った。珠々さんのことを誤解しないかと思ったのである。それで思わず、僕は珠々さんから少し離れて歩いた。

けれど、怜は僕たちを見つけると笑顔でグラスを掲げて僕たちを呼び寄せた。


「えっと、怜……」


僕が珠々さんを紹介しようとすると、珠々さんはそれを遮って怜に握手を差しのべた。


「はじめまして、山風さんの同僚の冠城珠々です。お噂はかねがね」


それを聞いて、怜はちらっと不審そうな横目で僕を見た。『はじめの人たち』について何か話していないか疑ったのだろう。僕は他の人に分からないように小さく首を振った。

怜は感じのいい笑顔で差し出された手を指先だけで軽く握った。


「古物商をしている榊杜怜です。何かお探しのものがあったらぜひ」


 そして、さすが珠々さんはエリートだった。怜との握手を済ませると、すぐに鳴子さんと仁さんにも挨拶を忘れないどころか、遥さんのことまで気遣いを見せた。


「こちらは鳴子さん、そして仁さん、お久しぶりです。 遥さんは今日は……」


鳴子さんは珠々さんを眺めまわして言った。


「あのときの娘さんかい。ちょっとは元気になったみたいだね。今日は姉さんがみんなで飲もうって言ったんだけどね……。あらかた納品に手間取ってるんだろ。いまに来るよ」


 鳴子さんはそういうと首をすくめた。仁さんは珠々さんの登場で緊張したらしく、動作がぎこちなくなっていた。

 

「まあとりあえず何かお飲みよ」


鳴子さんがそう珠々さんに勧めると、珠々さんは怜の横について怜と同じものを注文した。怜がちょっと心配そうに眺めるのを横目に、珠々さんはグイっと一気にそれを飲み干した。しかも酔っぱらった様子もなくけろっとしている。


