第九話 火星開拓団の話-終
僕がここで長々と火星の歴史について話すのには理由がある。
ジーナのことは『センター』には絶対に秘密だ。子猫は『センター』の独占するネコカインを放つからね。ここでは、子猫のことは命にかかわるのさ。それで、ジーナと僕をかくまってくれたのが『初期開拓団』なのさ。
『はじめの人たち』について。
火星の歴史を語るときには三つの段階がある。
『はじめの人たち』と、『初期開拓団』と、『火星世代』だ。
火星最初の開拓団は、一握りのお金持ちと、本当に選ばれたエリートと、大量の機材と、動植物だった。
そのころ、地球は温暖化で環境がひどく悪化していて、戦争が各地で起こっていた。
(まだ猫が最初の言葉をしゃべる前のことさ)
そんななか、地球で生き延びることができないと思った10人ほどの金持ちは、各界のエリートを自分の箱舟につんで、火星に逃れることを決心したのさ。
僕たちは彼らを『はじめの人たち』と呼ぶんだけどね。
まあ『はじめの人たち』は自分のもてるすべてを使って宇宙船をつくり、優秀な人を集め、火星に出発した。
地球がどうなったかって……?
それがとても皮肉な結果になった。『はじめの人たち』が地球を脱出して、すべての経済活動をやめたことで、地球は短いあいだ、大混乱になった。
だってそれまでは、本当にひと握りの人たちが、半分以上の農地や工場を独占していたんだ。
あたりまえのことだけど、彼らが地球を出て行って、大きな工場や農地のほとんどが廃墟や荒れ地になった。
そして、とり残された人間たちは、効率のわるい農業や工業をほそぼそと営んだ。
そしたら、地球は少しずつ環境を回復した。新しくできた森がぐんぐん成長して、海では魚たちがプランクトンをモリモリ食べて増え、人間に水揚げされることもなく海の底に沈んで温暖化ガスを封じ込めた。
それでまあ、かろうじて人間は地球上で生き延びた。
それを支えていたのが猫たちなのさ。猫たちは、人間が忘れかけた豊かさの象徴だった。
それで……なぜ地球と火星が戦争寸前になったかはわかるだろう……?
地球にしてみれば、『はじめの人たち』は自分たちを捨てた人間たちだ。
一方で、最初の開拓団は、文字通り自分の財産も命もなげうって、火星に住み始めた人たちだ。
やがて他の開拓団が到着するころには、火星と地球の関係は一触即発になっていた。
初期開拓団は『はじめの人たち』と火星の土地をあらそって、人数の多い開拓団が勝った。
(このときできたのが、あの医者のいた開拓団の街とよばれるゴミゴミした地域だ)
『はじめの人たち』がは辺境に追いやられ、やがてどこに行ったのかわからなくなった。
そして、火星生まれの『火星世代』だ。彼らは地球との争いが終わってから生まれたので、地球やセンターに対していいイメージしかない。だから、『初期開拓団』とはちょっと距離がある。
いわゆる、現代っ子さ。
……僕かい?
僕は典型的な『火星世代』で、平凡なサラリーマンだったよ。ジーナと出会うまでは。
萩尾望都先生の「スター・レッド」は火星SFのバイブル。






