表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

片割れ探し

作者: olivia nelson

一応、恋愛要素あります


スペインにこんな言葉がある。

「貴方は私のオレンジの片割れ」という言葉だ。

オレンジ等の果物はどれ程正確に、また同じ形になるように半分に切り分けようと、当たり前の事ながら、元の片割れ以外に元の形に戻る片割れはない。

つまるところ、「私には貴方以外に合う片割れ(相手)はいない。それほど、貴方は私にとって大切な存在」という意味の、「愛の言葉」というやつだ。


だがしかしこれは、「片割れ」に限る事だ。



太陽の半分が地平線に沈む頃、山のふもとに広がる森の、木々の間を風が通る中、一人の若い男があてもなく、彷徨っている。

空は若干の夕陽で明るいが、木々が並び立つその森の中には夕陽など届く訳もなく、頭上の木々の間から見える空のみが、どんよりと明るく見える。


しかし男はそんな薄暗い中にも関わらず、森の奥へ進む。男は登山用の格好をして、薄暗い中をライトもつけず、ただ一人、ひたすらに歩いている。遭難者であろうか。それにしては随分と落ち着いている。彷徨っているのに、どこか、目的地でもあるかのように歩く。かといって、男はときおり止まっては地図を開く訳でもなく、やはりただひたすらに森の奥へ進む。



男はこの森に死にに来たのだった。


男は一ヶ月前、会社をクビになった。

端的にいうとそれが理由である。付随すると、クビが原因で恋人との仲が悪くなった。家を出ていかれ、音信不通。というわけだ。


自殺も考えた。しかし飛び込みや飛び降り、首吊りなどはとても痛そうでやる気にならなかった。何より、自分が死ぬことで人に迷惑をかけたくなかった。

男が「死」を決断してからは早かった。死に場所にこの森を選び、自らが死んだ後も問題にならないように家財を売却後、住んでいた家も引き払った。この森の付近の地域にある空家の管理会社に連絡し、さも購入を検討しているかのように見せ、「解雇になったのを機に地方に引っ越しする」といった体裁で、死にに行く事を悟られないようにした。

男は誰にも「死にに行った」と後語りされたくなかったので、あくまで陰鬱な雰囲気というか「これから死にに行きます」というような雰囲気で森には入らず、あくまでただの登山客を装い、昼間には老人達と昼食を共にし、談笑までした。

こうしておけば森の中で死体で見つかったとしても、例えばあの老人達の証言で「死ににきたようには見えなかった」「ただ単に森で迷ったのではないか」といった具合で話が付き、「よくある遭難事故」として処理される。まさに「完全事故死」という男にとっての理想の死に方である。であるからして、男の中では「これから死ぬ」という恐怖よりかは「自分が決めた方法で最期を迎えられる」という「完全事故死」達成への期待が大きかった。男はそんな期待を胸に、また一歩森の奥へと足を踏み入れる。


遠くの方から数人の話し声が聞こえてくる。


作業着の男1「そっちは?あったか?」


作業着の男2「いいや、今日は二人だけだな」


男は立ち止まり、木の陰に隠れる。そして木の後ろからその声の方を覗き見る。


二人?どういうことだろうか。10人程の作業着を着た男達が、細長い袋を引きずらないよう運んでいる。袋は黒く、中に何か入ってるようだ。



あぁ、なるほど、そういうことか。



男達は袋を囲んで持ち、森出口に続く山道を歩いていく。この時間だ、他の登山客が少ないのを狙ったのだろう。


男「、、、マズいな」


男は木々の間を縫いながら元来た道を歩く。しばらくして作業着の男達とはだんだんと離れていった。


どれくらい歩いただろうか。頭上の空がいよいよ暗くなりはじめてきた。

木々の間から差し込んでいた光ももう見えない。羅列する高々な木がその大きな枝に黒く影を作り、森全体がその影で染められていく。流石にここまで来ると肉眼では視野に限界が来る。かといってライトを付けると巡回の人間に見つかってしまう。無理にすすんで転落し、苦しみながら死ぬのはまさに「事故死」といえる。しかし、せっかく死にに来たので突然の死ではなく、計画的な死というか穏やかな最期を迎えたいというのもまた、男の希望するところだった。中途半端だろうと最期の願いだ。バチは当たらないだろう。


