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2. いつも私は空回る

 ゲームを始めて、半年が経った。

 今日、やっと王子たち全員を攻略することができた。攻略サイトは見ずに自力でクリアした。やっぱり自分の力だけでやらなきゃダメだよな!うん!

 サイトを見て攻略したときの罪悪感を背負いたくなかったから我慢したけど、本当はさっさと全員攻略してしまいたかった。



「悪役令嬢の独白」は私の価値観を大きく変えた。


 主人公をいじめる悪役令嬢は私の中で守るべき存在になった。物語のなかでどれだけいじめられても疎う対象にはならなかった。きつい物言いで王子から離れろと言われても、私物を隠され困っても、王子様を取り戻すため挑戦状を叩きつけられても。

 ただ、可愛そうだと愛しく思う。

 だって、あんなに切なそうに呟いている姿を見ちゃったら、もう嫌いだなんて思えないよ。ぽろぽろと本音を溢すすがたを見て守りたいって思ってしまった。幼さを感じる程正直な心であったけれども、彼女の心は虚ろで満たされていなかった。愛に飢え、愛を求め、婚約という偽りの繋がりに縋った、可愛そうな娘。そんな罪悪が許されていいはずがない。彼女が愛されていない、なんて間違っている。


 彼女を幸福にするべきである。


 そういうわけで、私はひたすらにこのゲームを進めた。彼女が幸福を迎えられるエンディングを目指して、王子たちを攻略し続けた。きっと誰か1人くらい、彼女に寛容さをみせてくれると信じて。学園祭の断罪イベントは回避できないが、その後の残りの6ヶ月で彼女と接触するイベントが発生するよう試行錯誤した。しかし攻略キャラのほとんどが悪役令嬢のことなど忘れ、主人公とイチャつくばかり。イベントに悪役令嬢が出てくることはほとんどない。仮にあらわれても、主人公と悪役令嬢が学園内で偶然出会ってしまい王子たちに追い払われるなど、悪役令嬢の都合の悪いイベントばかりだった。

 結局、悪役令嬢の立ち位置は悪化の一途を辿る以外になく、彼女を救えぬまま私は全てのエンディングを迎えてしまった。


 すごく、落ち込んだ。

 「お前たちの目は節穴かーー!」と王子たちの目潰ししたくなるくらい、はらがたった。

 べつに王子様たちのことが嫌いになったわけではない。彼らだって、顔がいいから、上流貴族だからと、女性からまともな愛情を示してもらえていなかったのだろう。そこに、身分も容姿も関係なく接してくれる主人公が現れたら、つい大切にしてしまうだろう。彼らは自分のなかの優先順位に従っただけ。上流貴族の悪役令嬢より、大切な人である主人公を選んだ。それは、詰ることができるほど悪いことではなかった。


 でも悪役令嬢が言っていた

「私がいけないの?」

という問いかけに私は答えることはできない。


 だって彼女は必死なだけだった。愛を与えてくれるかもしれない繋がりを、必死に守っていただけだった。彼女からすれば、主人公の方が異物なのだ。自分の婚約者と一緒にいる、イケメンたちにちやほやされる、自分より身分のずっとひくい平凡な娘。自分の世界に突然現れた障害物を、処理しようとしただけだった。

 だから彼女が悪いなんて、私は思えない。

 たとえ、人を傷つけ貶める行為が悪だとされても、主人公を排除したいと思った令嬢の感情は誰にも裁くことなんてできやしない。ましてや、彼女と似た境遇を味わっている王子たちに有罪を突きつけられるこの状況は私には、ひどく歪に見えた。


 結果、悪役令嬢推しの過激派がここに爆誕したのである。







「とうとうこの日が来てしまったか…」


 全キャラクターを攻略したと宣言したが、それはあくまで公表されているキャラクターのみの話である。ゲームをクリアすれば特典がある。


 乙女ゲームをクリアすれば、隠しキャラが解放される。


 もちろん、やるつもりだ。私は悪役令嬢の救済を諦めたつもりはない。何度だってループしてみせるさ。なによりこの攻略対象は今までの攻略キャラとはひと味違う。


 なんと、悪役令嬢の弟なのだ!!


