その5 じいちゃんの教えが生きて、俺がある。
次は週明け更新です。
移民団の秋は短い。冬がくるまでに、定住する場所を探して、できれば秋蒔きの種を蒔かなければいけないし、冬ごしの準備だってしなきゃいけない。
ごろごろと、道をすすむ馬車の荷台に座って、朱美は長に話しかけた。
「そもそも、どこを目指して進んでたんですか?」
「儂は戦しか知らん。戦の基本は水場の確保じゃ。だからまず、水が取れるところのほうがいいと思っての、この山の先に大河があるからそこを目指しておる。」
「えー、この山超えるのぉ…?」
二人の会話を聞きながら、俺は目の前にそびえる山に目線をやった。それは、山と言うよりは山岳という表現が似合うように思えた。
深い森があり、その先には切り立った岩の地帯が見える。
どれだけ短く見積もったところで、この山を超える頃には冬になっているだろう。
「ヒデちゃん、山ってコトはもう雪が降ってるのかなぁ。山越え、できるのかなぁ」
朱美の言葉に俺ははっとする。山を越えたらもう冬だとしたら、遅すぎるのだ。
俺たちは冬がくる前に定住地を決めなくてはいけないのだから。
「長、山越えはやめよう!すぐに、山の麓にキャンプを立てよう!」
「ヒデちゃん様、何を…!?」
「もっとマシな呼び方ないのかよ…とにかく、山の上はもう冬だ。俺たちは、冬に近付いて行ってしまってるんだ!」
「そっかー」
朱美はのほほんとした笑顔で、馬車からぴょんと飛び降りた。幼なじみだから知っているけれど、コイツは身体能力がとても高い。
そのまま大きく伸びをして、目の前の道から続く荒れ地を指さした。
「こういう平べったい地形なら、見張りも立てやすいし、山だと獣が多いもんね!ヒデちゃんさすが!」
「た、確かに…しかし、水の問題はどうするんですか、ヒデちゃん様…儂らは戦のことしか知りませんが、どんな状況でも水だけは欠かせませんぞ…」
「あー、それはどうしようか…」
こと農業に使うなら、水は多い方が良くて、その点においては川の近くである方が有利には違いない。豊富な水があれば、穀物類がすぐに作れるのだ。
「水は大きな川にしかないのかなぁ。でも私、川の近くに畑があるのあんまり見たことないわ。二人で小学生の時によく行った河川敷は、草ぼうぼうの野原だったし。」
荒れ地に立つ朱美が、色素の薄い茶髪をなびかせどこか遠くを見ている。地平線の先に、二人のふるさとが見えるような気がした。
「そうだ…そもそも、川の近くで農業なんかできないじゃないか」
「そ、それはどういうことですか」
長があわてて馬車を止めて、荷台の俺を振り返った。
「そのままの意味だよ。川の近くは地層的に砂利が多いから、水はけがよくて畑には向かないんだ。もっと粘土質な場所の方がいいと思う。」
俺は幼いころ祖父に教わったことを思い出していた。畑をやるならまず土が大切で、どんな土でも米ができるってわけじゃない。
その土に適した作物を作らなきゃイケナイ。って教えてくれた。
「戦のために一時的なキャンプをはるなら、川の近くで川の水を利用した方がいいけど、土的には大きな川から遠い場所で、わき水とかを使ったほうがいいとおもうよ。」
「わき水なんて、どうやって…」
「ねぇねぇヒデちゃん、池があるわ!」
長が頭を抱えるのと、あぜ道から少し離れた岩場の陰に朱美が池を見つけたのは、たぶんほぼ同時だった。