そういう訳で青年は、明日に向けての体力温存も兼ねて死に場所探しを中断する事にした。

一本の根元に腰を下ろし、水を飲む。ややぬるくなった冷水が、喉の中を下っていく。一息つき、ボトルをしまうと、近くに丁度良い大木の根元とくぼみを見つける。丁度人二人分といったところか。男はリュックを前に掛けると、そこまで歩き、くぼみの中に降りる。くぼみは端にそびえる一本の大木の根元に開いており、くぼみに入れば遠くから見つかる事もないようだ。無論、誰もこのくぼみを知らなければの話だが。


足元に広がる落ち葉を下地にしたそのくぼみは、その頭上に雲も通さず空に続く。よく目を凝らせば、この時間からでも星が見えそうなくらいだ。男は根本に寄りかかるよう、そのくぼみの端に座った。地面から微かに香る落ち葉の香りが心地よい。大木を見上げると、紅葉を付けた枝が男を見下ろす。背中に当たる固い木の肌は、すこし固めなベッドのようだ、気にならない。森が迎えてくれているのだろうか、少し星が見え始めた空を見上げる男は、その目を閉じた。



男が起きたのは声を掛けられてだった。


「あの、大丈夫ですか」


[落ち葉を散らす音]


男は焦った。びっくりした。


「、、、ええ、すこし、疲れて寝てしまって」


「ああ、とりあえず良かったです。やっと人に会えた」


女はそう返すと、向かいの木の根元に腰を下ろした。先程見上げた空には・・・・・・星は広がっていない。女は水を飲んで一息つくと、まあ恐らく遭難か死にに来たかのどちらかの経緯を話し始めた。


[虫の鳴き声]


「はあ、つまりあなたは遭難したと」


「ええ、久しぶりに長期休暇がとれたので、この機に新しい事に挑戦してみようかな。と」


女は自分のバッグを土の地面に置いて開き、懐中電灯の電池入れを覗いている。


「それで山に登ってみたはいいものの、帰り道を忘れてしまい、とりあえず山を下って来たこの森でも迷ってしまった。と」


「その通りです、よく分かりましたね。」


女は諦めたのか、懐中電灯をバッグの中に戻し、チャックを閉める。


「いやぁ、実は僕もなんです」


女の手が止まる。


「・・・つまり、あなたも遭難された、、、という事ですか、、、」


まずい、少しばかりでも頼られていたのか。


「ええ、ただ僕の場合は、この地方への引っ越しのついでに。というものですが」


「引っ越しのついでに、、登山、、ですか、、」


まずい。余計な事を。


「、、、変わってますか」


「いえ、変わってはないと思います」


女は手を再び動かす。


「、、、そうですよね」


危うかった。そうか、つまりこの女は本当に遭難したという訳か。まったく、このまま死ねば僕の「完全事故死」になりそうな女だ。しかも本人の意思とは関係ないのだからまさに完全だ。なんというか、皮肉だ。


頭上の空は完全に黒一色に染まり、月明かりすらも感じられない。


流石に巡回の人間も帰った頃だ。


アリバイに使う予定だったテントに女を入れ、外で夜明けを待つ事にした。テントの横でライトを立て、また根本に寄りかかる。ふと見上げると、黒一色の中に一つ、星が見えた。小さく、しかしはっきりと光るその星は、一つの命の存在を男に見せつけているようであった。