 妾の息子である弟さんは、悪役令嬢との仲はあまり良好とは言えない。しかし、幼少からの繋がりがあるということは、推し__つまり悪役令嬢の出番が増えるかもしれないのだ。あわよくば、推しの過去話がみられたりしないかなと思ったりしてます。


『きみは、本当に純粋な人だ。』

 なんてゲーム内の王子たちは言うけれど、実際は下心ありきの欲深い人間です。推しのストーリーをみるために、貴方がたを攻略させていただいてます。

 ごめんね、王子様。イケメンがこの世に少ない様に、清廉な女性もまた少ないのよ。




 さて、悪役令嬢の弟君を攻略したいところだが、なんと私はゲームの電源をつけていません。というかここ最近、電源を入れては消し、入れては消しの繰り返し。ゲーム機が壊れたわけではなく、私がゲームをするかどうかの葛藤の表れである。


 理由は単純。怖いからです。


 最初の一か月は進めました。だから隠しキャラが悪役令嬢の弟だって知ってるし、ある程度の事情も察している。だけどこれ以上は無理。


だって、推しが弟にまで嫌われていたらどうするの?!


 もう、しんどくてしんじゃうよ!

 私は推しを愛したいし、周りに愛されてほしい。幸せになってほしいし、してあげたい。

 だから弟くんまで断罪イベントを迎えちゃったら、ショック死しちゃう。


 けれど、ストーリーの続きが気になる気持ちも多分にある。だから、電源をつけたり消しと無駄な行為を繰り返している。

 我ながらアホだと思うが、勇気がでないから仕方ない。

 しかし、今日こそはストーリーを進める!

 いい加減にしろ。自分で自分を焦らしてどうする。続きが気になってるならさっさと進めてしまおう。もしそれで、悪役令嬢が悲惨な結末を迎えてしまったときは…









 ドラックストアまでティッシュを買いに行くことにした。



 だって、大量に必要になると思ったから。

 悪役令嬢が断罪されるにしても、救済されるにしても、ぜったい泣いちゃう。滝のように泣くよ。涙拭くのはタオルでいいけど、鼻をかむためにはいっぱいいるね。カートン単位で買ってやる。


 そう意気込んで、家から飛びでたところで私の記憶が途切れている。




向かってくるトラックの光が、怪物の眼のように見えた。







 ガバッと起き上がった先に見えたのは、馴染みのある私の部屋だった。


 白に黄色の模様が巡る壁、少し傷んでいるが質のいい家具、センスの良い調度品、そして私が寝ている天窓付きの大きなベッド。

 すべて慣れ親しんだもののはずなのに、自分だけが切り離された疎外感を感じる。

 ここはたしかに私の部屋のはずなのに。


「お嬢さま!目が覚めたていらしたのですね!」


 両開きの扉から、メイド服を着た侍女が入ってくる。手には盆をもち、コップと鉄製のケトルを乗せている。


「ユリア…?」


 そう、私は彼女を識っている。

 違う。

 私と彼女はお互いを知る仲だ。

 識っているなんて、まるで彼女のことを情報として認識しているかの様な…


「はい、ユリアです。お体は大丈夫ですか?どこか痛むところは?