「なかなかいい飲みっぷりじゃないか!」


鳴子さんがそういうので、僕はあわてて鳴子さんに言った。


「鳴子さん、それで実は珠々さんのことをみんなに頼もうと……」


珠々さんはそれを聞いて少し怒ったように言った。


「山風さん、ここに一人で来ることも帰ることもできますわ。怜さんだって一人でいらしてるじゃありませんか」


思わず鳴子さんと僕は顔を見合わせて、ほぼ同時に答えた。


「それは、怜はそこらの男が束になったって……」


「亘平たち、私をそんな風に見てたの?」


怜は眉をしかめて僕と鳴子さんをにらんでいた。


「そうさね、お前さんなら心配ないさ」


と鳴子さんがうなずきながら言うと、怜は苦々しい笑顔を浮かべて、それでも珠々さんに向かって言った。


「でもね、珠々さん、確かにここは危険。亘平はあなたが心配なのよ……」


珠々さんは怜をじっと上から下までうるんだ瞳で見つめた。顔がほんのり赤く、ちょっと酔いが回ってきたようで、僕は少し心配になった。


「私は世間知らずかしれませんけど、怜さんのようなきれいな方だって危険な場所を出歩いたりしたらいけませんわ。私が恋人なら心配します」


怜はそれを聞いたとたんにすこぶる上機嫌になって、両手を広げた。何をするつもりかと思ったら、珠々さんをハグして投げキスまでしている。


「ね、聞いた、聞いた? 珠々さんってわかってる……!」


そして笑いながら僕を片目でにらむと、憎たらし気にこう付け加えた。


「亘平にはもったいないわ。ね、珠々さん他になんか飲みたいものある?」


それを聞いて、珠々さんは怜に向きなおり、グラスをテーブルに乱暴に置いた。


「怜さん!」


これには思わず怜も少し驚いた様子で、たじたじで返事を返した。


「はい」


「怜さん。亘平さんには(もうすでに珠々さんは酔いが回って僕を亘平さんと呼び始めていた)、好きな人がいます」


「はい」


鳴子さんは眼を見開き、僕は慌てふためき、仁さんは気配をけして一人でグラスを傾けていた。


「つまり、わたくしと、亘平さんは、お付き合いは、しておりません」


珠々さんがろれつの回らない口調でそう言ったので、僕はほっと胸をなでおろした。鳴子さんが僕の袖を引っ張って耳打ちした。


「さっきまでけろっとしていたのに、急激に酔う体質かい……。こりゃ、安全とは別にお目付け役が必要だね、このお嬢さんは……」


それを聞いていた仁さんがグラスをちびちび傾けながらこう言った。


「恋敵が目の前じゃあね……。酒でも飲まないとやってられないこともあるさ」


鳴子さんはそれを聞いて仁さんをまじまじと見て、僕をみて、そして黙った。鳴子さんは何を思ったのか珠々さん以外の全員に酒を継ぎ足して回って、みんないつもより飲むことになった。

やがて遥さんも到着したけれど、そのころにはみんなかなり酔いが回っていた。遥さんは僕たちをあきれたように見回した。


「え、どうしたんだい。鳴子に仁に、このお嬢さんはこのあいだ見たね、それから怜までずいぶん出来上がっちまって……」


マーズボールの試合がはじまって、周囲も盛り上がっていた。開拓団の常連が


「今日はおれ、この別嬪さんのために『火星世代』チームを応援するよ」


と珠々さんに近づこうとして仁さんや怜に怒られたり、珠々さんが怜と一緒に鳴子さんに占いを頼んで、お互いの結果を耳打ちして子供のように喜んでいたり。


その日はほんとうに夢のように楽しかった。あの知らせが『かわます亭』に飛び込んでくるまでは。


 マーズボールの試合も終わり、『かわます亭』に集ったみんなもそれぞれお開きになろうかというころ、一人の十二、三の少年が『かわます亭』に飛び込んできた。

 こういうとき、大人たちは一様に緊張する。子供が使いにやられるというのは、ギャングがらみ以外で、何か急を要することが起きたときだ。


「グンシンのだんな、山風さんってだんなはいますか」


少年は水をもらい、息を切らしながらそう言った。みんなが僕のほうへ振り返った。僕は少年に言った。


「何があった?」


「どうもこうも、東地区がギャングの襲撃だよ!」


今度はそれを聞いた大人たちがざわめいた。


「ギャングの襲撃でガキをよこすってのはいったいどういうこったい」


少年は水を飲んで一息つくと、こう言った。


「いや、襲撃はあっという間で、ものの十分もしないうちに終わったんでさ。でもやつら、団地に火をつけやがって」


「火だって?」


僕は自分の顔から血の気が引くのを感じた。酔いは急激に醒めた。


「ギャングのやつら、開拓団全体を敵に回すつもりか!」


男たちが怒りにかられて叫んだ。


「通路の放水銃も古くて効かないし、だんなの部屋も、並びのおれっちも火の海でさ」


怜が僕の肩を叩いた。僕は呆然として手足に力が入らないありさまだったけど、


「亘平!」


という怜の一言で我に返った。僕が怜を見ると、怜もこちらに鋭く目配せした。ジーナの件だとすぐに分かった。呆然としている暇などない。一刻を争うのだ。

僕が珠々さんの方を振り返ると、珠々さんも心配そうにこちらを見ていた。僕は鳴子さんたちに言った。


「珠々さんをよろしくお願いします。」


それで、僕と怜は『かわます亭』を出ると、東地区までひと息に走った。団地が近づくと、せまい通路には人があふれており、黒い煙が鋼鉄のドームに立ち上っていた。

 通路の中ほどで、隣のおかみさんが服を顔に押し当てて泣いていた。放水銃はようやく作動したらしく、僕の部屋に向かって水が放たれていた。


「ひでえ煙だ」


誰かが咳き込みながらそうつぶやいた。そこから先は換気が悪く、煙たかったので、僕たちは肘で口を押えて、煙を吸い込まないようにしながら進むしかなかった。ジーナが無事か、気が気じゃなかった。