せっかく見つけた星だが、死に向かう男にとってはあまり心地の良い物ではなかった。男は下を向き、暫くそうした。


あれからそんなには寝ていない筈だ。テントから布と布が擦れる音がして、目を開ける。獣でも来たのだろうか

しかしテントから出てきたのは女であり、こちらに気づくと、申し訳なさそうに手を合わせ、正面の木に寄りかかって座る。


「いやー、すいません、中々寝なれないもので」


「テントで寝るのは、初めてでしたか」


女はペットボトルの蓋を開け、水を飲むと、木を見上げながら答える。


「そうです。山に至っては人生で2回目だし、最後に行ったのは大学のサークルとしてでしたからね」


「登山サークルですか」


「といっても、形だけでしたけどね。実際は、年に一回登山があるかないかで、あとは飲みサー状態。それに、私は最初の年で辞めてしまいましたから」


「ああ、それで二回目」


「ええ、でなきゃ遭難しません」


女は少し笑ってそう言う。男もつられて笑う。

女は変わらず気を見上げている。


「因みに、辞めた理由を聞いても?」


「えっ」


女が一瞬詰まった表情をする。まずい。また余計な事を


「すいません、いきなり沢山質問を、、、」


「いえいえ。ただ、なんで聞いたのかなって」


何故って、別に珍しい質問でもないだろう。


「その、ちょっと思いましてね」


「なんで大学の頃辞めたのに、また登りに来たのかなって」


「あ、それ聞いちゃいます?」


女が男を見る。


「あっいや、もしよければの話で、、、」


「あんまり面白くないですよ?」


「・・・ええ、分かりました」


「じゃ、お話しますね」


「あーでも、変わってるっちゃあ、変わってるのかな」


女はそういうと、上を見上げ直す。


そうする女を見て、少し気になった。女がサークルを辞めた理由を。表情が詰まったぐらいだ。何かあったのだろう。


「あれは、そうですね、私が初めて山に行った時でした」


「サークルのメンバーでここに来たんです。この山に」


「えっ、ここに?」


「おかしいでしょう。だったら尚の事なんで来たんだ。ってね」


「あ、いや、別にそういうわけじゃ、、、」


「いやいや、私もそう思います」


「、、、そうですか」


「昼間結構登るのに時間が掛かっちゃって、半分遭難状態だったんですよ。当然、今日みたいに遅くなっちゃって、サークルで泊まる事にしたんです。近くのレンタルハウスに」


男は黙って聞く。


「その夜は、仲間と一緒に教授の愚痴とか噂話をしながら飲んでました。それから・・・皆が寝静まって、丁度これくらいの時間だったかな」


「お酒を結構飲んでたので、喉が乾いちゃって、自分のベッドから起き上がって冷蔵庫に向かいました。その時です」


「あ、言いましたっけ?私、そのサークルに、好きだった先輩がいたんです。一目惚れってヤツですね」


へぇ。


「その先輩がレンタルハウスから出る所を見ちゃったんです。こんな時間にですよ?しかも外は夜の森、心配でついていったんです」


「先輩はレンタルハウスが並ぶ駐車場までの道を歩いていて、「車に何か取りにいくのかな」と思ってたら、突然脇道を逸れて森の中に入っていったんです」


女は続ける。


「そりゃあもう、更に心配になりましたよ。そんな徘徊癖もなかったし、変人でもなかったんで、「何か憑いてるのか」とも思いました」


「でね、後を着けてたんですけど、一向に行き先が見えなくて、ひたすら獣道を歩いている先輩を見て、「もしかしたら本当に何か憑いているのかもしれない」とまで思ってしまいまして」


「「このままじゃマズイ!」と思って後ろから肩を叩こうとしたその時でした」


「急に、森が開けている平野に出たんです。まさか、あんな所があるとは知りませんでしたよ。規模はそんなに大きくなくって、ホントに森に小さく空いた穴みたいな感じの規模です。でも、月明かりがよく当たっていて、先輩の影が見える程でした」