 あ、いえ、まずは自分が誰だかわかりますか?」



 ユリアの質問に、感覚の差異を認識する。俯き自分の手の平を見れば、それは年端もいかぬ幼女のもの。ふっくらとした紅葉の手のひらは、自分の腕につながっているはずなのに、他人のもののように思える。けれど、私の手だ。

手だけではない。

 肩から生える腕も、布団に隠れた足も、触れた頬の触感も、私のものなのに、私は知らない。


「お嬢さま…?」


 不安の滲んだ声がかけられる。顔をあげると、ユリアが私を見つめていた。心配そうに私をみていた。


 そうだ。私とユリアは仲良しだった。私は私がわからないけれど、ユリアが私を知っている。

 私はここに存在している。


「私は、リーリア…リーリア・オーパル」



 それがこの世界の私の名前だった。







「僕の大切な友人を傷つける人間とは、結婚できない」



 煌びやかな会場は、天井から吊るされたシャンデリアで明るい。花瓶に飾られた花たちが場を彩り、ダンスを踊った人々の熱気がこもったここは、しかし、空気はひどく冷えていた。


「それは、どういう意味ですか?」


 悪役令嬢は変わらず佇む。華麗な美しさは曇らない。王子が言った言葉の意味が本当に伝わっていないかのように。


「知らぬ存ぜずを貫くつもりかい?僕を馬鹿にしないでくれるかな」


 王子の声は冷たい。悪役令嬢を突き放す、情のかけらもない温度。その美しさも相まって、より冷酷さを感じさせる。





 前世を思いだしたあの日、混乱した頭は自分のことが誰だったかすぐに思い出すことができなかった。私が自分を上手く認識できなかった状態異常は、私が前世を思い出したゆえに起きたことだった。乙女ゲームに嵌ったしがないオタク女子、その半生を思い出したからこそ、私は自分の認識にズレが生じた。この世界の私リーリア・オーパルと、前世の死際。混ざりあった情報が、知識と感覚の間に隔たりを作ってしまった。最初は自分が誰なのかわからない恐怖でおかしくなりそうだった。前世と今世はほとんど性格が変わらなかったが、それでも歩んできた人生や、容姿、年齢の違いから、違和感がつきまとう。時間だけが特効薬で、家族や、ユリアたち使用人と一緒にいることだけが、自己認識を克服する手段だった。


 前世を思い出して良かったのは、この世界が『宝玉の姫~クリスタル王国と5人のイケメンたち~』だと分かったことだ。

 この世界には、私の推しが生きている。私は推しと同じ空を見ている。そして、貴族に生まれた私は推しに会うことができる!

 なんて素晴らしいことだろう!

 それだけではない。暦を数えれば、私はゲームの主人公と同い年のはずなのだ。つまり、私が上手く立ち回れれば断罪イベントを回避できるかもしれない。主人公と王子がくっつくのを阻止し、彼女と王子の仲をとりもてば、彼女は未来の安寧と愛する人を得ることができる。

 上手くいくかわからない作戦だ。

 ただのオタク女子にできるかわからない。

 それでも、私は推しに幸せになってほしい。


 ぜったいに成功させてやる!!


 しかし学園祭の最終日、夜のダンスパーティで事件は起きている。回避したかった断罪イベントが、何故か始まってしまったのだ。王子は悪役令嬢を冷たく見据え、彼の周りにいる元攻略キャラの貴族子息たちの目線も冷えている。

 彼らを囲うように見ているモブたちは、品のない野次馬のようだった。いつも人を突き放すような口調の悪役令嬢はあまり人に好かれていない。そもそも、ただ権力があるだけで人は人を嫌う。野次馬の囁きは、どれも悪役令嬢に向けられた刃だった。


「何のことでしょう?私にはさっぱりわかりませんわ」


 そういった悪役令嬢の態度は、やはり変わらないように見えた。でも、私には分かる。入学してからずっと彼女を見てきた私には、わかってしまう。彼女の声が少し強張っていること、内心苦しんでいること、本当は泣いてしまいたいこと、私なら分かってあげられるのに!