 誰かが


「山風さんが帰ってきたぞ!」


と叫ぶと、放水銃の水が止まった。もう火はほとんど消えていた。

怜と僕はすすでほとんど真っ黒になった部屋にようやくたどり着くと、他の住人が止めるのも聞かずに中に入った。怜はマスク代わりにブラウスの袖を割いて僕にくれると、他の人間が入らない見張りをかって出てくれた。

マスクのおかげで呼吸はできたけれど、目が痛かった。開拓団のアパートはほとんど鋼鉄でできている。こんなに真っ黒に燃えるはずがなかった。誰かが燃料を撒いたのだ。部屋の中は真っ黒で、耐熱ではない隔壁は溶けてゆがんでいた。

 部屋の中に、ジーナの気配はなかった。


「ずいぶんな念の入れようね。ひどい焼かれかた」


いつの間にか怜が僕の後ろにいた。


「見張りは……」


「隣の若い子がやってくれてるわ。……ジーナは……」


怜は部屋を見回して言った。僕は現実を口に出して言う勇気がなかった。怜は言った。


「とにかく、翻訳機が残っていなければ、ジーナは火事からは逃げおおせてるわ」


「翻訳機は落ちてなかった。だけど、だけどなんだって……」


怜は言った。


「亘平、あなた狙われてるわよ……。さっき外でチェックしたけれど、並びでやられてるのはここだけ」


僕は回らない頭で必死で考えた。だけど、ギャングたちの目的がさっぱりわからなかった。ネコカインの支給は数日先だったし、ジーナが目的だとしたらもっと話が分からなくなった。なぜなら『犬』を避けたいギャングが猫をさらうなんて本末転倒だからだ。


僕がふらふらと外に出ると、外ではとなりのおかみさんが待ち構えていた。


「山風さん!」


僕が顔をあげると、おかみさんの目は真っ赤だった。その真っ赤な目を吊り上げているので、おかみさんの顔はおそろしい形相になっていた。


「山風さん、こっから出てってください。この団地から!」


僕は話が呑み込めずにただぼうっとおかみさんを眺めていた。おかみさんは僕をこぶしでどついた。


「うちの子が火傷したんですよ! 『火星世代』のひとがね、ここにいたら、子供が巻き込まれるんですよ!」


後ろから隣の主人がおかみさんをなだめようとしたが、おかみさんは肩で振り払って聞かなかった。


「ギャングにとっちゃ『火星世代』は格好の獲物だって言ったろう! 迷惑なんだよ! あんたがここにいたら! これからギャングと開拓団の争いになるかもしれない。ここもあんたのせいで、もう安全じゃなくなっちまったんだよ!」


言われてみればその通りだった。隣の子の火傷は悪いのだろうか。僕は隣の主人の胸で泣き崩れるおかみさんを前に、何も言葉が出てこなかった。

怜は腕組みをして、僕たちのことをじっと見つめていた。僕は怜に何かを言ってほしかったのかもしれない。けれど怜はそこでだまって見つめているだけだった。


「うちのが済まねえな……」


隣の主人がおかみさんの肩をさすりながら、僕にそう話しかけた。僕は言った。


「ここを出ます……」


ご主人は僕を気の毒に思ったのか、最後にこう言った。


「今日だけでもうちに泊まっていくかい。急に行くところもないだろう。玄関先はやられたが、なーに奥の部屋を片しゃ、ひとりぐらい余計に眠れるさ」


僕はちからなく首を振った。家の中のものはみんな焼けてしまっていたし、ここにいては本当にみんなに迷惑がかかるかもしれない。

それに、ジーナを失った家にはもう留まる理由がなかった。


僕は通路をぬけて、大通りに出た。駅の方に歩き始めたとき、僕は後ろに怜が一緒に歩いてきていることに気が付いた。怜は隣の人とのやりとりを見ていたときとまったく同じように、何も言わず、じっとこちらを見て、ただ後ろを歩いていた。僕が振り返っても言葉をかけることもなかった。