「こんな森にそんな所が、、、」


「気付いたら、私その平野に出てて、先輩に気付かれちゃいましてね」


「で、最初は私も彼も動揺してたんですけど、彼が事情を悟ったようで」


「「星を見に来たんだ」って言ったんです。急にですよ?思わず聞き返しちゃいました」


「でも彼に言われて空を見てみたら、もう満面です。満面の星が、そこにはあったんです。暫く我を忘れて見とれてしまいました」


「彼はその前の年に偶然そこを見つけたみたいで、そこから見えた空の星に釘付けになったようです」


「それに、あんまり人が通らない、山道からかなり離れた所でしたから、彼が一人になれた所だったんだと思うんです。」


「だからね、やっぱりとても綺麗でした。とっても」


「はぁ」


「あ、信じてませんね?本当にあるんですよ、そこ」


「いや、信じてないというかなんというか」


「いいや、その感じじゃあ、信じてないって分かります」


「いや、まあ、ね、、、」


「じゃ、今から見せます、行きましょう。昼に通ったんで」


「え、いやでもこんな時間ですし、」


「え?もうすぐ夜明けですよ?貴方も私も結構寝てたんで。あっそうだあそこねー、近くにオレンジの木があるんですよー」


「えっ」


男は慌てて腕時計を見る。時刻は丁度、日の出の一時間前を指している。女は立ち上がり、少し背伸びをしながら上半身を左右させる。


「そうですねー、ここから歩くと30分位のところかなー」


ならば往復で一時間だ。丁度良い。夜明けと共に女を出口に誘導。適当にタクシーでも捕まえさせておさらばしよう。


「分かりました。そこに行って、明るくなったら、出口を探しましょう。最悪、山道まで行けば朝一番の登山者に会えるはずですから」


「あ、やっぱり信用してなかったんじゃないですかー。良いですよ、そうしましょう。やっぱり自分の目で確かめてみないとね?」


「いえ、だから、そういうわけでは、、、」


空がうっすらと明るくなっていくのを時折見上げながら、獣道を女を前に進んでいく。話には聞いていたが、本当に獣道だ。棘や急な傾斜など、とてもこの先にその平野があるとは思えなくなってきた。


「あと、少しですよー」


「は、はぁ」


女の言った通り、その平野は急に現れた。何回目かの傾斜を登りきった時、突然現れたのだ。平野には一貫して一本の木もなく、あるのは平野の周りに生えるオレンジの木のみだ。彼女が一つ取って、


「食べます?」といって男の前に出す。男は少し動揺しながらも


「じゃあ、お一つ」


そういって受けとると、リュックの中に入れた。


また、平野に薄く生える一本一本の草は全て均等にその平野を形作っている。そして、上を見ると、黒に近い青の空に無数の星が散らばっている。男は暫くその光景に目を奪われた。


「どうです?綺麗でしょう?」


「、、、え?あっ」


満面の星々は各々が細かでしっかりとした光を放ち、夜明け前の空を彩る。自然のプラネタリウムといったところか。


「ふふふ、何だか私より見とれてますね。ね?言ったでしょう?本当にあるんですよ。ここ」


「あ、はい、いや、あの、本当、ビックリしました」


「本当にこんな所あったんですよー、いやー、何回来ても綺麗だなー」


女は上を見上げ、暫くそのまま星を見ていた。と、


「あそうだ、さっきの話、続きがあるんですよ。聞きます?」


「ああ、先輩の?聞きます」


「あれからですね、ああ、あの時はそれで終わったんです。この話の醍醐味はここからなんですよー」


えっ、ここから?


