その6 俺にとって世界より大切なもの
次は金曜日…かな?
その池は、池と言うよりは沼に近かった。お世辞にも澄んだ水とは言い難い。なんかすごい泥って感じだし、緑色だし。
「え?この水飲むんスか?」
馬車は道に停め、とりあえず朱美と俺と長と一緒に池の様子を見に来た移民団の男がぼそっと呟いた。確かに俺もこの水は飲めないと思う。というか飲めたとしても飲みたくない。泥だし。
「まぁでも、生水のままでは飲まんし、火を通せばどうにでもなるじゃろ」
長はこともなげに言った。さすが歴戦の強者は違う。繰り返すが、俺はこのままだと絶対に絶対に飲みたくない。
突然ざぶざぶと音がしたので、驚いて振り返ると靴を脱ぎ捨てた朱美が沼に入っていくところだった。
「ちょ、朱美おまえ何してるんだよ、風邪引くぞ!汚いし!」
「えー、確かに泥っぽいんだけどー。いきものがいるし、毒の沼じゃないと思うよ、ホラ!」
沼の中に手を突っ込み、それから掲げた朱美の手には見事なナマズ的な何かがあった。
「おお!エンドリーフィッシュ!そいつは毒のないモンスターですぞ!つまり食べれます!多少泥臭いですが。」
「泥臭くはあるんだ・・・と、いうか、モンスター?」
長の言葉にここが異世界であるということを再確認するとともに、モンスターという言葉に違和感を覚える。
エンドリーフィッシュは、ものすごくナマズににていた。茶色くぬらぬらとした体表。大きめの口。大きさはそこそこある。朱美の手から肘くらいまでだ。30cmはゆうにこえているだろう。
というか、モンスターっていうからには、何かしら攻撃手段を持ってるってコトだよな?
バチィ!
「きゃああ!」
そう俺が思った瞬間突然、閃光がほどばしった。間違いなくエンドリーフィッシュの仕業だ。俺は無我夢中で池に入る。朱美を助けなくては!
「朱美、朱美、大丈夫か?ケガしてないか?」
全身ずぶぬれになりながら、俺は朱美を抱きすくめた。そしてエンドリーフィッシュをつかんでいた右手を確認する。多少赤くなっているけれど、深刻なケガではなさそうだった。
「大丈夫だよ、ヒデちゃん。ちょっとびっくりしただけ。・・・なんか、静電気のすごいバージョンって感じだった!」
「電気ナマズかよ・・・」
俺は全身の力が抜けるのを感じた。とにかくとにかく、朱美が無事でケガがなくて本当に良かった。
世界を救うというのが俺の使命かもしれないし、この移民団を無事に冬越しさせるのも俺の役目かもしれないけれど、それより何より、俺は朱美だけは失いたくはないのだ。
「ね、大丈夫だよ、だからそんな泣きそうな顔しないで?」
朱美がいつものようにのほほんと笑った。その笑顔に俺はほっとする。
「・・・・・・とにかく、畑に使うにはこの水で十分だろうし、飲み水は・・・まあわき水を見つけるまでは、煮沸して飲むしかないだろ、死ぬよりマシだし。濾すとかなんとかして。」
「せっかく火を使えるんだったら、理科の実験みたいなこともしたいね!」
「・・・・・・あー、その手があったか!」
俺は、綺麗な飲み水を確保する方法を思いついた。蒸留してしまえばいいのだ。異世界に来てから、すごい冴えている気がする。これも勇者に選ばれたおかげだろうか?
「やっぱり、ヒデちゃんはすごいねぇ」
自信を沸き立たせる俺の横で、朱美はいつも通りにこにこと笑っていた。