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第八十五話 消えたジーナ-3

 僕は通路をぬけて、大通りに出た。駅の方に歩き始めたとき、僕は後ろに怜が一緒に歩いてきていることに気が付いた。怜は隣の人とのやりとりを見ていたときとまったく同じように、何も言わず、じっとこちらを見て、ただ後ろを歩いていた。僕が振り返っても言葉をかけることもなかった。

駅について、僕が呆然と行き場所を考えていると、怜がはじめて僕に声をかけた。


「どこか行くあてはあるの?」


 僕は言葉を絞り出しながら、同時に考えていた。気が付けば煙で喉がやられて、かすれ声になっていた。


「いや……、そうだな……。あるよ。会社の詰め所だけど」


 怜は組んでいた片腕をはなしてうなずいた。僕は翌日、池田さんと会う約束になっていた会社の詰め所を思い出していた。ああいうところは、採掘のために宿直室がついていたはずだ。

 僕は採掘場のある第8ポート駅方向のホームに向かった。怜もなぜか僕の後をついてくる。僕は怜に言った。


「もういいよ、怜……。ひとりになりたいんだ」


 本心じゃなかった。でも、自分でも恥ずかしい話だけれど、僕は隣の人に言われるままだったのを見られて、なぜか怜に怒っていたんだ。怜は表情を変えずに言った。


「たまたま私もこの方向なの」


 それで怜はほんとうに一言も僕に話しかけることなく会社の詰め所までついてきて、僕は仕方なくこう言う羽目になった。


「お茶でも飲んでいくかい?」


 それまで一言も話さなかった怜が僕をちらっと見ると、


「もらうわ」


と答えた。僕は詰め所でお茶を沸かして入れた。詰め所にあるのは化学合成粉末のお茶だけで、変にあまったるい味しかしなかった。

 怜は向かいの椅子に足を組んで腰かけていて、やっぱり一言もしゃべらなかった。僕と怜は窓の外に見えるうすぐらい照明の坑道をだまったままじっと見つめていた。

 部屋の中はしーんと静まり返って、ただマグカップをテーブルに置く音だけがむなしく響いた。僕は部屋からジーナのもの、例えばゴハン皿の一つも持ってくればよかったと思ったけれど、そんなことしたって何になるというのだろう。

 

「……ジーナを守れなかった」


 僕の口から自然にそんな独り言が漏れた。ぜったいに怜の前で弱音を吐くまいと思っていたのに、現実は残酷だった。僕の口からはほとんど嗚咽に近い声が飛び出した。


「ジーナだけは守ろうと思ったのに、僕がすぐに決断すれば……。ジーナには僕しかいなかったのに……」


 僕の頬を涙が伝った。なんてみっともない姿をよりによって怜に見せてしまっているんだろう。だけど、僕はどこかで怜が優しい言葉をくれるのじゃないかと期待していた。

 けれど、怜は坑道から僕に視線を移して、厳しい顔で僕を見ていた。


「泣いて気が済むなら泣けばいい。泣いてジーナのことを忘れればいいわ」


 僕は頭に血が上って、思わずこぶしでテーブルを叩いた。


「それはどういう意味だよ、怜!」


 怜は続けてこう言った。


「忘れられるなら忘れたほうがいい、ってことよ。ふつうの日常にもどるためにそうすることを選ぶのは何も間違っていないわ。もともとあなたのところにいるはずではない猫だもの」


 僕は思わず大声を上げた。


「忘れろ……? 日常に戻れ……? 何を言ってるんだ? ジーナは家族なんだ!」


 怜は


「そうね」


とだけ短く言うと、平然と立ち上がって詰所のドアに手をかけた。そして去り際にこう言って出て行った。


「家族を失って、言われるままに家を後にして……。じゃあ、あなたはどうするつもりなの……? 泣くことなら誰だってできるわ」


 それはいままででいちばん辛辣な、胸にささる一言だった。怜から言われたということがさらに苦しかった。僕はしばらく怜の出て言ったドアを穴があくほど見つめた。ジーナを守れなかった自分への怒りと、怜への怒りが胸の中に渦巻いた。


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