「あの後一ヶ月後くらいでしたかね。あんまり大学で先輩見ないなーとも思ったら、風の噂で「大学を辞めた」って聞いたんです」


「えっ、退学ですか」


「しかも、自主退学だったんです。彼が大学内で何か問題を起こした訳でもないし、確かに夜中に星を見に行くって点で見たら変人でしたけど、でもやっぱり、それ以外では普通の常識人でしたから、なんかおかしいと思って、私も彼の周りを調べたんですよ」


「そしたら、彼に彼女さんが居た事と、彼女さんとのいざこざが原因で大学を辞めたって事が分かったんです」


「はぁ」


「で、そこで私の初恋は終わったんですけど、当時の私は次に「なんで彼女さんと揉めたのだろう」ってそっちの方が気になっちゃって、まあ行き過ぎてたとは思うんですけど、彼女さんに直接聞きに言ったんです」


「へぇ、大胆」


「でね、彼女は会ってもくれませんでした」


「でしょうね」


「そこで気付きました。いや、遅すぎたのかもしれません」


「おっと、ただ確証は掴めてませんでしたから。彼女の友人の友人、要するに他人に聞きました」


「おお、それはそれは」


「まず、何故彼が彼女さんと揉めたのか。結論から言ってしまえば、あの時私と居たせいなんです。あの時、サークル仲間が私の事着けてたんです。まあ夜中に二人も立て続けに出ていったらそりゃ怪しみますよ。ましてや二人きりであの平野で並んで星を見てたらね」


「まあ、そりゃあウワサになりますよ。そのウワサが渡りに渡って彼と彼女さんとの関係を知る人間にまで広まって、それで彼女さんにもね、、、」


「当然、彼女さんは怒りますよ。なにせ彼は常識人でしたから。まあ最初は私にも来そうだったんですけど、そこは彼が「女さんは自分とはそういう関係ではないし、なにより女さんは自分に彼女がいることを知らない」って、私を庇ってくれてたんですよ」


「それがまずかったんでしょうねー」


「それで私は守られたんですけど、それを聞いた彼女さんが「何でそんなにその子を庇うのよ!」って彼と口論しちゃって、何より「彼は私より女さんが大事なんだ」って不信感を持つようになって、結局そのまま別れちゃったんです」


「で、別れた事も当然広まって、可哀想に思った周りが私にヘイトを向けるようにしたんですけど、彼はそれも止めてくれて、、、」


「あぁ、、、」


「結局、それが周りにあんまり良く思われなくなったんでしょうね。最後には、彼にだけ謎の「空気」としてのヘイトが向いて、大学に居場所がなくなって、自主退学。という流れだったらしいです」


「彼女さんに謝罪も込めて事実確認のメールも送りました。何の嫌味だ。そんな事は分かってましたけど、自分へのケジメとして送りました。そして、返事は無かったです」


女は上を向いて笑顔を作っているがよく見るとその顔は震えている。男はそれに気付き、何か励まそうとしたが、自分が萱の外にいる人間であることを考えると、ただ立ちすくして、空に散らばった、消え行く星々を見つめる事しかできなかった。


「すいませんね、なんかわざわざしんみりさせちゃって」


「あぁ、いえいえ僕は大丈夫です」


「そうでしたか、なら良かったです。あー、何だろうな、他人だと話せちゃう事ってあるんですね」


「ええ、そうかもしれませんね」


「あっそうだ、じゃあ今度は貴方の事教えて下さいよ。あそこで寝てた、本当の理由」


・・・・・・え?