駅について、僕が呆然と行き場所を考えていると、怜がはじめて僕に声をかけた。


「どこか行くあてはあるの?」


僕は言葉を絞り出しながら、同時に考えていた。気が付けば煙で喉がやられて、かすれ声になっていた。


「いや……、そうだな……。あるよ。会社の詰め所だけど」


怜は組んでいた片腕をはなしてうなずいた。僕は翌日、池田さんと会う約束になっていた会社の詰め所を思い出していた。ああいうところは、採掘のために宿直室がついていたはずだ。

 僕は採掘場のある第8ポート駅方向のホームに向かった。怜もなぜか僕の後をついてくる。僕は怜に言った。


「もういいよ、怜……。ひとりになりたいんだ」


本心じゃなかった。でも、自分でも恥ずかしい話だけれど、僕は隣の人に言われるままだったのを見られて、なぜか怜に怒っていたんだ。怜は表情を変えずに言った。


「たまたま私もこの方向なの」


それで怜はほんとうに一言も僕に話しかけることなく会社の詰め所までついてきて、僕は仕方なくこう言う羽目になった。


「お茶でも飲んでいくかい?」


それまで一言も話さなかった怜が僕をちらっと見ると、


「もらうわ」


と答えた。僕は詰め所でお茶を沸かして入れた。詰め所にあるのは化学合成粉末のお茶だけで、変にあまったるい味しかしなかった。

 怜は向かいの椅子に足を組んで腰かけていて、やっぱり一言もしゃべらなかった。僕と怜は窓の外に見えるうすぐらい照明の坑道をだまったままじっと見つめていた。

 部屋の中はしーんと静まり返って、ただマグカップをテーブルに置く音だけがむなしく響いた。僕は部屋からジーナのもの、例えばゴハン皿の一つも持ってくればよかったと思ったけれど、そんなことしたって何になるというのだろう。

 

「……ジーナを守れなかった」


 僕の口から自然にそんな独り言が漏れた。ぜったいに怜の前で弱音を吐くまいと思っていたのに、現実は残酷だった。僕の口からはほとんど嗚咽に近い声が飛び出した。


「ジーナだけは守ろうと思ったのに、僕がすぐに決断すれば……。ジーナには僕しかいなかったのに……」


 僕の頬を涙が伝った。なんてみっともない姿をよりによって怜に見せてしまっているんだろう。だけど、僕はどこかで怜が優しい言葉をくれるのじゃないかと期待していた。

 けれど、怜は坑道から僕に視線を移して、厳しい顔で僕を見ていた。


「泣いて気が済むなら泣けばいい。泣いてジーナのことを忘れればいいわ」


 僕は頭に血が上って、思わずこぶしでテーブルを叩いた。


「それはどういう意味だよ、怜!」


怜は続けてこう言った。


「忘れられるなら忘れたほうがいい、ってことよ。ふつうの日常にもどるためにそうすることを選ぶのは何も間違っていないわ。もともとあなたのところにいるはずではない猫だもの」


 僕は思わず大声を上げた。


「忘れろ……? 日常に戻れ……? 何を言ってるんだ? ジーナは家族なんだ!」


怜は


「そうね」


とだけ短く言うと、平然と立ち上がって詰所のドアに手をかけた。そして去り際にこう言って出て行った。


「家族を失って、言われるままに家を後にして……。じゃあ、あなたはどうするつもりなの……? 泣くことなら誰だってできるわ」


それはいままででいちばん辛辣な、胸にささる一言だった。怜から言われたということがさらに苦しかった。僕はしばらく怜の出て言ったドアを穴があくほど見つめた。ジーナを守れなかった自分への怒りと、怜への怒りが胸の中に渦巻いた。


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