その4 祝 種もみ博士に就任する俺
俺と朱美は(もはや抵抗する気も起きなかったのだが)捕まって、その集団の長のところに連れて行かれることとなった。
その最中にいろいろ聞いたのだが、この集団はほとんどが移民らしい。新しい土地を開拓する、移民開拓団なのだそうだ。
移民開拓団のすごい柄の悪い髪の赤いおじさんは、さらに柄の悪い片目のおじさんのことを「長!」と呼んで呼び止めて、俺たちを指さす。
「コイツ等ですよ、俺たちが、首都が決めた通りに、一握りの種もみをまいてるところを、何かの儀式だ!って馬鹿にしたのは!」
長は、たばこ(かどうかわからないけどこの場合たばこに限りなく近いもの)に口を付けると、鼻から煙とともに吹きだした。そして
「まぁ、儀式みたいなもんかもなぁ」とぽつりと言った。
なんだか長の仕草が哀愁を帯びていて、僕はどうしようもなく寂しい気持ちになった。いや、人の事情も知らないで、人のやっていることを儀式だなんだと揶揄するのはいけないことだ。
「長さん、俺…信じてもらえないと思うけど異世界から来たんだよ。」
「ほぉ、異世界。それで?この世界を救うとかいうのか?」
隻眼の長は口の端だけでにニヤリと笑った。
「一応それが目的なんだけど、俺には何の力もなくて…だからこっちで人がなんかしてるところ見るの初めてでさ…。」
「まあ、知らない世界に…見たところまだ十代そこらの若い身空でおっぽりだされて、そりゃあ大変だろうなあ」
「…で、聞きたいんだけどその種もみばらまき会はなんの意味があるの?
俺たちに理解できないだけで、なんか道に存在する破壊神とかに捧げてるの?」
「ヒデくーん!謝ってるようで壮絶にディスるのやめてー」
朱美が小声で制する。
長は、適当にばらまかれた種もみの場所を指さして言った。
「アレはな、種もみが育つところを探してるんだよ。ああやってばらまいて、芽が出たところが畑になるに適した場所なのさ。」
「ああやって、ばらまいて!?」
俺は頭に血が上るのを感じた。そんなーー適当にばらまくだなんて、種もみに対する冒涜だ。中学の理科の授業でやったことが脳裏によみがえる。あと僕の祖父は農家だ。
地面や種が腐ってない限り、生育可能な条件にさえすれば種は発芽するのにーー!
「ほらやっぱ儀式じゃん!ふつうに畑にまきさえすればちゃんと育つはずの種を無駄にするなら、そんなのオカルトな儀式でしょう!こんなのは、植物に対する冒涜だ!」
俺は珍しくきっぱりと言い張った。開拓団の面々がざわつくが、長は特に声を荒らげることもなく、片手を挙げてひらひらと振った。
「…おーし、今日からこの若いあんちゃん、この移民団の種もみ博士に任命するわー。種もみのことならこいつに聞くんだぞー」
ブラック企業だった頃には想像のつかない早さで昇進してしまった!?いやむしろ、担当付き!?すごくない?
「ねぇ、朱美ちゃん!俺なんか種もみ博士になったみたい!昇進したよ!」
「やったねヒデくん!…あと長さん、私たち何にも食べてなくておなかぺこぺこなの。何か食べ物、分けてもらえませんか?」
朱美のかわいさに相好を崩していたおじさん達の表情が曇った。僕の思ったとおりーー食糧難なのだ。この秋に。実りの秋に。
「俺たちの分もままならねぇからなぁ…」
「……それって、食物さえ安定したら、ちょっとくらいは援助してくれる…っていう意味にとっていいです?」
俺が、長に囁くと、長はつぶれていない方の目を見開いた。
「え、ああまあそりゃかまわないが」
すかさず朱美が割り込んで、その屈託のない笑みでにこにこ笑いながら言う。
「ヒデ君は神様に言われて、世界を救わなきゃイケナイ身だから、急ぐかもしれないけど…とりあえずこのひと冬、ここを手伝ってもいい?」
朱美のねだるような目つきに、僕は迷わず答えた。
「問題ないよ、迷える民草を放置しておいて、何が勇者といえようか!」
ついでにうやむやのまま、ヒデ君は勇者、と印象づけた朱美、すごいなぁ。
次は木曜日に更新予定です!