「本当も何も僕は遭難して、、、」


「そんな訳ないじゃないですか。貴方が寝てたの、山道のすぐ脇でしたよ」


「えっ、、、まさか、そんな、、、」


あり得ない、だって、「ちゃんと人目に付かない場所を選んだのに、、、」


「あっ、、、」


女が笑みを浮かべ男を見る。男はカマをかけられた事に気付き、詰まって下を向く。少しの間を置いて、女がこう続ける。


「当てましょうか?」


「、、、」


「ズバリ、自殺ですね?」


下を向き、目を逸らす男を前に、女は人差し指を立てて続ける。


「まあ、山道の脇で寝てて、遭難したって言われてもね、なんとなぁくそんな感じはしてましたよ」


「、、、じゃあ、なんで、、、」


「最初に言ったじゃないですか。「今の時代は色々な事情がある人間が多い」って。私もこういう人間ですから、貴方にもなんかあると思ってね」


「なるほど、、、」


「で、ちなみに、理由は?」


「、、、あぁ、いわゆる、リストラってヤツです。それで交際相手とも別れて、、、」


「へぇー」


「、、、」


「あ、どうぞ続けて」


「、、、で、死のうと思ったんですけど、やっぱり自分から死ぬのは怖くて、どうせなら森の中で自然死をしたくて、、、」


「なるほどなるほど、それであそこで、、、」


「、、、はい」


「はー、なんだか随分つまらない理由ですね」


「・・・・・・なんです?」


「んー?チョーつまんないです、その理由。というか無責任です」


「あの、え、なんでですか?」


「なんでって、リストラが原因で交際相手と破局しといて、その後直ぐ死ぬって、、、それじゃあ交際相手に後味悪い思いさせちゃいますし、貴方の死体探すのに使う税金も無駄です」


「いや、あの、別に自然死なら誰もそこまで悲しまないんじゃ、、、」


「いーや、税金はともかく、絶対に交際相手は後味悪い思いしますよ」


「も、もう別れた相手ですし、関係ないんじゃ、、、」


「そーいうのが無責任だって言ってるんです」


「な、あんたが何を知って」


「ええ、知りませんよ?無自覚とはいえ、彼女持ちの男の人の事もあんまり考えず、一緒に夜中を過ごした女が知ってる訳ないじゃないですか」


「な、ならなんでそこまで」


「貴方のその理由が本当の理由じゃないからですよ!」


「、、、は?は、話が変わって」


「貴方はリストラが原因で全部上手く行かなくなったって言いましたね?でも本当は違うはずです。もっと他に、もっと近くにその答えはあったんです」


「な、何を言って、、、」


「貴方、本当は交際相手と破局した事が理由ですよね?」


「なっ、そんな事は、、、」


「じゃなきゃ、あんなに私の話聞きませんって。塩返事で興味ないフリしちゃって、本当に興味なかったら、あの時私の話聞こうなんて思いませんよ?」


「、、、」


「いい歳になってありえない?自殺まで追い込まれた人間に、歳相応の判断なんてできるわけないじゃないですか!」


「・・・・・・」


「聞かせてくれませんか?貴方の、交際相手との別れた本当の理由」


「、、、分かりました」


「ありがとうございます」


男は先程リュックに入れたオレンジを取り出し、右手に掴むと、その重い口を開く。


「、、、本当は、自分でも分からなかったんです。なんで死のうとしたのか」


「でも、リストラじゃないんだったら、やっぱりそういう事なんじゃないんですか?」


「、、、そうかもしれませんね」


「、、、」


男はオレンジを両手で持ち、無造作に回しながら続ける。


「スペインにね、こんな言葉があるんです。「貴方は私のオレンジの片割れ」って言う言葉が。意味は、」


「意味は、「私に合う片割れは貴方しかいない。だから、貴方は私にとって大事な人」いわゆる、愛の言葉ってヤツですよね?」


「、、、良くご存じですね」


「ええ、まあ、恋をした人なら一度は聞いた事あるんじゃないんですか?」


「で、僕は結構その言葉気に入ってたんですよ。一種の信条みたいなものですかね。中々自分の中から抜けなくて。その交際相手と会ってからもです」


「ええ、勿論、彼女はまさに僕が探し求めていた片割れでした。話も合うし、容姿も好みで、何より一緒にいて楽しかったんです」


「良い彼女さんじゃないですか」


「ええ、だから僕も彼女にとっての片割れであり続けるように仕事を頑張ったんです。僕にはそれ以外、彼女に尽くせる事がありませんでしたから」


「、、、相思相愛だったんですね。でも、なら何故」


「何故ですかね、一ヶ月前の事でした。朝会社に行ったら部長室に呼ばれて、一枚の紙を机の上に置かれて、こう言われたんです」


「「次の職場では良い運を」ってね。「良い運ってなんだ」ってね。思わずそう言ってやりたくなりましたよ」


「なるほど、、、」


「解雇理由としては、人件費削減の一貫とか、リスク削減とかなんとかでした」


「まあ我慢ならなくてね、普通はあそこで踏みとどまるべきだったんでしょうけど」


「お、直訴ですか?」


「ええ、しかも社長にね。なんせ僕にとっては彼女と僕を繋ぐ唯一の綱でしたから。職場の人間関係全て捨てる覚悟で、同僚や上司の社長への陰口やらなんやらを全部ぶちまけて、少しでも自分の下を作ろうとしたんです」