 そもそも、どうしてこのイベントが発生しているのか。


 彼女は「私にはさっぱりわかりません」と言っていたが、本当にその通りなのだ。入学してから、彼女は誰かをいじめることなんてしていない。

 口調がきついのは、特定の相手に向けられるものではない。下流貴族だとか、上流貴族だとか関係なく彼女の物言いはきびしい。学園に来る前から彼女と婚約を結んでいた王子がここにきて不満を爆発させてしまったのだろうか。

 それ以外の可能性が浮かばない。


 なぜなら、この世界に主人公は現れていないからだ。


 正確に言えば、主人公ポジションの女の子が現れていない。

 ゲームでは『宝玉の姫』の主人公の顔は描かれていないから、細かい容姿がわからないのだ。スチルに写り込んでも目の部分が陰になっており、どんな表情をしているのか分かる程度にしか描かれていない。

 身体的特徴を他にあげるとするなら、茶髪のロングに、胸は大きすぎず小さすぎず、とにかく平凡な容姿だった。

 主人公が王子と接触するのを抑えていれば「令嬢を幸せにしよう作戦」は簡単に成功するのでは?と思い、同学年の下流貴族全員に挨拶してまわったが、それらしいひとが“多すぎる”。下流貴族で茶髪の女子など、普通すぎて絞り込めない。かく言う私だって、茶髪のロングである。下流貴族にとってこれが最適のスタイルなのだ。

 この世界の人間は身分が高くなるほど、遺伝で発現する髪色は派手になり、赤や青などカラフルな地毛となる。下流貴族は平民の黒髪よりマシな茶髪が多い。そして、髪型にアレンジを加えて目立つのは中流以上の貴族と暗黙の規則になっている。だから下流貴族は髪を伸ばして、艶やかな髪質を維持することで一生懸命見栄を張っているのだ。

 そのせいで、主人公が誰だか私にはさっぱりわからない。

 しかし入学してからずっと眺めている推しのようすから、この世界に主人公はいないと断言できる。ついでに、推しとくっつけるために観察している王子の周りにもそれらしい女の子はいない。

 主人公不在で行われたこの断罪イベント。


 これが、原作の修正力か。


 私が頑張ったこの半年、全くの無駄だったのだろか。悪役令嬢を見守ったり、王子に近づく女子をさりげなく追い払ったり、令嬢がきつい口調にならないように練習しているのを応援したり、王子が好きなものをさりげなく聞きだしたり、令嬢が一人で庭園の薔薇に和んでいるのに癒されたり、いろいろしたのに!!


 いや、ストーカーじゃないよ?


 ちょっと過激なファンなだけだから!推しが可愛いのが悪いんだ!普段ツーンてしてるのに1人になると脆くなっちゃうギャップが悪いんだ!

 いや悪役令嬢は悪くないですすみません断罪イベントは勘弁してください。



 本当に回避したかった。

 令嬢の未来を変えたかった。


 令嬢はきつい口調で話す自分を責めていた。

 令嬢は1人で寂しそうに花見をしていた。

 令嬢は誰もいない部屋で泣くのを我慢していた。

 令嬢が、本当は誰かに愛されたがっているのを知っていた。



 私の半年は、それを変えるために捧げたのに。

 何も変わらなかった。原作と同じように令嬢は婚約破棄をされる。世界という理不尽に、彼女の幸福は蹂躙される。私の願った彼女の笑顔は潰えたままだ。

 一体何のための半年だったのだろう。何のために、この世界に生まれたのだろう。私はせっかく前世の記憶を持っているのに!


 恨んでやる、世界を。

 このゲームの製作者を。

 こんなストーリーを書いた脚本家を!


 逆恨みだろうがなんだろうが、私は全身全霊をもって呪ってやる。






 彼女を傷つける原因は、全部全部、呪ってやる!!



 令嬢は絞首台に登った王女のように、静かに佇んでいる。彼女を嫌う王子は、これから死の宣告を彼女に下す。

 婚約破棄の旨が公衆の面前で発表されるのだ。

 広いパーティ会場で、王子と令嬢だけが視線を集めている。


 静まりかえった空間に王子の声がよく響いた。






「僕の大切な友人、リーリアを傷つける君とは結婚できない!!」













!!??!!!??








「私、王子と友だちになった覚えがないんですけど?!」



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