「おお、これまた大胆な事を」


「そしたらまあ、最初は苦笑いで聞いてた社長も段々怒ってきちゃって、名前が出た本人達を呼びつけて真偽を確かめようとしたんです」


「うわ、修羅場だ」


「ええ、それはそれは、もの凄い光景でした。最初はこっちを睨み付けながら平然と否定してた本人達も、社長の真剣さに辟易したのか、シビレを切らしましてね、開き直って口論ですよ」


「わー凄い、本当に会社ってそんな事ってあるんですね」


「僕も信じてませんでしたし、まずありえない事です。ただ、自分を落とした敵同士が争いあってるのを見て、少し気持ちも晴れ晴れしたんです」


「結局、掴み合いになって、警察が飛んできて、当事者達はそのまま御用。僕も騒ぎを起こすきっかけとなった人間として任意同行をしました」


「彼女さん、心配しません?」


「ええもちろん、帰って来たら会社から連絡来てたみたいで、そりゃあもう、怒ってましたよ。今思えば、あれは心配してくれてたんでしょうね」


「まず聞かれたのが、「何故問題に関わったのか」でした。まあ、まさか「君との生活が掛かっているから」とも言えなかったですし、逆に心配されても困るので「ただ単に気に食わなかった」ってそう言っちゃったんです」


「そりゃだめだ」


「ですよね、彼女それ聞いてもっと怒っちゃって、「仕事なんだから、人生を左右する事なんだからもっと真剣に考えてくれ!」って言われちゃいました」


「でも、ねぇ?」


「ええ、当時の僕としては勿論そんな事は分かりきっていたので、僕も思わず「そんな事分かってる。僕はだからこそ、君との繋がりを失わない為にやったことだったんだ!」ってね」


「彼女は一度首を傾げたんですが、意味が分かったのか、次に「じゃあなんでもっと考えなかった、例えば社長に直訴するにしても、直訴の代わりに再就職先への紹介とかもっとあったはずでしょ!」って」


「その通り」


「僕はその言葉を聞いて、「そうか、そんな手が、、、」って思って、同時に自分の不注意の無さを身に染みました。悟ったんです、「あっ、僕は関係性に重きを置くばかり、もっと重要な、細かい所を見落としてしまうんだな」って」


「ふんふん」


「「このまま、この人と居れば彼女の負担になってしまう。つまりそれはもう、片割れじゃない」そう考えると怖くてですね」


「あっ、まさかそこで?」


「別れを、切り出したんです。「僕はもう君の片割れじゃなくなってしまった」って言って。実際そうでしたから」


「はー、なるほどねぇ」


「彼女それを聞いて、少し驚いたような、呆れたような顔して、「そう、分かった。次の片割れでは良い運を」って言ってそのまま家を出てっちゃいました」


「で、今は音信不通と」


「はい、僕自信も何だか連絡できなくて、実質連絡してないのと一緒です」


「んー、なるほどなるほど、それで、もう片割れを失った貴方に生きる意味も価値もないと、だから死にに来たんですね?」


「、、、ええ、そうかもしれません」


男はオレンジを回す手を止め、オレンジを見つめる。


「、、、」


「、、、」


「一つ、いいですか?」


「、、、どうぞ」


「なーんだかなぁ、それって勿体無い気がするんですよぉ」


「えっ」


「だって、せっかく結ばれたんでしょう?私なんか結ばれる前に目の前から消えちゃって、しかも自分のせいでですよ?」


「いえまぁそれはそれで、、、」


「それにね、片割れが居たとしても、今貴方が死のうとしてる瞬間にすら現れないって事は、大した片割れではないです」


「それは違うんじゃ」


「「片割れ」しか恋愛できないなんて窮屈だし、何よりその言葉を知らない人が可哀想になってしまいます」


「はあ、」


「だから、やっぱり、はずれ者同士でも良いんじゃないかなーって」


「、、、つまり?」


「恋愛って、相手を知って、自分に合ってるから付き合うのもアリだけど、相手を知ろうとするから付き合うのってのもアリなんじゃないですか」


「じ、じゃあ、俺はどうすれば」


「「片割れ云々かんぬん」よりも、その合わないズレをどうやって埋めようとするか。そこに人にしかできない「愛情」ってものがあるんだと思います。果物と違ってね」


「愛情か、、、」


男は水色に透け、赤い朝日に染まっていくなびき雲を見上げる。空にはもうほとんど、星はない。男は手に持っていたミカンを再度リュックに入れ、女の方を向く。


「分かった、決めた。俺、もう一度やり直してみます」


「女さん、俺はさ、やっぱりあの子の事好きだ。忘れられない。もっとあの子と一緒に居たい。もっと色んな事、話したい」


「おっ、いいですねぇ。ただ、事件は起こさないで下さいよ?」


「えぇ、いい歳なんでね」


「そうですか、それは良かったです。じゃあまずは、この山から降りる事が先決ですね」


「道は知ってます。ただ、帰る理由が分からなかっただけでした。今は、分かる」


「そうでしたか、なら助かりました。これで私も死ななくて済む訳です」


二人は再度失笑し、暫くすると、平野を抜けた。登って来た獣道を下り山道に出る。更に山道を下り、最寄りの車道に出てきた所で


「じゃ、私こっちなんで」


「あ、そうなんですか、じゃ、また、どこかで」


少しづつお互いが離れた所で、突然、女が男の方を振り返り、


「今度は彼女さん、連れてきて下さいよー!」


と一言。男も少し笑いながら


「そっちも、彼を連れてきて下さいよー!」


後ろを振り返っても彼女の姿が見えなくなった頃だろうか、男は背負っていたリュックを前にして、手を突っ込んで中を調べる。やはり、オレンジはない。


「そりゃ、あんなとこにオレンジなんて生えねーわな」


男はそういって一度声を上げて笑うと、リュックのファスナーを閉め、続いてズボンの左ポケットから携帯を出し、電源を入れる。電源が入り、画面に大量の着信履歴があるのを確認する。男は少し固い表情でその通知を押すと、いくつかのボタンと緑のボタンがあり、再ダイヤルを押す。携帯を耳に横付けし、発信音を聞く。


「、、、、、、あ、もしもし、、、」



誰も居なくなったその平野では、周りにオレンジの木はやはりなく、代わりに平野の中心に一つのオレンジが。オレンジの形はいびつで、キレイといえた物ではない。


「良かったのかい?あんなに話して、ついにはその最後も見届けないなんて」


「いいんですよ、あれで。それに彼の言った通り、私にも片割れが居たんです。だから私はここでいいんです。それより先輩、誰だと思います?私の片割れ」


「そうだなぁ、凄くイケメンで、優しくて、ちょっと変わってる男って位しか・・・・・・」


「その様子だとまだ分からないみたいですね。いいですよ、当てるまで待っててあげます」


「・・・・・・ずっとね」


空には朝日が登り、太陽が地平線から顔を出す頃、森はそろそろ赤くなる準備を始める。

すいません、この更新で最後です。色々中途半端で申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  オーソドックスな展開ですが、読みやすい内容でした。  哀しさの中に、楽しさがあり、前向きな感じで終わるところは爽やかに書けていると思います。  また、過去の二作品とも全く違ったジャンルで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